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第百三十二話 深淵からの呼び声

 アシュリンを回収してから五日が経過した。



「それで、僕たちはアシュリンを連れて深層に向かえば良いのか?」


「そうなのよ! アシュリンが受けた命令は、確かカイト クサカを連れて来いだったのよ!」


「誰の命令だ?」

「……なのよ~?」

「無表情でとぼけられてもな……」



 彼女……で良いのか?がようやく何かを思い出したと聞き、僕たちが工房に出向いたところで自分を深層に連れて行けと言い出した。


 結局、何だかわからないのは変わらず判断に困ってしまう。



「リシィ、サクラ、どう思う?」


「正否の判断は出来ないわね。偽神の正体も掴めないんだもの、むしろ私としてはここで廃棄したほうが良いように思えるわ」

「私もリシィさんと同意見です。不確定要素でカイトさんに危険が及ぶなら、この者が核心に繋がっていても排除すべきだと進言します」


「うーん、まあそうなるな……ノウェムは?」


「我は妻として主様の意見に賛成だ。何が待ち受けていようとも、全てを蹂躙し尽くし進む覚悟であるのだろう?」


「蹂躙はしないけど……既に多くのことが後手に回っているんだ、待ち受けるものが何であれ無理矢理にでも退けて進むしかない」



 “三位一体の偽神”と“肉”、“鉄棺種を遣う者”と“墓守”そして“忌人イビト”、枠に収めるとしたらこの構造で良いのだろうか。


 更には、ここに探索者や来訪者、ルテリア行政府やグランディータの存在まで入り乱れるから、余計にわけがわからないことになっている。


 そしてその中心にはリシィと“神器”、鍵は間違いなく間近にある。



「親方、サトウさん、何かわかったことはありませんか?」


「こっちはお手上げだな。唯一わかったことは、こいつが間違いなく【鉄棺種】と袂を同じにする技術の産物ということだけだ」

「自分としても、もう少し未知の技術の塊であって欲しかったが、AI以外は特筆する特徴もない機体だ、これ」


「ガーンッ!? アシュリン、バカにされた気分なのよ!?」


「ほら、この人と何ら変わりないAI。こればかりがこの忌人の際立った特徴だ」

「うーん、ここまで人間味のある人格が与えられているとなると、本来はホームロボット辺りが役割でしょうか。デザインの簡潔さも、万人に受け入れられるよう要されたものなら納得も出来ます」

「お、クサカくんもいける口だな。そうなんだ、自分としてはどうせなら可愛いメイドロボのデザインにすべきと思ったが、これはこれで老若男女が受け入れられる何とも棘のないデザインじゃないか。そもそもこいつは……ぶつぶつぶつぶつぶつ」



 サトウさんは何かスイッチが入ってしまった。

 今はとりあえず置いておこう、それどころじゃない。


 正直な気持ち、迷宮にはもう入りたくない。

 変異墓守ヴァンガードの存在を考えると、リシィを失う確率が高まるのは怖い。

 だけど、最近語りかけてこない“三位一体の偽神”は、放置しておくとルテリアを焦土に変えてでも僕たちを迷宮に誘おうとするだろう。


 遅かれ早かれ、終わらせるためには進まなければならないんだ。



「みんな、どのみち僕たちはこれから迷宮の深層に挑むこととなる。同行者が一体増えるけど、危険を承知でそれでも進みたい。どうか?」


「ええ、異論はないわ。結局カイトがそう言うことはわかっていたもの。そ、それに貴方が私を守ってくれるのよね? ちっ、力を尽くしなさいっ!」


「私はここしばらく調子が良いんです。もしもその忌人が何か企てをしていても、全てを薙ぎ払ってカイトさんをお守りします。私はお傍にいます」


「くふふ、アシュリンとか言ったな、我の主様に何かしようとしたら次元の彼方に葬るからな。今のうちに精々遺言でも残しておくが良い。くふふふふ」


「もちろんっ、私もお供しますですです! カ、カイト……おにぃちゃんっ!」



 テュルケは、あの日から僕のことを常に“おにぃちゃん”と呼ぶようになった。

 だけど照れくさいのか言っている本人が頬を赤く染めているから、僕としては良し可愛いなんだけど……それを見る他の三人の様子がどうもやきもきしているようで、何だか落ち着きがない。


