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第百二十一話 異世界ゆえの大問題

 空気が……冷たい……。


 この街、ルテリアは大陸の北端にあることから気温が低いけど、それでも迷宮内より寒いことはあまりなかった。

 宿処の自室で吐く息は真っ白で、昨晩の雪が振った影響は建物の中、それも布団の中だろうとも寒くて寒くて仕方がなかったんだ。


 だというのに、目を覚ますと布団の中にはあらぬ温もりがあった。


 待て、落ち着くんだ……。同じ状況は過去にもあった、もう三度目なら慌てるほどのことじゃない。な、何だかかつてないほどに柔らかくて熱過ぎるような気がするけど、れれ冷静に落ち着いて対処するんだ。ま、間違っても、前のように悲鳴を上げてはならない。そう、決して……。


 ぼ、僕はその温もりの主を確かめるため、膨らんだ布団の中を覗き込んだ。



 ……キャーーーーッ!?



 サクラだ、今度はいつも一歩引いた位置にいるサクラが布団の中にいる。


 しししかもだ、開けた浴衣が年齢指定されそうなほどまずいことになっていて、もう十八禁展開も止むなしの状態で腰に纏わりついて離してくれない。

 やけに熱いのはサクラの“焔血”のせいか、布団の中の彼女の豊満な肢体だけが火照って汗ばんでしまっている。



「あがががが……し、静まれ……鎮まりたまえ我が息子よ……!!」



 大事件! こんなところで大事件はいけません!

 それこそ取り返しのつかないリシィのお怒りが僕を討滅する!

 あ、く、ま、で、生理現象! 朝は仕方ないんだ、ごめんなさい!


 僕は無理やり体を捻り、しがみつくサクラを背側に回すことに成功した。

 だがしかし、背中に当たるのはやたらと柔らかい二つの何かだ。


 助けてーーーーっ!!



「サクラ! サクラー!? ここは僕のベッドだよ、起きてくれーっ!!」



 サクラの開けた肩……露わになってしっとりとした柔肌を揺すると、彼女は直ぐに目を開いた。

 だけど様子がおかしい。寝惚けているとかではなく、とろんと蕩けた桜色の瞳は僕を熱っぽく見上げ、その潤んだ様は何か……もももっ求めているようだ。


 ゴクリ……。



「サ、サクラ、熱でもあるのか? 何か様子がおかしいけど……ぐえっ!?」



 更に力が篭った!? 何で? どうすれば……ひぇっ!?


 お腹を押さえられたことで不意に視線を前に向けると、ベッドの下にはサクラのものと思われる浴衣と帯が一組落ちていた。開けているだけと思っていたけど、こここれ……ひょっとして布団の下は何も着ていない……!?


