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第百二十二話 雪煙る街で時すでに遅し

 冬のルテリアは降り積もった雪が大断崖から吹き下ろす風で煙り、除雪の行き届いていない部分は埋まるほどじゃないけどかなり歩き難い。


 当然、僕の格好は防寒着で雪山登山にでも挑むような姿となっている。



「ノウェム、歩き難いんだけど……」

「良いではないか。この寒さゆえ、互いに温め合おうではないか」



 ノウェムは相変わらず黒灰色のドレスだけど、冬用のものらしく生地は厚めで露出も減り、ファーの付いたマントで僕を包むよう首にぶら下がっている。


 彼女は浮いているから実際のところ歩き難くないけど……展開された光翼に道行く人の視線が集まってとても目立つんだ……。



「この状態をサクラが見たら症状が悪化しそうね……」

「だそうだよ、ノウェム」

「今はいないではないか!」



 隣を歩くリシィは、青色のニットワンピースにその下はレギンスとロングブーツ、白色のコートは以前ユキコさんの店で新調していた冬用のものだ。休日とはいえ、何かあってはいけないと黒杖だけは腰に下げている。

 地底湖でもそうだったように、耐寒に秀でた竜種でもやはり限度はあるようだ。


 リシィはジト目を通り越して呆れ目で僕とノウェムの様子を見ているけど、それ以上にサクラのことを心配しているのは良くわかる。



「こうしてただ歩いているだけでも、サクラは支えてくれていたんだな」

「ええ、サクラがいるとこんな寒さの中でも暖かいものね。ノウェムを除いて」

「はは、ノウェムはわざと言っているんだよな?」

「ち、違うぞ! 主様と寄り添いたいから寒さに弱いよう見せかけるなぞ決して……ぬあーっ!? 謀ったなリシィッ!?」

「貴女が自滅しただけよ?」

「ぐっ、ぐぬぬ……」



 サクラが一緒だと、僕たちの周囲だけいつでも暖かかった。それも完全にじゃなく、寒さも感じられる程度の調整で配慮されているんだ。

 サクラはいつだって僕と皆の身を慮ってくれる、直ぐにでもどうにかしてあげたいけど、流石に身を任せるわけにもいかない。


 発情期の相手に選ばれている意味は、いくら鈍感な僕でも気が付いてはいるけど、こんな時でも生真面目な自分の性根が恨めしくは思う。



「きゃっ!」

「わっ!?」



 そうして歩いていると、リシィが雪の下で凍っていた路面に足を滑らせ、僕は間一髪のところで腕を伸ばして彼女を抱えることが出来た。


 主の横を歩いていて、主を雪上で転ばすなんて騎士の名折れだ。



「カカカカカカカイト……」

「お嬢様、大丈夫でしたか?」

「どこを触っているのーーーーっ!!」

「ほわーーーーっ!?」



 ――バシーンッ!!



 だがしかし……格好良く主の身を案じたつもりで、あろうことか僕の生身の左手はリシィの胸を押さえてしまっていたんだ。

 流石に揉みしだきはしなかったけど、掌の内から少しこぼれるくらいの品の良い大きさは一瞬で脳幹を駆け上り、意識の中心にしっかりと刻み込まれた。


 当然、涙目のリシィからは引っ叩かれたけど……。



「や、柔ら……違う。ごめんリシィ、変なところを掴んだ……」

「うぅ……これではごにょごにょ……責任ごにょごにょ……」

「あの……リシィさん……?」


「い、いえ、支えてくれたのは助かったわ。ありがとう、カイト。け、けれど……もう少し洗練された動きで何事もこなすべきだわっ。これは貸しだからねっ! おっ、乙女の恥じらいに触れた貸しは何よりも高いんだからっ!」


「はっ、はいっ! 仰せのままに!!」


「くふふ、リシィお姉ちゃんは何なら褒美に与えるくらい出来ぬものか……」

「ノウェム、余計なことは勘弁……!」

「くふふふふふふ」


「う、ううぅ……」



 リシィはジト目の涙目で頬を赤く染めて破壊力は抜群だ!




