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第百二十七話 “湖塔ルテリア”

 “発情期”の一件から二日を休んで今日は三日目、僕はサクラに連れられ小船でルテリア湖に出ていた。



「つき合ってと言うのは、あの“湖塔ルテリア”のこと?」


「はい、カイトさんが以前ご覧になりたいと仰っていたので、今日はお買い物がてらこちらにお連れしました」


「えっ、そうか……ありがとう、サクラ」



 アグニール高等焔獣種は体の構造からして規格外らしく、サクラは翌日にはもう普段と変わらない生活を初めてしまった。

 最早驚くどころじゃない。僕が朝起きると、彼女はいつも通りに甲斐甲斐しく朝食を用意していたんだ。


 サクラにはこれからも更に報いていかないとな……。



「今は大断崖から風がないね。ルテリアに来てから初めてだ」

「今日は一年に四度だけの風が吹かない“凪の日”ですから、丁度良いと思ったんです」

「風が吹かない? 神代の何かがあったりするのかな……」



 ルテリア湖の沖には今日も艦隊が停泊し、至るところで融氷船が行き交っている。砕氷船ではなく“融氷船”、サクラと似た炎熱の能力を活用して湖が凍らないようにしているらしい。


 そして、僕たちの乗る船が向かっているのは“湖塔ルテリア”。


 今はリシィもノウェムもテュルケもいない。

 リシィが、『私とノウェムはカイトと一度出かけているから、今度はサクラと出かけなさい』と唐突に言い始め、僕とサクラだけで買い物に出たんだ。


 凪いだ湖面は静かで、湖上を進むぶん陸よりは寒いけど、大断崖から吹き下ろす風がないだけでも体感はかなり違う。

 それは隣にサクラがいるおかげでもあり、相変わらず温度に干渉してくれているのか、僕たちの周囲だけほんのりと暖かいんだ。


 あんなことがあったばかりなのに、いつも通りの献身に僕はまた彼女を撫で回したい気分になってしまっている。


 本当にもう体は何ともないんだろうか……傍にいても心配だな……。



「サクラ、気温に干渉していて体は大丈夫か? 無理はしないで欲しい」

「はい、大丈夫ですよ。私には神脈炉がありますから、このくらいなら負担はありません。カイトさん、お気遣いありがとうございます」



 ここ数日で、サクラの微笑はより一層の色気を増した。

 唇は妙に艶を増し、彼女が微笑むたびに口付けの感触が生々しく蘇ってしまう。あれはお互い不可抗力に近かったけど、僕は当然忘れられないしサクラだって覚えているはずだ。


 思えば、僕は女性との接点がそんなになかったんだよな。

 ルコを失ったと思っていたこと、両親が行方不明になったこと、小さい頃から色々とあり過ぎて意識する暇なんてなかったんだ。


 何もかもが路傍に転がる石に見え、ひょっとしたら僕はこの世界に来るまで生きながらに死んでいたのかも知れない。



「カイトさん、到着しました。ここが“湖塔ルテリア”です」



 そんなことを考えているうちに、船はに到着していた。

 停泊した桟橋は木製の浮き橋で、足を乗せると揺れて全く安定しない。

 それでもサクラに手を引かれて進み、僕は何とか湖塔に上陸することが出来た。



「ありがとう、助かった」

「はい。あの、カイトさん……このまま手を繋いでいても、良いですか……?」

「ほわっ!?」



 サクラの手を離そうとして、だけど不意に荷電粒子砲が僕の胸の辺りを貫いた。

 頬を染めながら上目遣いでそんなことを言うのは、まっ、まだ発情期が残っていたりするのか……。犬耳と尻尾を忙しなく動かし、僕を期待して見上げる様はもう……もう……ありがとうございます!!



「う、うん……このくらいはお安い御用さ」

「はいっ、ありがとうございますっ!」



 自分で了承しておいて何だけど、ぽんっふわ~と魂が抜けていく音が聞こえる。

 素直に喜ぶサクラの笑顔が規格外の破壊力で、何か色々なことがどうでも良くなって思わず天に召されてしまうんだ。

 僕には心に決めたリシィがいるとはいえ、サクラも受け入れると覚悟をしてしまったから、胸中は複雑なあれやこれやがグルグルと回ってどうしようもない。


 とりあえず、足元からひとつずつ解決していかないとな……。



「あれ……中に入れるんだ?」

「はい、少し前の保全作業で水が抜かれ、許可があれば立ち入れるようになったんですよ。来訪者の方の協力の元で新しい資料も発見され、この湖塔の正式名称が“アルテリア”であることもわかりました」



