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第百三十五話 迷宮深層を目前に

 リシィの子守唄のおかげか昨晩は良く眠れた。

 だけど翌朝になって体の重さに目を覚ますと、僕のベッドの上ではアディーテ以外の全員が寝ていたんだ。

 驚きのあまり、僕の思考は皆が起きるまで更に別の異世界に転移していた。


 リシィはあのまま寝てしまったんだろうけど、恐らく夜半に起きたサクラやノウェム、テュルケまでその様子を見て潜り込んで来たんだ。

 ベッドの隅で猫のように丸まっていたテュルケとは違い、ノウェムは僕の上で大の字で寝ているもんだから、おかげで体が痺れてしまった。

 狭い第一拠点に一人部屋はないから、やはり今度はベルク師匠について行こう……。


 それからは特に減っていない物資を買い足し、下層への準備を進めた。





 そしてルニさんとの約束の時間に、僕たちはギルドの会議室に集まっている。



「お待たせしてすみませんなあ。まずはお尋ねになられたヤエロ バランディとそのパーティの行方ですけど……最後の目撃情報はルテリアが砲狼カノンレイジに襲撃されるよりも前、深層域で言葉を交わした探索者がいるだけですわあ」



 “ヤエロ バランディ”、ヨエルとムイタの父親で今回の捜索対象だ。



「深層に入ったことは間違いないですね。生存を仮定するとしたら、どの程度の期間を迷宮内にいられるものなんですか?」


「バランディは私も知っているが、彼のパーティなら深層まで潜ってしまえば年単位でも生存は可能だろうね。墓守に下手を打たなければだが」



 僕の問いには、ルニさんの代わりにセオリムさんが答えた。


 迷宮の様相は僕も一応知識だけあり、“下層”となる第四界層から第六界層では墓守の生体組織しか食べられるものがなく、持ち込んだ物資が頼りだ。

 だけど、その先の“深層”は上層と同じく再び“世界”そのものが界層となり、動植物を内包する空間まであるとのことで、例え孤立してもサバイバル能力のある探索者なら労せず救援を待つことが出来るだろう。


 一応確認のつもりで聞いてみたけど、セオリムさんが言うのなら生存の希望は見い出せる。



「つまり、探すべきは食料と飲み水の確保が出来て、怪我で動けないことも考慮すると、墓守の侵入出来ない地形に逃げ込む可能性が高いと思います」


「そんなとこは深層にいくらでもあるナ、見つけるのは困難ナ」

「そうか……墓守の動きについて何か情報はありますか?」


「残念ながらありませんなあ。報告にあった未確認の墓守……“変異墓守ヴァンガード”でしたら、それらしい目撃情報がありますけど、新種報奨目当てに深層に入ったパーティまで行方不明になりましたから、それ以上のことはわかりませんわあ」



 そうか、いる(・・)か……こいつが次の相手なのは間違いない。


 問題は、偽神にとってヤエロさんたちが“手駒”か“捨駒”のどちらになるかだ。

 手駒なら特に探そうとしなくても行く先にいるだろうけど、もしも僕たちを誘い出すためだけの捨駒にされていたとしたら……。



「カイトくん、それでなくとも深層は毎日のように未帰還者が後を絶たない領域だ。バランディたちだけが捜索対象でもなく、君が気に病んだところで迷宮の摂理が変わることもない。それでも、カイトくんは誰かのために進むと言うのかい?」



 それはわかっている。

 これまでも、これからも、迷宮に入ることは死と隣り合わせなんだ。

 誰かを特別扱いしたところで、迷宮そのものの危険が覆るわけでも、今人知れず危機に陥っている者が助かるわけでもない。


 皆の顔を見回す。次に危険に晒されるのは僕たちだ。



「それでも、手が届くなら掴みたい。これが僕の我儘だとしても手を伸ばしたい。親を失う子供の気持ちを、そんな理不尽な思いをヨエルとムイタにはさせたくない。だから、誰かが止めようとしても、僕は力尽くで押し通ります」



 ヨエルとムイタの心を救ったところで、別の誰かが涙を流す。

 その全てを飲み込んで、僕はヤエロさんを助けるために迷宮を進む。


 本当は、何より先に原因を生む大本を断つべきだとわかっていても。



「その通りよ。私の騎士の進む先を阻むことは、何人であっても主である私が許さないわ。カイトは迷わずに進みなさい、なら私はその背を全力で押すのだから」

「リ……シィ……」


「はい、私もカイトさんを全力で支えます。“焔獣の執行者(ファラウェア)”の二つ名は私にとって重荷でしたが、今は私が私であって良かったと思います。全てを灰燼の中に沈めても、私はカイトさんとともに進みます」

「サクラまで……」


「くふふ、我は初めからこの心決して変わらぬ。小僧、セオリムと言ったか、主様の邪魔立てをして我が陣に飲まれぬよう気を付けるが良い」

「ノッ、ノウェム!?」


「ですです! カイトおにぃちゃんの邪魔はさせませんです!