 ―――




 僕たちは路地を抜け、既に人通りが多くなっている大通りまで出ていた。


 朝早くから突発イベントの大盤振る舞いで、そういえば朝食も食べないで宿処を出たけど、流石にお腹が空いてきたな……。



「おお、墓守が存在するからこそ見られる光景だな……」

「驚きの光景ね……。少なくともルテリアでしか見ることは出来ないわ」



 片側二車線の大通りを除雪しているのは戦車クアドリガだ。


 といっても砲塔は外され車体が残っているだけで、前面に除雪用ブレード、上部に運転席が新たに設置されてブルドーザーの様になっている。

 ここに来て初めて丸ごと活用される墓守を見たのは、親方も言っていた“脚”の制御の問題だろう。オペレーションシステムなりで自動化しないと、多脚なんて人は操作出来ない。それゆえに、結局は分解して武器や防具にするしかないんだ。


 それに比べ、戦車なら装軌車両としてあのように使うことが出来る。

 戦車は地響きを立てながら積もった雪をかき分け、その後には長い馬車の列が出来ている。

 ルテリア産の馬車だけゴムタイヤだけど、外から来る馬車の多くは殆どが木製の車輪だ。そのため雪道を進む苦労は計り知れず、戦車の除雪によって露出した路面は彼らに驚きとともに歓声をもって迎えられていた。


 この寒い中でも、子供たちが元気に手を振って戦車の横を追従する様は、あの墓守を討滅する苦労から考えたら当然の勲章だ。


 それにしても、何を燃料に動かしているんだろう……。



「あら皆様、このようなところで。丁度良かったですわ、今から宿処にお伺いしようとしていましたの」


「あれ、エリッセさん? 僕たちも今からギルドに向かおうと思っていたんです」



 戦車を見ていたら、いつの間にか傍にいたエリッセさんに声をかけられた。


 宿処に続く路地と大通りの交差する場所だから、今回ばかりは“三位一体の偽神”が関与する“必然”じゃないはずだ……。



「おはようエリッセ、こんなところで会えるとは思ってもいなかったわ」

「はい、おはようございますわ。リシィさん、カイトさん、それにノウェムさんも」

「おはようございます。宿処に何か御用ですか?」

「我は言いつけを守っておるぞ! 何用だ!」


「今回はノウェムさんにでなく、サクラがそろそろ……」


「えっ……あっ、良かった、そのことでお伺いしようとしていたんです」

「そのご様子ですと、遅かったようですわね」

「お察しの通りです……」



 忠告に来たのか、何か特効薬でも持って来てくれたのか、間違いなくサクラの発情に関連してエリッセさんは宿処に向かっていたんだ。


 彼女の優雅な物腰は相変わらず、周囲を歩いている人々が思わず道を空けてしまうほどで、今はギルドの制服を着ていない。

 黒色のインナーとタイトスカートにモスグリーンのコートが、大人の女性の落ち着いた雰囲気を引き立てている。



「サクラは今どちらに? 近くにはいないようですわね」


「サクラなら、カイトの布団に潜り込んでいたところを拘束して、今はテュルケが宿処で見ているわ。多少の自制はあるようだけれど、私たちだけではどうにもなりそうになかったから、エリッセを頼ろうとしていたのよ」



 リシィが答えたところ、エリッセさんは考え込んでしまった。

 僕の全身を一通り眺め、しばらく経ったところで何か決めたようだ。



「皆様、お腹は空いていませんこと? 丁度この時間ならいるはずですので、腹ごしらえも兼ねて鳳翔に参りましょう」


「え? お腹は空いていますが……サクラは放っておいても大丈夫なんですか?」

「こうなる前に押さえたかった、と言うのが本音ですわ。発情してしまった以上、サクラを相手するには人員の補充(・・・・・)が必要ですから」

「補充……?」


「エリッセ、食事は構わないけれどテュルケも連れて行きたいわ。お腹を空かせたままには出来ないし、テュルケは鳳翔のテンプラが大好きなのよ」

「そうですわね、それなら……アケノさん」


「気配を消してたのに、何でわかるかなかな~?」

「ギャーーーーーーッ!?」


「ギャーとは何よギャーとは、失礼ね! ぷんぷんっ!」



 それはもう背後から突然にょっきり現れたら誰でも驚く、何でこの人はいつも唐突に出て来るんだ。

 リシィも僕の背のノウェムも、そんなアケノさんに驚き固まってしまっている。


 この人、本当に今までどこにいたんだ……マジニンジャ。



「ア、アケノさん、いつからいたんですか」

「ふっふ~、いつからでしょ~?」



 ダメだこの人、全く答える気がないな……。



「アケノさん、諜報部を動員してサクラの拘束をお願いしますわ。テュルケさんにも、鳳翔にいらっしゃるようお伝えくださいませ」


「エリッセは相変わらず人を顎で使うんだからぁ~。折角ぅ、お姉さんはぁ、可愛い弟くんとぉ、久しぶりに会えたのにぃ~」

「僕はアケノさんの弟になった覚えはありませんよ」

「あぁ~ん、いけずぅ~」



 誰かー! この人を地球に連れ帰ってー!!



「それでは皆様、参りましょう」



 流石はエリッセさん、有無を言わさずにこの場を締めた。

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