第百二十九話 テュルケの日
湖塔ルテリアに行った日の翌日、午前中のうちにアディーテのところに通信主捜索の進捗を確認しに行ったけど、流石に昨日の今日では特に何もなかった。
そして宿処に帰って来てから、テュルケを除いた面子でひとつ相談をしたんだ。
「テュルケ、洗濯は終わった?」
「はいです! 今日は暖かいのでお洗濯物も良く乾きそうですです!」
「うん、ご苦労さま」
「えへへぇ~♪」
「テュルケ、いつもありがとう。今日はもう休んでも良いわ。ルテリアで行ってみたいところはないかしら?」
「ふぇ? 私は姫さまの行くところなら、どこへでもお供しますです!」
「はは、言うと思った。そうじゃなくて、今日は僕たちがテュルケの行きたいところにつき合うという話だよ」
テュルケは小首を傾げてしまった。
今までは従者として主に忠実だったんだ、思いもよらないんだろう。
皆は揃いも揃って彼女を囲んで微笑ましく眺めている。
「私とサクラとノウェムはカイトと出かけたから、今度はテュルケの行きたいところに皆で行きましょうと相談していたの」
「くふふ、そう呆けるな。良くすれば当然良き報いを得る、早々に上手く転がらぬ道理ではあるが、皆の意見が一致しているのなら今ばかりは興じれば良い」
「え、えとえと……ノウェムさん、もう一度……」
「ああもう! 遊びに行くぞと言っておる!」
「はいですですっ!?」
つまりはそう言うことだ。
戦闘だけじゃなく、いつも僕たちの生活の基盤を担ってくれているテュルケにも、我慢をさせないで発散させようと皆で決めたんだ。
呑気過ぎにも思えるけど、次に挑むのは迷宮深層なんだ。一度入ってしまえばいつ帰れるのかもわからない、【重積層迷宮都市ラトレイア】の深奥へと至る道。
テュルケにもしっかりと英気を養ってもらわないとな。
「それで、テュルケはどこに行きたい?」
「えと……えとえと……私は……私の行きたいところ……あっ! ちょっとお待ち下さいですですっ!」
そう言うとテュルケは、リビングから凄い勢いで三階に上って行ってしまった。
驚くことに踊り場を経由した跳躍は全く階段を踏んでいない、なんて運動神経だ……。
そうしてしばらくすると、テュルケは再び階段を踏まずに戻って来た。
「これ! 私、ここに行ってみたいですです!」
テュルケは何やらチラシのようなものを持っている。
チラシには絵が描かれていて、テーマパークのようなところで水着の人々が楽しむ様子を表現されたものだ。
そういえば、一ヶ月くらい前に新しい印刷技術が導入されたらしい。
「テュルケ、それは?」
「寒く凍てつく土地だから心も体も温まろう! いつもにこにこ貴方の隣に真心満載ゆるりとおくつろぎくださいな! ルテリアふれあい温泉館! ですですっ♪」
「せ、宣伝文句が長くて胡散臭いので失格」
「ええーーーーっ!?」
―――
とは言ったものの、今日は皆で相談して“テュルケの日”にすると決めたから、彼女のたっての希望により結局“ルテリアふれあい温泉館”に来てしまった。
今まであまり立ち寄らなかった一般区の湖岸にあるため、こんな施設があるなんて知らなかったんだ。
建物は木の枠組みに石造りの貴族の館風で、何となくユキコさんが絡んでいるのでは……と思っていただけに、ルテリアの景観に調和した西洋風の外観を見た時は安心してしまった。
そして男女に分かれた洗い場で体を洗い、湯に浸かろうと奥の扉を開いたところで、ようやく僕はここが混浴なのだと実感した。
いや、水着を選ばされた時点で気が付いていたけどね……。
「困ったでゴザル」
語尾がミラー張りにゴザルになるほど困ったでゴザル。
普段なら心を薄目にして乗り切るけど、発情期イベントの後の混浴イベントは刺激が強過ぎないか……。もう一波乱あったりはしない……?
とりあえず僕は、手近な湯船に肩まで浸かって一息吐いた。
館内は城のような豪奢なものを思い浮かべていたけど、あくまで一般人向けの公衆浴場らしく、比較的質素で庶民が充分くつろげる空間となっている。
広さだけはあり、内部は体育館二つ分の空間に大中小の湯船が五つ。表に露天風呂もあるらしく、そこからのルテリア湖の眺望を謳い文句にしていたんだ。
「くつろぐなら宿処の露天風呂でも充分なんだけどな……。成分表示とかはなかったけど、温泉なんだろうか」
無色透明で匂いもなく見ただけじゃわからない。
辺りを見回すと、一般区にあるだけあって湯船はどこも家族連れで賑わっている。
勿論皆水着で、中でも逞しく傷だらけの人なんかは探索者だろう、養生にも良いのかも知れない。
ルテリアは迷宮と墓守の恩恵で生活水準もかなり高く、そして来訪者の知恵によるものだろうけど、こんな大規模な施設もそこかしこにあるから驚きだ。
この世界はそれでなくとも神代の遺構や遺物があるしな……。
「主様ー! えいやーっ!」
「うわっ!?」
驚いた、ノウェムが光翼を展開したまま直上から湯船に下り立ったんだ。
「ノ、ノウェム、湯船には飛び込んだらダメだよ」
「別に飛び込んではおらん。それよりもどうだ! 可愛いであろう、そうであろう!」
ノウェムは僕の前でくるりと周り、自分の水着を見せつけてきた。
それは彼女に良く似合った淡いパステルグリーンのワンピースで、腰回りを三重のフリルで装飾された可愛らしいものだ。
「うん、凄く可愛いよ。似合っている」
「くふふっむふーっ!」
元が美少女だからきっと何でも似合うんだけど、ま、まあ種の特性上、子供にしか見えないのは仕方がない……仕方がないんだ……!