 あばばばば……僕が寝ている間に一体何がどうしてこうなった……。

 この状態をもし誰かに見られようものなら……。



「主様ぁっ! 朝だっ、我が起こしに来てやったぞ! 感謝して頭を撫でてくれても良いのだぞくふふっ!」



 まるで謀ったかのように、ノウェムが勢い良く部屋の扉を開いて入って来た。

 彼女と一度は目が合ったものの、その視線は直ぐに僕の腰の辺りで体を起こした何も(・・)着ていない(・・・・・)サクラに向けられる。


 再び僕を見るノウェムに最早笑い返すことしか出来ない。



「こ、これはね? 不可抗力でね? 朝起きたら既にどうしようもない事態だったんだよ? 人の運命とは摩訶不思議なもので僕一人の力ではどうにも?」


「ふぬーっ!! 我も主様と一緒に寝るのだーーーーっ!!」



 早朝の朝日さえ微睡む静謐の中で、ノウェムの叫び声は宿処内どころか近所中にどこまでも木霊して行った。


 するとどうだろう、直ぐに勢い良く向かいの部屋の扉が開き、リシィとテュルケが寝間着のまま僕の部屋に雪崩込んで来たんだ。

 状況は完全にアウト。どこから取り出したのか僕は縄でぐるんぐるんにふん縛られ、言い訳をする暇もなく宿処のベランダに放り出されてしまった。



「そ、そりゃないよセニョリータ! 僕は何もしていないんだーーーーっ!!」



 身を切るような寒さの中で、一人の来訪者の悲痛な叫び声が雪に煙るルテリアにいつまでも木霊していたという。




 ―――




「ごめんなさい、咄嗟のことで……そうよね、いつも被害者なのはカイトよね。本当にごめんなさい……」

「だだだ大丈夫、わわわかってくれたのならそそそそれで良いんだ」

「カイトさん、暖かいお飲み物です。ごめんなさいですぅ……」

「ああありがとうテュルケ、ああ温まるよよよ」



 朝の訪れとともにそんな悲劇に見舞われたものの、僕は凍りつく前に何とか救助され、厚い毛布と暖かい紅茶でもてなされることとなった。

 ぽむぽむうさぎのソファーの上で、僕の懐ではちゃっかりノウェムが『温めるため』と言い張って一緒に毛布に包まっている。



「そそ、それで、サクラは一体全体どうしたんだ……?」



 僕の視線の先では、サクラが珍しく着物じゃない厚手のワンピースを着せられ、両手両足を縛られて椅子に座っていた。

 こちらをじっと見詰める視線は相変わらず熱が篭っていて、何だか肉食獣に睨まれているようで酷く落ち着かない。


 僕の問いに、リシィが少し困ったように額に手を当て頭を振って答えた。



「これは、その……獣種特有の……あの、言い難いのだけれど……はっ、“発情期”なのよ」



 ……


 …………


 ………………



「……ん?」

「だっ、だからっ! サクラは今“発情期”で押さえが効かなくなっているのっ!!」


「はああああああああああああっ!?」



 えっ、つまり僕は貞操を奪われる危機的状況だった……!?



「つ、つまり、僕は襲われる寸前だったということ……?」

「どうかしら……。これでも自制が効いていたようで、必死に耐えて最終的には意識を失ってしまったみたいね。今は我を失っているわ」

「ですです! 私も獣種の血が混じってるのでわかりますけど、我慢し過ぎると自我が飛んじゃいますです!」


「えっ、テュルケは大丈夫なのか?」

「私は竜因子のほうが強いので大丈夫ですです!」

「そ、そうか……サクラは元に戻るのか?」

「ええ、二、三日で元に戻るとは思うけれど、その間は私たちが常にサクラのことを見ておくわ。カイトは安心して、接触だけは出来るだけ避けて。そ、その、襲われたら私が困ごにょごにょ……」



 ……異世界、やばい。


 そうか、“獣因子”があるなら獣特有の性質も少なからず引き継ぐということか。

 これは獣種を保護監督官にしたらダメなんじゃ……はっ、神脈炉を残すためにわざとか!? 特にサクラと地球人類種の混血なんて……いや、この状況で僕まで理性が吹き飛ぶような妄想はやめよう……。


 それにしても……。



「ふと思ったんだけど、サクラが本気を出したら誰も止められないよね?」



 僕の一言で宿処内の空気が凍りついた。


 それは真理。身体能力がずば抜けて高く、神脈炉まで持つサクラを止める術はない。リシィの金光で檻を形成しても破られる予感しかないし、ノウェムの転移陣で飛ばしたところで時間稼ぎにしかならないだろう。


 リシィもノウェムもテュルケも眉を引きつらせた表情のままで固まり、暗に止められないと肯定してしまっている。



「サ、サクラを信じるわっ。テュルケ、サクラを自室に連れて行って。言葉が通じているのかはわからないけれど、部屋で大人しくしているように言い聞かせてね」

「はっ、はいです! お任せくださいですです!」

「わ、我は主様につきっきりでいよう。万が一の場合は時間稼ぎにしかならぬが、一度だけなら遠ざけることは可能だ。主様、数日の辛抱だぞ」



 そうして、サクラはテュルケに連れられ自室に戻って行った。

 移動している最中も僕をずっと熱っぽい視線で見ているので、速まる心臓の鼓動が押さえられない。


 ノウェムは何が不満なのか、僕の顎を頭頂部で突き上げてくる。



「一応、ベルク師匠にも来てもらったほうが良いかな。対抗手段がない」

「ダメよ、ガーモッド卿の体格だとこの宿処には入れないもの」

「あっ……そうか、身長も横幅もあるからな……」


「けれど良い案ね。カイトがしばらく離れるのはありだわ」

「うーん、僕が下手に傍を離れると余計に探そうとしないかな?」

「……」

「……」


「カイト、出かけるわよ」

「え? 何処に?」

「エリッセに相談するの。彼女なら、サクラにも対抗出来そうでしょう?」

「ああ、そうだね。行政府側の人なのが懸念だけど、後はもうどこにいるかもわからないセオリムさんくらいしか思い当たらないしな」



 サクラもあんな状態になるまで我慢しないで、話してくれれば良かったのに……いや、流石にほいほい話せる内容でもないか……。そういえば、時折落ち着かなさそうにしていたけど、その頃からずっと我慢していたんだろうか……。

 何にしても、今はただつかず離れずの距離で落ち着くのを待つしかない。


 リシィがサクラとテュルケに一声をかけ、僕たちは宿処を後にした。

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