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幕間九 軛

 ルテリア行政府、その地下最下層にある総議官執務室。



「セントゥムは行ったか……」



 迷宮探索拠点都市ルテリア代表総議官、ジェイエムス ジィン ルテリアがその重く一文字に引き絞る口を開いた。


 彼の言動に呼応するように、窓もない重厚な室内が静かに震える。



「ああ、明け方に。彼女には彼女にしか出来ない役割がある。だから……そんなに泣くんじゃないよっ、あんたぁっ!!」



 ジェイエムスの補佐官、彼の妻でもあるレイエル ルテリアが吠えると、途端に室内どころか行政府全体を揺らす振動が起こった。

 慌てたレイエルが、『そうだな、私もセントゥムがいなくなって寂しい』となだめると、揺れは何ごともなかったかのように収まる。



「全く、良い歳してみっともない。あんたにとってセントゥムは母親代わりだったかも知れないが、今は立場を考えな。それに用が済んだら帰ると言ってたんだ、泣くほどでもないじゃないか」


「うむ……何分セントゥムと分かたれたのは初めてのこと……」



 ジェイエムスが言葉を発するたびに、地下奥深くから地響きが伝わる。

 ルテリアの底にあるとある【神代遺物】が、彼に呼応し震えているのだ。


 彼の種について特筆すべきところは特に何もない。

 ルテリアに古くから存在する名家ではあるものの、この世界の種としては神代由来のテレイーズ高等龍血種やセーラム高等光翼種と比類するものではない。


 それなら、彼の何がルテリアの最高総議官たらしめているのか、それは一族の中でも“ジィン”の名を持つ者が受け継ぐとある“因子”にあった。



「ほら、ハンカチ。顔を拭きな」

「すまない……」



 レイエルの肝っ玉の良さは、その体格に依るところも大きい。

 “剛鬼種”、白い肌と隆々とした筋肉、二メートルを超える身長と額に生える一本の角を特徴とする鬼。格好はスーツにも似た礼装ではあるが、はち切れん様は少しの運動であっと言う間に筋肉が肥大化するせいである。


 対してジェイエムスは“精鬼種”、浅黒い肌を持ち額の角は二本、体は大きいものの二メートルを越えることはない。歳経てもなお精悍な様は、未だに鬼種として同じ総議官シュティーラにも引けを取らないだろう。

 衣服は彼の友人、通称“親方”から送られた濃紺の和服を気に入り、そればかりを着ている。


 そんなジェイエムスが幼少の頃から世話になり、片時も離れず近くにいたセントゥム エルトゥナンが実に数十年振りにルテリアを離れ“天の宮”に帰った。

 そのため、彼は母と慕った女性がいなくなることを寂しく思い、元々涙脆いこともあってこの特別室で涙してしまったのだ。


 問題は、その感情がジェイエムスの持つ“因子”に影響を及ぼすことにある。



「落ち着いたかい」

「ああ……」



 そんな他愛のない一言が再び室内を静かに揺らす。


 ジェイエムスの秘密……いや、この迷宮探索拠点都市ルテリアの八十万に及ぶ人口を支える秘密は、彼の一族が行政府の地下深くにある“ジェネレーター”の生体素子となっていることにあった。


 “ジェネレーター”――つまり、かつて神代期に落着した機動強襲巡洋艦アルテリアの艦体より脱落したエンジンブロック、それがこの行政府の真下にある。

 それを発見し、起動因子を焼きつけられ生体素子となったのがジェイエムスの始祖、その後“ルテリア”を名乗ることになる一族の最初の来歴だ。


 神代のジェネレーターから生み出される大電力、更には来訪者の知識と技術、それがこの八十万人口都市ルテリアの最高機密のひとつである。



「現状は報告に上げた通り、セントゥムと入れ違いでシュティーラが戻る。二人が気にかけるカイト クサカとその一行も、無事第四拠点ジィーブルに到着、現在は療養中とのこと。懸念すべきは、カイト クサカに“変異墓守ヴァンガード”と名づけられた謎の【鉄棺種】が現出したことだ」



 ジェイエムスは口を真一文字に結んだまま、ただ静かに頷いた。


 彼は特殊な隔離処理がされているこの部屋でこそある程度は話すが、本来はまず口を開かないと言って良い。ジェイエムスの言葉には不完全な起動印が含まれ、それ自体が大気に圧力をかけるためだ。


 生まれながらにルテリアに縛られ、都市を維持するためだけに一生を捧げる、機動強襲巡洋艦アルテリアのジェネレーター生体素子、ジェイエムス ジィン ルテリア。


 彼は今、かつて夢に見た神龍グランディータの言葉を思い出していた。



 ――“ジィン”の名を継ぐ……お願いで……邪……がくびきから解き……ます……神代……れたカイ……の……を保護……どうか彼……世界を……に……。



 途切れ途切れの言葉は、ただ何者かが解き放たれようとし、別の何者かを保護するようにとしか意味をなさなかった。


 しかし、ジェイエムスは早い段階から気が付いていた。

 カイト クサカがこの保護する者に当たり、軛から解き放たれようとする者が彼の言う“三位一体の偽神”なのだと。

 グランディータが伝えようとした存在が何であれ、“神龍”と崇め奉られる者が警告するほどの存在はこの世界にあまり多くない。


 まずは、“神龍”――聖テランディア神教国が唯一の神と崇め奉る六柱の龍。


 そして、“神種”――神代を築き上げ、既に滅びた姿形もわからない神々。



「レイエル」

「なんだい」


「再び崩壊の時代が迫っている」


「あんた、それは……」



 静かに、行政府全体に振動が伝わって行く。



「これより、迷宮探索拠点都市ルテリアは防衛準備態勢に移行。協定のもと、全ての探索者と来訪者に警戒と非常事態協力を要請。我々は“異常存在”に対し、都市機能の全てをもって対処する」



 この日、迷宮探索拠点都市ルテリア全域に激震が走った。


 全ての壁門が施錠され、全ての防衛設備は二十四時間警戒態勢に移行する。

 時期尚早とも思える判断は、だがしかし今だ姿を現さない存在に対し遅過ぎた。




 【重積層迷宮都市ラトレイア】の深層で蠢く何者かが視線を上に向ける。




 ――来た 来た 来た



 ――解き放つ者が 者が 者が



 ――待っている いる いる




 ――この軛の底【天上の揺籃(アルスガル)】で




 ――待っている

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