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第百三十一話 神代からの御遣い?

 行政府の管轄の元、秘密裏に運河より引き上げられたそれ(・・)は、ひとまず親方の工房に運び込まれていた。

 結局“テュルケの日”は半日と経たずに終わり、また来ようと約束して僕たちは工房まで来ている。



「クサカは俺を休ませる気はないのか? 次から次と良くやらかしてくれる」

「はは……すみません、僕も出来るだけ平穏に生きたいんですが……」



 工房の一角では床に横たえられた“忌人イビト”が一体、今は藻がついた体を丁寧に掃除されているところだ。



「おいサトウ、クサカを紹介する。こっちに来い」


「親方、こいつは凄い! “秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”にある忌人より遥かに素晴らしい保存状態だ! この巡り合わせに感謝するしかない!」



 忌人をしきりに観察していた白衣の男が、勢い良く親方の元まで来た。

 “サトウ”の名前と、黒眼黒髪から日本人であることは間違いない。



「あっ、サトウさん、お久しぶりですです!」

「あー、おー、テュルケちゃん、久しぶり~。あの時は世話になったなあ」

「えへへっ、お安いご用ですですっ!」


「テュルケ、知り合い?」

「はいです! 盗賊をやっつけた時のお使い先の方ですです!」

「ああ、あの時の……。僕は久坂 灰人、よろしくお願いします」


「おお、君がクサカくんか。自分は佐東サトウ 匠海タクミ、【鉄棺種】の技師を自称してるメカマニアさ。近頃は君たちが持ち込む素材が新鮮で、ほんとこの世界に来て良かった!」



 歳は三十代くらいだろうか、身長は高く丸まった背に白衣を羽織り、長い黒髪を後ろで束ねて無精髭で痩けた様は如何にもな研究者の印象だ。



「クサカ、とまあこいつがお前さんの仕業を毎回一番楽しみにしてる日本人だ。よろしくしてやってくれ」

「はい、何となく気持ちはわかります。ルコと一緒に迷宮に入っていたのもサトウさんですよね?」

「ルコの件は本人から聞いた、幼馴染なんだってな。そんな偶然は本来あるわけがない、この世界の秘密を考えるとワクワクするな! そうだろう、そうだろう」



 何となくわかった。このサトウさん、僕と同じ側(・・・)の人間だ。

 若干人の話を聞かなさそうな雰囲気はあるけど、親近感は湧く。



「むー……」

「あれ、リシィどうしたの?」

「私にとって黒眼黒髪はカイトだけだもん……」

「えっ!?」

「なっ、何でもないわっ!」

「はいっ!?」



 リシィがやけに静かだと思っていたら、何故か僕の背後で膨れっ面になっていた。

 確かにこの世界で黒眼黒髪は珍しいけど、日本人なら仕方がないんだ。



「この突起は押せる気がするぞ」

「おお、君は目の付け所が違うな。起動スイッチ……違うな、可動するようだが装飾以上の意味は……ぶつぶつ」



 サクラは当然元から知り合いだろうし、ノウェムは面識がないにも関わらず、サトウさんと一緒に忌人にちょっかいをかけている。


 うん、余計なトラブルが起きる前に忌人を再起動させたほうが良いな。



「それで親方、あれは起動しないんですか?」

「わからん、忌人が持ち込まれたのは初めてだ。バラさないとどうにもならん」

「それは困ります……」



 とすると、可能性はひとつだけだ。



「みんな、一応戦闘になっても対応出来るよう頼む」


「ええ」

「はい」

「はいですです!」

「アウー!」



  とは言え、敵に助けを求めるとも考えられないから大丈夫だろう。



「ノウェム、サトウさん、少し離れていて。起動させます」

「おお……起動出来るのか。流石“軍師”と呼ばれるだけはある」

「はは、不可抗力ですが……」



 恐らくは休眠中スリープモードでも、“久坂 灰人”の個体認識で再起動すると思う。

 それなら、“秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”でもらったコードで認証出来るんじゃないか。


 一応念には念を入れて、僕は騎士剣を抜いた。

 これがあると青槍を形成し易いので、いつも携えているんだ。

 皆や工房の職員たちが離れたことを確認してから、僕は左の掌に刻まれた鍵を横たわる忌人の頭に当てる。


 ……どうだ?



「ポピッ、アシュリンを起こすのは誰なのよ?」


「……ん?」



 目に青光が灯ったと思ったら、いきなり喋った。



「えーと、君が零式で良いんだよな……?」

「そうなのよ、零式は“アシュリン”。正しくアシュリンと呼んで欲しいのよ」



 ええ……通信していた時と随分印象が違わないか……?