「カカッ! セオリム殿、カイト殿は貴殿に言われるまでもなく全てを受け入れなおも進む御仁。ご助言ありがたいが、恐らく意味はなかろう」

「アウー? アウーッ!」



 約一名良くわかっていないようだけど……そうだ、迷う必要なんてない。

 僕には支えてくれて、時に同じものを背負ってくれる仲間がいる。


 進むなら、在るがままの心意気で進むしかないんだ。



「はははっ、私は別にカイトくんを止めるつもりはないよ、聞いてみただけさ。だが君たちの結束は良くわかった、だからこそ如何な墓守も阻めなかったんだね。カイトくん、諦めるのが惜しくなるほどに、私は未だ君をパーティに迎え入れたい!」

「くしし! セオっちはまだ諦めてなかったのかナ!」


「ご評価はありがたいですが、最初から最後まで僕はリシィの騎士ですから」

「はははっ、それは残念。どうやらカイトくんとの巡り合わせは私にはないようだ」


「こ、これが噂のボーイスラブと言うやつなのよ?」

「アシュリン、廃塔から放り投げられるのと、廃城の底に捨てられるのはどっちが良い?」

「どっちも嫌なのよ!?」



 迷いはしても結論は出ている、確かに僕はリシィたちの言う『仕方がない人』のようだ。

 なら貫き通そう、迷宮の奥底まで、“三位一体の偽神”も“鉄棺種を遣う者”も区別なく、ただその呪縛から解き放つために。



「良し、出発は明朝。ルニさん、纏めて頂いた情報は持ち帰ります。ありがとうございました」




 ―――




 “第四拠点ジィーブル”に、僕たちは更に二週間をかけて辿り着いた。


 下層にある転移装置は一方通行のものが多く、アシュリンが殆ど役に立たなかったのは仕方がない。それでも多少は短縮出来たんだ。

 途中の第三拠点での休暇も最低限、疲労がないと言うと嘘になるけど、旅慣れたことで辛いようなこともなくなっていた。


 第四拠点は廃城ラトレイアの地下に存在し、どちらかと言うと深層側になるそうだ。

 廃墟となってもなお威厳を保っていた城と違い、第七深界層となるここは地下墓地カタコンベ、前室を改装して作られた拠点はどこか陰鬱な雰囲気が漂っている。



「よう、ヒックッ! もう行くのか、ウィックッ! 一回くらい酒に付き合えやクサカァ、俺はぁ……通り過ぎる探索者とぉっ! ヒックッ! 飲み交わすのが趣味だとぉ……何度言わせれば気が済むんでぇっ!」



 通称“酒飲みのゴーシュ”、そのままの二つ名だけど、これでも第四拠点探索者ギルドマスターだ。以前訪れた時に深層探索許可証の印を押してくれたのがこの人で、面識はあるけどお酒に付き合ったことはない。記憶が飛ぶので。


 狭くて陰鬱、溝に流れる青光がただ寂しいものに見えるここでは、お酒でも飲んでいないとやっていられないのだろう。

 普段は生気に満ち溢れている探索者たちもここでは活気がなく、道幅三メートル高さも三メートルの青い石造りの通路はこれでも大通りだ。露天なんて、丁度片手の指で数え切れるほどしかない。


 ただ通り過ぎるだけの深層への道標、それが第四拠点ジィーブルの役割だ。



「ゴーシュさん、到着した昨日の今日ですが深層に入ります。お世話になりました」


「ウクッ! そうか、行っちまうのか……ウイックッ! クサカァ、気ぃ付けろ。ここ一月……二月……もっとたくさんかぁ!? 迷宮に飲み込まれる奴がぁ……後を断たねぇヒックッ! てめえまでぇ死ぬんじゃねぇぞぉっ!! ウィックとくらぁっ!!」



 素面で身嗜みを整えてさえいれば、大航海時代に戦列艦の船長でもやっていそうな出で立ちなんだけど……こればかりは僕にどうしようもない。



「はい、そのつもりです。また帰りに寄ります」

「ウィックッ! ああ、また何かあったら来い。必ずな……」



 背にかけられた言葉を最後に、僕たちは第四拠点境界壁門に向かった。


 【重積層迷宮都市ラトレイア】、その深層に今突入する。

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