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EX4 ダイト と マイコ

 久坂 灰人が【重積層迷宮都市ラトレイア】に迷い込む四十年ほど前、この世界に一組の夫婦が訪れていた。


 カイトの父、久坂(クサカ) 太人ダイトと母、久坂(クサカ) 茉依子マイコである。


 それは偶然でなく、“縁を繋ぐ”特性を持つこの世界の転移システムがもたらしたもの。間違いなく、夫婦も良く知る五十蔵 瑠子の存在に引き寄せられ、時間の歪みにより過去に転移してしまった結果だ。


 夫婦は運が良かった。その一言で片付けられる外周路に転移する幸運に見舞われ、この時より半年ほど前に迷宮より保護された。


 そしてその後の半年間、彼らは地球に帰還することを考え行動している。



「ふむ、ではお二人は、残して来たご子息の元に帰るため迷宮へ?」


「そうです。しっかりとはしているものの、カイトはまだまだ僕たちを頼って然るべき年齢だ。放っておくなんて親として出来ません。なあ、マイコ」

「そうねえ……あの子ったらどこか飄々としているけど、ゲームばかりやってちゃんとご飯を食べているのか、心配で心配で夜も眠れないわ……」


「ははっ、昨晩は良く眠っていたじゃないか」

「あらいやだ、見られているなんて恥ずかしいわ。おほほっ」



 ダイトとマイコはどこか三文芝居のようなやり取りを交わす。

 毎日を楽しくドラマチックに、上手い下手はともかくとして、これがこの夫婦の座右の銘だからだ。


 場所は探索者ギルドの待合室、彼らと会話をしているのは若き頃のベルク ディーテイ ガーモッド。傍らにはもう一人、真っ赤な甲冑を纏う女騎士もいた。


 和気あいあいと話す夫婦とは別に、表情を硬くした女騎士が答える。



「それなら尚更ですね。未だ発見されぬ異世界への入口、迷宮深層の歪みに探し求めるのも探索者の浪漫ではありませんか。ダイトウクサカ殿、マイコ殿、私は騎士として、あなた方を必ずやご子息の元に送り届けましょうぞ」


「ハッ、硬いナ、ルーエ。騎士の面を被っても、気分ガ高揚してるのガ顔に出てるぞ」

「なっ!? ベンガードはいつも一言が多いのです! それよりも、パーティの登録は終わらせてくれましたか!?」



 ギルドの窓口から戻って来たこれまた若かりし頃のベンガードに、“ルーエ”と呼ばれた女騎士が反抗がてらここに来た目的を問い質した。


 ルーエは美しい紅玉の瞳と、金から赤に変わる髪色を持つパーティのリーダーであり、何故探索者をしているのかは定かでないが、エスクラディエ騎士皇国の騎士でもある。

 ベンガードもこの頃はまだ若い探索者で、茶々を入れるものの至って普通の獣種の好青年にしか見えない。この頃の彼をカイトが見たら目を丸くするほど、『カハハ』と景気良く楽しげに獅子の相貌で笑っている。


 その背後から、フードの下で弱々しげな視線を覗かせる少女も姿を現した。



「あ、あのっ、はいっ、登録終わらせましたっ。いつでも迷宮入れますっ」


「ケティル、お前ハもっと堂々としていヤガれ。それでも高等種カ」



 ダイトとマイコの担当保護監督官“ケティル”。おどおどした仕草と少女のような容姿から年若く見えるものの、高等森霊種――俗に“ハイエルフ”と地球人には認知される存在で、年齢は少なくとも夫婦二人を足した程度は下らない。



