第百二十四話 少女暴走 そして覚悟
「おう、話は聞いたぜカイトォッ!」
アケノさんの茶目っ気たっぷりの報告とともに、突然ゼンジさんまで乱入して来て僕は首根っこを抱え込まれた。
筋肉質な腕に拘束され、力を加えられただけで意識を落とされる状態だ。
サクラのことなんだろうけど、責任は取るつもりです……。
「そうか……そうか、そうか! サクラはお前さんを選んだか! うっ、ううっ……サクラは俺にとっちゃ娘のようなもんだ……うおーんっ、だのんだがらなっ!」
なっ、泣いた……!?
それだけ言うとゼンジさんは直ぐに拘束を解き、目頭を押さえたまま座敷から出て行ってしまった。
これは念を押されたのか……。
「ははは、ゼンジらしいね。“粋”であることを信条とする、カイトくんの国では彼のような存在を“エドッコ”と言うんだったね。不思議な響きだ」
「そうですね……ここまで念を押されたら“無粋”な真似は出来ない。サクラは間違いなく僕のところに来ます。必ず正気に戻してみせます」
「ええ、腹ごしらえは済ませたわ。サクラがあんな状態では私も困るもの、しっかり彼女の気持ちを受け止めなさい、カイト!」
「ああ、だけど僕はリシィのことが……いや、今はそれを言うことこそ無粋か。みんな、協力して欲しい!」
僕の頼みに、皆は力強く頷き立ち上がってくれた。
臨戦態勢としては全員あまりにもカジュアルな格好だけど、墓守に対するわけじゃないんだ、ただ仲間を……大切な女性を迎えに行くだけだ。
まだ休暇は始まったばかり、サクラも一緒に休日らしいことをしないとな。
「んぐーっ!? んぐぐ、みじゅんぐぐぐ、んぐーーっ!!」
「テュルケ、アディーテにお水を……背中も叩いてあげて……」
「はっ、はいです! アディーテさんお水ですっ、ゆっくり飲んでくださいですですっ!」
「慌てなくても良いよ……」
アディーテは余り物を全部口に詰め込んだんだろう、何とも締まらない。
まあでも、これで良いんだ。
―――
僕たちは鳳翔を後にし、ひとまず大通りまで出て来ていた。
戦闘になるわけじゃないと思うけど、エリッセさんの言い分だと、どうもサクラが僕を奪うために障害を全て薙ぎ払ってしまうように聞こえる。
だったら、最初から僕がサクラに相対すれば良い。
「アケノさん、サクラの居場所を把握していますか?」
「それは無理よ、カイトくんならわかるでしょ? サクラの機動力に対抗するには、そうね……ノウェムちゃんくらいの空間制御能力が必要になるね」
「我をちゃん呼ばわり!?」
「だとしたら誘導するしかないか。河原……は爆薬があるから選択を外れるとして、湖岸なら万が一にサクラが暴走しても周辺被害を抑えられます」
「サクラが間違って湖に落ちでもしたら、水蒸気爆発が起きたりして~?」
「そっ、それは洒落にならないんですが……」
「【烙く深焔の鉄鎚】がなければ大丈夫ですわ。頭を冷やすにも丁度良いかも知れませんわね」
良かった、アケノさんの冗談は洒落になっていないので勘弁して欲しい。
「エリッセさん、アケノさん、湖岸から人払いをお願いします」
「わかりましたわ。場所は第三埠頭をお使いくださいませ。あそこなら今は積荷も停泊船もおりませんので、多少は暴れられようと構いませんわ」
「お気遣いありがとうございます」
「それでは、先行いたしますわ」
「カイトくん、しっかりね~。子供は男の子が良いかな~」
この人は何を言っているんだ……そそ、そんなことはしませんさせません!
