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プロローグ

 迷宮探索拠点都市ルテリア、大階段最上――。



「はあぁ……一面の銀世界だな……」

「銀世界……ですか?」

「あ……日本では、一面に雪が降り積もっている光景をそう表現するんだ」

「はい、勉強になります!」



 僕の説明に、サクラは熱心にメモを取っている。

 日本語が喋れるからと、必ずしも同じ表現が通じるわけでもない。

 考えたら当たり前だけど、その辺りの世界を跨いだ隔たりはどうしたところで埋まるものでもないんだ。サクラの前で変なスラングは気を付けないとな……。



「ハッ、ようヤく見タくもナい面とおサラバ出来る。小僧、世話にナッタ」



 ベンガードは顔を背け、器用にも悪態を吐きながら礼を言った。



「こちらこそ世話になった。ベンガード、ありがとう」

「チッ……」



 たった今、僕たちは迷宮から帰還して入口から出たばかりだ。


 大階段の最上から見下ろす街はすっかり冬景色に染まり、どこもかしこも雪が降り積もって一面の銀世界となっていた。

 まだ昼を過ぎたばかりで日差しは暖かいけど、大断崖を吹き下ろす風は刺すように冷たい。



「さ、さ、さ、寒いノン~、早く下りるノン~」

「ティチリカの毛皮は暖かそうだけど」

「寒いものは寒いノンッ!」



 あの後、僕たちは廃城ラトレイアの管理拠点、“第四拠点ジィーブル”にボロボロとなりながらも辿り着き、しばらく体力の回復に努めてから帰路についた。


 ベンガードたちの依頼の目的である調査隊は後で救助されたものの、三隊二十六名のうち十八名もの犠牲が出てしまった。

 変異墓守ヴァンガードに襲撃されたことと、廃城ラトレイアに徘徊する墓守が通常よりも多く、猟犬ハウンドの毒で身動きが取れなくなってしまったことが原因だ。


 そして二週間の療養の後、ギルドからの依頼で戦線復帰が不可能な重傷者の護衛をしながら、複数のパーティで地上に帰って来たのが今だ。



「ハッ、クソッタれナ景色ダ……アの日を思い出しちマう……」

「うむ、某も雪の降るルテリアはいつになっても慣れん」

「おい、ガーモッド、人の感傷に口を挟むナ。どこカラ湧いて出ヤガッタ」

「カカッ! 耄碌したかベンガード、最初からいたではないか!」

「チッ……お前とハヤッてラれん。俺ハ先に下りる」



 ベンガードはそう言うと、足早に階段を下りて行ってしまった。

 それに続くように、ともに迷宮を帰って来た探索者たちも後に続く。



「ベンガードは相変わらずですね」


「某たちはルーエ殿との三人で幼馴染だったがゆえ、某が傍にいると思い出すのだろう。元は気の良い奴なんだが……すまんな、カイト殿」


「いえ、ベンガードが何をするでもなく両親の墓前に佇んているのを見ましたから、思うところがあってのあの態度なんでしょう」


「カカッ! 不器用な男よ……それは某も同じか」

「はは、僕もですね」


「はいはーい! お二人とも、こんなところで突っ立ってないで下りるですです! 風邪引きますです!」

「わっ、わわわっ、我れれも寒くてたた堪らぬ。あ主様、ああ暖めておくれ」


「ご、ごめん、行こうか」



 階段を下り、ルテリア探索者ギルドまで重傷者を護送すれば依頼は完了だ。

 一応階段は除雪除氷がされているものの、ここでまさか転げ落ちるわけにはいかないので、僕たちは一歩一歩を慎重に階段を下り始めた。



「リシィ、手を貸そうか?」

「ふ、ふんっ! 心配無用よ、一人で下りられるわっ!」

「そ、そう……?」



 いつから……多分、廃城ラトレイアの野営地にいた時から、何故かリシィはこんな調子なんだ。


 うーん……確かベルク師匠と話していて、リシィが入れ違いにやって来て……その後のことはいまいち覚えていないんだよな……。お酒を飲んでやたらと眠かったのは覚えている、その時か……。

 怒っているというよりは顔を合わせづらいといった感じなので、嫌われたとかじゃないと思うけど、その辺りのことを聞いてもそっぽを向かれてしまうんだ。


 僕は酔って何をやらかしてしまったのか……。



「アトー」

「アディーテ、口癖と僕の名前をくっつけないで」

「アウー、カトー、鳳翔いこー、おにくー! 美味しいおにくー!」

「う、うん、まずは荷物を下ろしてからね」

「アウーッ!」



 これから僕たちは長めの休暇に入る。


 今回はアリーの一件で慌てて迷宮に入ったけど、その後が連続でイレギュラーな事態に巻き込まれ過ぎて、これ以上は流石に皆の体が持たない。

 リシィの傷痕は大分消え、ベルク師匠もぱっと見は何ともないけど、彼はさも当然のように傷を傷とも思わないから、ここはきっちり休んでもらわないと後で困る。


 それに僕自身も休まないと、リシィにはジト目で見られるわサクラには笑顔で凄まれるわと大変なことになるので、今回ばかりはしっかり休息としたい。



「みんな、しばらくは休みだ。ちゃんと羽根を伸ばそう」


「ええ、カイトもね」

「はい、カイトさんもですよ」

「ささささ寒いいいい、暖めておくれれれええええ」

「わーいっ! お休みですですーっ!

「うむ、ならばその間、あの砲弾を跳ね除けられるようになる鍛錬を……」

「アウー!? ベルクもっ、ちゃんと休むーっ!」

「し、然り……」



 そうして階段の中程まで下りた時、僕は背後から視線を感じて振り返った。


 “視線を感じる”なんて僕は眉唾だと思っているけど、確かに誰かに見られている気がした。それは神器の恩恵がもたらした第六感のようなものか、それとも元々人が備える能力なのか、気がしたというだけで確信は何もない。


 今のは確かに“視線”だったと思うけど……大断崖の壁面に露出する建造物には、どれだけ探そうともそれらしい人影は見つけられなかった。



「カイトさん、どうかしましたか?」

「いや、誰かに見られていた気がしたんだけど、サクラは気が付かなかった?」

「大断崖からですか……? 特にそのような気配はありませんね」


「私たち、噂になってるみたいです。そのせいじゃないです?」

「うーん、それなら良いんだけど……」

「カイトは疲れているのよ。今回ばかりは縛りつけてでも休ませるんだから」

「う、うん、しっかりと自主的に休むよ……」



 結局、僕だけが感じた視線の正体はわからなかった。

 白く染まるルテリアの街に、再び粉雪が静かに舞い始める。


 僕たちは帰還する、第二の故郷となった迷宮探索拠点都市ルテリアに。

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