 やはり、湖塔は落着した機動強襲巡洋艦アルテリアか……。


 湖上に露出している部分は土砂で埋まり、木々まで生い茂って艦体は見えなくなっている。周囲は湖面から露出した二、三メートルの高さの壁で、その上に島が丸ごと乗っている感じだ。


 上陸地点がその壁の間だから全体の大きさはわからないけど、谷間になった部分を奥に進むと、明らかに人工物だとわかる入口がそこにはあった。



「アウー、待ってたー」

「アディーテ、何でここに?」

「アディーテさんは湖塔の探索責任者ですので、案内を頼みました」

「えっ……!?」



 失礼だけど、人を率いるアディーテとか全く想像が出来ない。

 未知の固有能力と良い、人は見かけによらないよな……。



「カトー行こー、置いてっちゃアウー」

「あっはいっ」



 入口は地面の艦体に空いた穴で、その上に昇降機が設置されている。

 本来は内部に通じる通路なんだろうけど、“塔”と呼ばれるほど垂直に突き立っているから、人が歩くはずの通路は縦坑になっているんだ。


 そこを昇降機で下りるのは良いんだけど、僕とサクラの様を見たアディーテとも何故か手を繋ぐことになった。


 左手にサクラ、右手にアディーテ、仲良しかっ……!



「こっちー」



 時間にすると五分も下りていない。思っていたよりも早く脇の通路に昇降機をつけ、アディーテに手を引かれて今度は横へ進み始めた。

 内部は時間経過と水没によるものだろう、如何に神代のものであろうとも腐食が進み、通路の到るところがグズグズの茶色に変化している。


 驚いたのは、そんな状態にも関わらず艦内に青光の溝(・・・・)が流れていること。

 後で設置された電灯もあるけど、この艦自体がまだ生きているんだ。



「アウー? この神力の光、前なかったー」

「えっ……」



 つまり、この艦が再起動したのはここ最近……?

 いや、ここまで来たら僕に反応して動き出したなんてこともあるかも知れない。


 青光の溝は、まるで僕たちを誘うかのように通路の奥へと流れている。



「アディーテさん、危険はないのですか?」

「アウー、だいじょぶー。危なそうなのはみんな運び出したー」

「そうですか、それなら良いのですが……カイトさん、進みましょう」

「ああ、多分僕も大丈夫だと思う。心配は要らないよ」



 僕の手を握るサクラの手に力が篭ったけど、この艦に乗っていたのは“特徴のないことを特徴とする”人々だ。どうにも敵だとは思えない。


 通路は横幅が若干長いほぼ正方形で、錆びて濡れた壁面が海底探索ゲームなんかで廃船の中を歩いている感覚だ。変に壁に寄ると錆で肌を切るかも知れない、僕じゃなく生脚のアディーテが、気を付けよう。


 そして、しばらく進んだところでアディーテは指を差した。



「ここー」

「天井が低いな……」



 昇降機で下りた通路と同じくらいの縦坑に鉄板がかけられ、向こうの通路に繋がっている。今までとは違って、人一人がやっと通れる幅の通路が、艦体が地面に垂直になっているせいで横倒しになっているんだ。


 ここを通るには膝をつくしか……おパンツーーーーッ!?!!?


 そうだった……アディーテのパーカーの下はパンツだったんだ……水着かも知れないけど、膝をつけばまあそうなるな……。



「サクラ、先に行ってもらえる?」

「はい、わかりました?」



 その点サクラなら下は袴だから安心。本当にビックリした……。



「アウー、ここで行き止まり」

「ん? アディーテ、何で僕たちを行き止まりに連れて来たの?」

「アウー? カトーを連れて来いってー」

「だ、誰に……?」

「アウー? わかんない!」



 しっかりして、探索責任者ー!?


 アディーテが案内した場所までは奥行きが五メートルほどで、彼女が振り返っている背後は壁、じゃなくて扉だな……。



「その扉は開かないのか?」

「アウー、ビクともしない」



 壁、今は床になっているけど、タッチパネルみたいなものが光っている。

 罠じゃない気がする……。このままでは埒が明かないから、僕はサクラの横を通り抜けておもむろにタッチパネルに触れてみた。



 ――コチッ ガリッガシュッ



「開いた……これ、明らかに誘われているね……」

「カ、カイトさん……これは一体……」

「アトーすごいなー!」

「僕はカトーだよアディーテ」



 僕は想定する。これは恐らく“三位一体の偽神”ではなく、“鉄棺種を遣う者”の誘いなんじゃないかと。


 僕に接触する理由は、“特徴のないことを特徴とする”地球人類種であり、“神器の加護”を持ち、更には偽神の息までかかっていると、いくらでも上げられる。


 間違いなく、何者かが僕に接触しようとしているんだ……。



「サクラ、アディーテ、一応警戒を。僕から中に入る」

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