「セオリムさん、トゥーチャ、万が一の時はよろしくお願いします。みんなも頼む、サクラが力を暴走させて後で苦しむような真似は絶対にさせない」
「ええ、当然よ。サクラは私にとっても大切なんだから」
「くふふ、我とてサクラはもう家族なのだ、身内は邪険にせぬぞ」
「ですです! サクラさんは私にとってお姉ちゃんですです!」
「アウー! サクラのご飯はうまうまー!」
「オマエ、話わかるナ! サクラのご飯は美味しいナ!」
「それでこそ私が欲したカイトくんだ! 軍師、何より騎士としての君の生き様、今度こそ間近で見させてもらうよ!」
「ふ、普通にサクラを迎えに行くだけですよ……?」
エリッセさんとアケノさんと別れ、僕たちは大通りを横切って湖に向かった。
『最悪はルテリアが焦土となる』、と言ったエリッセさんの言葉が気になる。【烙く深焔の鉄鎚】の力だとばかり思っていたあの爆炎は、サクラ自身の能力だと言っているように判断が出来るからだ。
そうなのか……いや、そうなんだろう。サクラはどうも、自分の炎熱を操る能力をあまり良く思っていない節がある。だったら尚更、暴走したからとルテリアやそれこそ人に向けさせるわけにはいかない。
しっかりと受け止めるんだ。
「うわ、風が冷たいな……」
「融氷船がなければルテリア湖が凍りつくほどだからね。大断崖から吹き下ろす風と、湖を通り抜ける風が交わる工房区は人が住むには向かないんだ。カイトくん、右腕と右脚に触れる時は気を付けたまえ、張りついてしまうよ」
「えっ、そうか……セオリムさん、ご忠告ありがとう御座います」
僕の右腕と右脚は、サクラが編んでくれた毛糸のカバーのようなもので包まれている。金属とは違うし、多少温もりもあるため血は通っているんだろうけど、やはりこの右腕と右脚は冷え易いんだ。この寒さの中で結露でもしたら弊害が出てしまう。
そういえば、サクラは迷宮から帰って来てから常に僕の右側を歩いていた。
そこまで慮ってくれていたのか……益々彼女の気持ちをおざなりには出来ない。
「みんな、寒くはないか?」
「私はこのくらい……いえ、寒いわね」
「うぅ~、寒いですぅ~。サクラさん暖かかったですぅ~」
「ガチガチ、ががが我慢すするが、あああ後で暖めておくれれれ」
「アウー、丁度良い感じー!」
「くしし! 鍛錬が足りないナ!」
アディーテは種族特性だろう、水中も生息圏とする種なら当然だ。
トゥーチャの種族は良くわからない、瞳孔が十字のしいたけになっているだけで、他にわかり易い外見的特徴がないんだ。ノウェム以上に小さいくらいか。
「カイトくん、来たよ」
「えっ!?」
――ザシュッ! ジュッ!
降り積もった雪を踏む音、そして体温で雪が溶ける音。
確実に一歩一歩、恐らくは屋根の上をこちらに近づいて来る。
サクラ……!
「みんな、まずは手出し無用だ。サクラは敵じゃない、我を失っていたとしてもサクラはサクラだ」
「ええ、カイトに任せるわ」
「そうだね、だが私はカイトくんに危機が迫ったら容赦しないよ」
「それは……程々にお願いします……」
場所はまだ工房区の路地裏で、周囲には背の高い何かしらの工房。
ここにだって可燃物はあるはず、出来るだけ刺激しないように言って聞かせる。
――ザシュッ! ジュウゥゥッ!
そうして、屋根の上から桜色の人影が飛び出し、僕たちの進路を阻むかのように路地の先に下り立った。
僕は息を飲む。アレは確かにサクラだけど、サクラじゃない。
その様を率直に言い表すなら“獣”だ。
両手両足で雪上を踏ん張り、尻尾は威嚇するように高く持ち上げられ、大きく露わになった肌は赤く上気し、ジュウジュウと周囲の雪を溶かすどころか沸騰させ陽炎を作り出してしまっている。
そして、着せられたはずのワンピースは既になく、彼女の習慣がそうさせたのか裸身の上に桜色の着物だけを羽織っていた。
相対する者は僕の知る彼女じゃない、“本能に侵された獣”なんだ。
僕を見る桜色の獣の瞳、そこに正気の色は少しも見えなかった。
「あれはまずい。獣種は好意を寄せる相手が出来ると発情期を迎えるが、例え想いを遂げられずともあそこまで暴走することはない。カイトくんに対する想いが余程強かったんだろう、相当な我慢もしてきたはずだ。一筋縄ではいかないよ」
「あの様を見たら頷くしかありません。僕はサクラにたくさんの我慢をさせていた。受け入れるなら、彼女の想いだけじゃなく、その内に抱え込んだ不満や不安まで受け入れなければならない」
僕は頭を振り、一歩下がった位置にいるリシィを見た。
彼女は何も言わずに、僕を見てただ静かに頷く。
「僕はその全てを、サクラを受け入れます」