「ベンガード! ケティルを怯えさせないでください! 殴りますよ!」

「カカッ! ルーエ殿、ベンガードを殴っては拳に泥がつく。触らぬが賢明」

「ガーモッド、それハ俺ガ汚れてると言いタいのカ! 上等ダ、表に出ろ!」

「カカカッ! ならば力比べと参ろうか、ベンガード!」


「あのっ、あのっ、やめてくださいっ、怒られますっ」

「ケティル、あの二人は放っておきましょう。いつものことです」


「はは、賑やかだね」

「本当に、カイトにも見せてあげたいわ」



 悲劇のパーティが、冬支度を整え雪に煙るルテリアで集った。


 竜騎士ベルク、聖騎士ルーエ、獣戦士ベンガード、保護監督官ケティル、そして来訪者ダイトとマイコ。


 若くして実力を認められていたベルクとルーエとベンガードの三名は、更にパーティに高等種が入ったことで、初めて挑む【重積層迷宮都市ラトレイア】を甘く見てしまった。

 探索者としてこれまで多くの実績を上げた彼らは、若さも相まって怖いものなど何ひとつなく、それ故にここで間違いを犯してしまったのだ。


 来訪者二人を、たった四人で守りながら迷宮に挑む愚行を。


 もし彼らが年齢相応の実力で、迷宮の浅層で行く手を阻まれていたのなら悲劇は起こらなかったのかも知れない。

 もし彼らが【鉄棺種】をもっと良く知っていたのなら、更に仲間を募り、それ以前に来訪者の迷宮行きの依頼を断っていたのかも知れない。

 もし保護監督官が気の弱いケティルでなかったのなら、そもそもダイトとマイコは危険を冒してまでの地球帰還を諦めていたのかも知れない。


 だがこれはもう過ぎ去った日、結果として迷宮より帰還したのは二人だけ。

 あまりに順調に進み過ぎてしまった彼らの迷宮行は、廃城ラトレイアの決して消えることのない傷跡として、過ぎる者たちに悲しみの感情を呼び起こす。


 久坂 灰人がこの世界を訪れるまで、後四十年。


 この世界は不条理に、親と子の絆をも引き裂いていた。




 ―――




「あなた、また鍛錬? こんなに寒いのに」

「ああ、体をっ、こうしてっ、動かしてっ、おかないとっ、あの危険な迷宮では足手まといになってしまうからね。この寒さも根性を鍛えるには最高だ!」

「荷物持ちで構わないと言っていたのに、真面目ね~」



 夫婦が寝泊まりをする来訪者用の宿のベランダで、ダイトは少しでも体を鍛えておこうと木刀で素振りをし、マイコは寒そうに身を震わせながらも二人分の暖かい紅茶を淹れ外に出て来た。


 白雪の中に沈む夜の街は身を切るように冷たい。

 そんな時代遅れの根性論で体を鍛えようとするダイトは、やはりカイトの親にしてこの人あり、実直に自分がやれることを最大限にやろうとしている。


 自分たちの運命を知ることもなく、只々息子の元に帰るために。



「カイトは今どうしているかしら」

「どうしているだろうね。親父が引き取って、当面は何とかしてくれているとありがたいんだけど、あいつは生真面目だからなあ……案外自分で何とかしてしまうかも知れないね」

「心配だわ。無理やりにでも一緒に連れて出れば、少なくとも一緒にこの世界に来れたのに……」

「ははっ、無理無理。新作ゲームに夢中で、梃子でも動こうとしなかったじゃないか」

「本当に誰に似たのかしら……絶対に戻らなくちゃ……」

「ああ、絶対にだ……」



 夫婦が身を切る寒さの中、カップを片手に肩を寄せ合う。

 紅茶は直ぐに冷え、その冷たさに二人の心もまた感傷で冷えていく。



「そうだ! 地球に帰る時さ、ケティルも一緒に連れ帰って、謝罪ついでに嫁を連れて来たぞーってサプライズはどうだろうか!? 間違いなく驚く!」

「ダイトさんはいつも突拍子もないけど……それは実に妙案だわ! 私もケティルちゃんが娘に来てくれるのは嬉しい!」

「だろだろ~、決まりだな!」

「決まりね!」


「っと、寒くなってきた。部屋に戻ろうか」

「そうね、私はもうとっくに寒いわ。風邪を引いたら責任問題よ」

「はは、お手柔らかに頼むよ~。明日から迷宮なんだしさ」

「それなら頑張ってね、あ、な、た」

「ああ、カイトのためにもな」



 迷宮探索拠点都市ルテリアはどこまでも真白く染まる。


 彼らの願いは、降り積もった雪とともに深淵に溶け消えていった。

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