「その顔は何なのよ。アシュリンのことが不服そうでアシュリン悲しいのよ」



 軽いな……ロボット的な重厚感がないというか……電子音声には違いないんだけど、その声質は高めの女の子のものだ……。



「まあ良いや……。君が僕に接触を求めた理由を聞きたい」

「……アシュリンと呼んでなのよ?」

「……アシュリン」



 うわあ……めんどくさい印象をヒシヒシと感じる……。

 避けて通れない状況だから仕方がないけど、あまり関わりたくないな……。



「おおおわああああっ!! 凄い!! 流暢に受け答えするなんて、未知のAI!! 神代の技術!! ぶぶぶ分解して調べても良いか、クサカくん!?」


「お、落ち着いてください、サトウさん。壊されても困ります」

「そ、そうだよな……興奮してしまった……」



 露骨にガッカリしないで欲しいけど、気持ちはわからないでもない。



「それでアシュリン、早速だけど用件から頼む」

「あのね、アシュリンね、耐水性能が経年で劣化してるのよ」

「うん、嫌な予感がするね?」

「その差は何と! 新品時と比較して一割を切ってるのよ!」

「それで……?」

「アシュリン、水没してメモリをロストしちゃったのよー♪」

「言うと思ったよ!!」



 忌人……アシュリンの外見は“秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”にいたものと変わりない。丸いレンズの目が二つと、横一文字のカードスロットのような口、つまり無表情で流暢にこの言葉遣いなため、どうも神経を逆撫でされているような気分になるんだ。


 期待するだけして何ひとつわからないとか、余計にだ。



「親方、メモリの復元って出来ますか?」

「無理だな。墓守のメモリでさえ、最近見るだけが出来るようになったばかりだ」

「いっそのこと解体してしまうのはどうだろう?」

「サトウさんは調べたいだけですよね……僕は情報が欲しいんですが……」


「ちょ、ちょっと待ってなのよ! アシュリンには自己修復機能があるから、メモリくらいなら何とかなるのよー! 壊さないでなのよーっ!」

「無表情で懇願されても、あまり悲壮感はないんだよね……」

「なのよーっ!?」



 せめて女性型なら相応しい形があったとは思うけど……どう見ても懐古主義的な古いデザインなんだよな……。ダイキャストで出来ていても僕は信じるよ。




 ―――




 ――トントン



「はい? 待って、今開ける」



 結局、アシュリンはそのまま工房で様子を見ることとなり、その日の夜に自室で今後の予定を立てていると扉が軽く叩かれた。


 扉を開けると、そこにいたのは珍しく寝巻き姿のテュルケだ。



「あのあの、少し良いです?」

「うん、どうぞ」



 こんな夜更けに女の子を部屋に入れるのはどうかと思ったけど、今は真冬で廊下が寒いため僕は躊躇わず室内に招き入れた。


 テュルケは以前リシィが購入していた、“ぽむぽむうさぎのもふもふきぐるみパジャマ”なるものを着て、全身が真っ白のもっふもふになっている。

 そうか、これはプレゼントだったのか……。それにしても可愛い、別に抱き枕にしてしまっても構わんのだろう……?


 そんなことをすれば、確実に後でリシィが乱入して来ると思うけど……。



「そ、それでこんな夜更けにどうしたんだ?」

「はいです! 私の日を提案してくれたのはカイトさんだと聞いて、お礼に来ましたですです!」

「え、別にお礼なんて要らないよ?」


「でもでも、こんなこと初めてだったので嬉しかったんですです! カイトさん、ありがとうございましたです!」


「うん、といってもほんの数時間だったからね。また行こう」

「えへへ、楽しみにしてますです!」



 まずいな、フラグに思える……。だけど、こんな可愛い娘がフラグに倒れることがあるなら、僕は【重積層迷宮都市ラトレイア】を灰燼に沈めてでも阻止する。


 それが例え神だろうとも、殴って地面に打ち捨てる覚悟だ。



「後、ごめんなさいですです!」

「急にどうしたんだ?」


「姫さまとカイトさんがもっと仲良くなるようにって、色々としてましたぁ~」

「はは、それは気が付いていたよ。方向が間違っている気はしたけど」


「でもでも、姫さまとっても嬉しそうだったんですです!」

「うん? 相変わらず笑わなかったけど、テュルケがそう感じたのならそうなんだな」

「ですです! 最近は無表情でも良く笑ってくれるようになりましたです!」



 無表情で笑うってなにそれ! 凄いな!

 テュルケにしかわからない心情の機微かな……僕にはいまいちわからない。



「テュルケ、今度は僕にも協力させてよ。リシィをちゃんと笑わせてあげたいんだ」

「はいです! えへへ、カイトさんがいるならぽむぽむうさぎ十体分くらいですです!」

「そ、それはどのくらいなんだろうね……?」


「あのあの……カイトさん、ちょっと椅子に座ってくださいです」

「うん?」



 そして僕はテュルケに押される形で椅子に座ったけど、座るや否や突然柔らかい感触が頬に触れた。



「えっ、あわわ、どどどどういう……!?」


「えへへっ! 私一人っ子なので、ずーっとおにぃちゃんが欲しかったんですです! だから、大好きなおにぃちゃんに親愛の口付けのお礼ですですっ!」



 テュルケはそう言うと、頬を真っ赤に染めて足早に部屋から出て行ってしまった。

 僕も一人っ子だ……『おにぃちゃん』……うん、悪くない……否、最高だ!!


 この日、僕に天使で小悪魔な“妹”が爆誕した。

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