「ノウェムさん、館内は飛行禁止ですよ! カイトさん、ごめんなさい。事前にお伝えしたのですが……」
「いや、大丈ぶううううううううううううっ!?」
衛生兵ー!! 衛生兵ー来てくれー!! 目をやられたー!!
くっ、もうダメだ……僕に構うな!! 僕の屍を越えて行け!!
ぐぬぬ……こんなの湯船から出られなくなるよ……。
「あ、あの、カイトさん……私の格好は変でしたか……?」
「いや、予想外に大胆で驚いただけ……似合っているよ」
「はいっ! ありがとうございますっ♪」
サクラはまさかのワインレッドのビキニだ。
デザインこそリボンがついて可愛らしいものだけど、サクラは淡い色合いを想像していただけに不意を突かれてしまった。
しかも、腰回りは足首まで隠すパレオを纏っていて、僕が振り向いた瞬間を狙ったかのようにスルリと脱いだもんだから破壊力は抜群だ。
湯船に入るためだから仕方がないとは言え、サクラに襲われた日の裸身を思い出して、僕の鼻の毛細血管が今にも大量出血を起こしてしまいそう。
その魅惑的かつ蠱惑的な肢体は、ほら遠巻きに男どもが鼻の下を伸ばしている。
「お隣に失礼しますね」
「う、うん……」
僕の心臓は今日ここで爆発してしまうのかも知れない。
「お嬢さま~、隠れてないで行きますです! 風邪引きますです~っ!」
うん? リシィはやっぱり恥ずかしいのかうおおおおおおおおっ!?!!?
僕はこの日ほど我が目を疑ったことはないだろう。
壁の向こうに隠れているリシィを引っ張るテュルケは、こともあろうにどう言うわけか“スク水”だ。それも旧式、誰だこの世界に持ち込んだ奴は。
しかも、しかもだ! リシィと押し合い圧し合いしているもんだから、その大きなお胸様がゆっさりどんっ!と僕の目に飛び込んで何という驚異的な破壊力。
サクラが大規模爆風爆弾《MOAB》だとするなら、テュルケは地中貫通爆弾だ。
特定の嗜好の持ち主だと貫いて木っ端微塵にしてしまう……末恐ろしや。
「お嬢さま~、いつまでもここに隠れてられないですぅ~!」
ちなみにテュルケは、場所によって“姫さま”と“お嬢さま”を言い換える。
言い換えても、既にルテリアではバレバレなのであまり意味はない。
「ううぅ、こんな格好ははしたないわっ、カ、カイトに見られたら……」
「お嬢ちゃん、照れてないでお行きよ! 充分可愛い可愛い!」
「あっ……」
ゴネていたリシィを、どこかのおばちゃんが背中を押した。
あれほど頑強に壁の裏に隠れていたリシィは、その一押しであっさりと公衆の面前に全身を晒すことになってしまったんだ。
……おかしい、何で僕はルテリアを見下ろしているんだろう。
随分と高いな……空を飛ぶってこんなに気持ちが良いものなのか……このままどこまでも空高く、天を越えて宇宙まで行って……いけませーん!!
危ない……天に召されるところだった……。
「ううぅ……カイト、見ないでぇ……」
僕に出来ること? それはもう無言でサムズアップをするだけさ!
リシィは涙目で顔を真っ赤にして腕で体を隠そうとするけど、その割にはサクラよりも大胆な真っ白な紐ビキニなんだ。
そのあくまでも女性らしい靭やかな肢体は、これまでの苦難の連続で以前裸身を見てしまった時よりも引き締まっている気がする。
白く美しい肌はあまりにも眩く神々しく煌めき、偶然周囲に居合わせた男どもは目にも入れられないんだろう、しきりに拝んでいる。
テュルケに手を引かれ、片手では隠しきれない体をそれでも隠しながら、僕たちの浸かる湯船の傍までふらふらとやって来た。
髪を後頭部でまとめ上げ、露わになったうなじはそそられるものがある。
「と、とりあえず湯の中のほうが隠せるから、入って落ち着いて……?」
「う、うん……あっち向いていて……」
正直な気持ち、この状況を作り出してくれたテュルケを、僕はこれから崇め奉ろうかと思う。小さくて大きい神さま、ありがとうございます……。
そして思わずテュルケを見ると、彼女は僕に向かってドヤ顔でウィンクをした。
あ、これ確信犯だ。
テュルケのスク水イラストも投稿しています。
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