 何にしても皆の意志は一致した、後は……。



「あ、いた! カイト兄ちゃん!」

「ね~ちゃ~」


「ん? ヨエルとムイタ、こんなところにどうしたんだ?」



 そうして指示を出そうとしたところ、ヨエルとムイタが工房に入って来た。

 休暇中は宿処に遊びに来ていたけど、工房に来ることはまずない二人だ。


 ヨエルは慌てた様子で、手に何か紙切れを握り締めている。



「カイト兄ちゃん! 父ちゃんから手紙が届いたんだ! お願いだ、助けに行ってよ! 兄ちゃん“軍師”って呼ばれてて、凄い強いんだろ! 父ちゃんを助けて!」


「ヨエルちょっと待て、落ち着いて。手紙には何と書いてあったんだ?」



 ヨエルは僕に助けを求めながら、限界に達したのが泣き出してしまった。

 それに釣られてムイタも泣き出したけど、そちらはリシィが優しく宥めている。



「うっ、ぐすっ、父ちゃんが……帰れないって……うぐっ」



 泣きながらもヨエルは僕に手紙を渡してきた。

 手紙は皺だらけで薄く血が滲んでいて、一通り目を通すとこれこそが今回の偽神の誘いだと僕は確信を持った。


 やはり奴らは、何が何でも僕たちを迷宮に入らせようとしている。こんな絶妙なタイミングでの先手、兄妹との出会いも奴らの演出・・で確定じゃないか……!



「カイト、何が書いてあるの?」


「要約すると、迷宮の深層で閉じ込められた、もう帰れないかも知れない、母さんを頼む、そして家族への想い」


「そんな……!」



 ヨエルとムイタの父親は深層に挑める熟練の探索者で、エリッセさんの話では戦車クアドリガの装甲も貫く高位能力者がいるパーティのリーダーらしい。


 その全員が閉じ込められ帰れないとは、余程の危険な状態に陥っているんだ。



「みんな、一応告げておく。これは“三位一体の偽神”の誘いだ」

「カイトさん、そう判断する理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「ああ、パーティの全員が帰還出来ない状況下で、この手紙をどうやって送った(・・・・・・・・)のか。確実に何者かの介入がある」


「……っ!?」



 そしてそれは、生存が絶望的な可能性も示唆している。

 仮に生きていたとしても、救援にかかる日数を考慮すると地上からではあまりにも遠過ぎるんだ。更に行方不明となっていた日数まで含めると……。


 だけど……それでも……。



「ヨエル、僕たちは直ぐ迷宮に向かう。無駄……になるかも知れない。だけど、どんな状態でも父ちゃんは連れ帰ってみせる」


「ぐすっ、兄ちゃん……俺、泣かないで待ってるから……ちゃんと、母ちゃんとムイタを守って待ってるから……だから、父ちゃんを……お願いだ!」


「ああ、ヨエルは強い男だ。後は僕たちに任せろ」



 例え、亡骸になっていたとしても、必ず連れて帰る。



「クサカ、死に急ぐな。こいつの準備はこっちでしておく。万全の態勢で挑め」

「はい、ありがとうございます、親方」


「こんな時に秘密兵器が完成していれば良かったんだが……クサカくん、無事に帰って来てくれよ。何かあったらルコも悲しむ」

「勿論、無事に帰ります」


「そう言うわけだアシュリン、深層に連れて行く。この件には関わっていないよな?」

「当然アシュリンは関わってないのよ!? 最短の行程を案内するのよ!」


「サクラ、ベルク師匠とアディーテに連絡を。リシィ、ノウェム、テュルケ、僕たちは宿処に戻って準備を整える」


「はい、直ぐにお伝えします」

「ええ、準備なら既に出来ているわ」

「何なら我の力を酷使しても構わぬ。人を救えずして何が英雄か」

「はいです! 荷物は纏めてありますです!」



 もっと平穏に行きたかったけど、状況はいつだって僕たちを追い立てるように悪化するばかりだ。


 【重積層迷宮都市ラトレイア】深層、人が辿り着いている最後の界層にして、第九深界層より先は多くの探索者を未帰還としてしまう未踏領域だ。


 恐らくはその奥にこそ“三位一体の偽神”は存在する。


 なら僕は、リシィを守り、神器を携え、この青炎の拳をもって、迷宮に纏わる全ての悲劇を終わらせる。





 ――終焉をもたらす呼び声が聞こえる。



 ――僕の右腕に“青炎の太陽(ヴォイドチャンバー)”が繋がった。

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