第百二十話 夢の中で……
「本当にごめんなさい……悪気はなかったのよ……?」
「うん、大丈夫。ほら、僕にも龍血の加護があるし、いつもリシィに癒やされているようなもんだから、首も直ぐに治るよ」
――ゴキィッ!!
「逆っ!?」
「あわわわわ、ごめんなさいですっ! 勢いつけ過ぎましたですぅ」
「だ、大丈夫……。とりあえずはこのままで、一日放って置けば治るよ」
リシィに傾けられた僕の首は、テュルケが治そうとして今度は左に傾いた。
本当は固定しておくべきなんだけど、普通の人にやったらダメと教えておこう。
「カッ、カイト殿!? そっ、それは首を鍛えているのか!?」
「違います。ベルク師匠はもう起き上がっても良いんですか?」
「うむ、心身の活性は傷の治癒に効く。寝ていては治るものも治らん」
ベルク師匠が奥の部屋から巨体を揺らしてやって来た。
野営地に入ってまだ半日と経っていないけど、凄まじいことにもう支えもなく普通に歩いている。竜種の治癒力は想像以上だな……。
ベルク師匠は僕たちの傍で、大理石のような青石の床に腰を下ろした。
「竜種の多くは神龍の眷属だったの。特に鎧竜種は戦の最前を担う存在だから、カイトがそんなに心配しなくても大丈夫よ」
「然り。あの体を貫いた衝撃には驚いたが、この身は戦友の墓前でご子息の盾となることを誓い申した。早々に打ち崩されるつもりはない」
「……ありがとうございます。両親もきっと安心してくれます」
本当に、僕自身も安心してしまう。
ベルク師匠にいくら師事しようとも、神器の加護があろうとも、技は一朝一夕で熟れるものじゃない。やはり僕では、師匠の代わりにはなれないんだ。
ゲームだと僕は特化型アタッカーだろうか、それもサポートとスイッチ式の。
それなら、今後は槍技を中心に剣技も教えてもらったほうが良いな。
うん、そうしよう。
「うっ、アウ~……おにく~アウゥ~、おにく~ううぅ~」
ベルク師匠の背後から、アディーテがゾンビのように這い出て来た。
墓守の“肉“禁止措置のせいで、彼女はずっとこの有様だ。
「アディーテ、地上に帰った後でいくらでも奢ってあげるから。墓守の肉だけは口にしちゃダメだよ? 万が一でも、あんな気味悪い姿にはなりたくないだろう?」
「ですです! 私のおやつの干し肉あげますですっ、元気出してくださいですです!」
「アウーッ! おにくーっ!! テュルケ好きーっ!!」
「やっ、くすぐったいですーっ! アディーテさんっ、ふあーーーーっ!」
テュルケ、良い娘だ……後で僕のを分けて一緒に食べよう……。
アディーテはテュルケの胸元にこれでもかと頬擦りし、僕はその柔らかく形を変える見事なお胸様に視線を釘づけにされてしまっていた。
「どこを……見ているの……」
「ひえっ!? どどどどこって、微笑ましいなあと思ってごめんなさい」
これはまずい、久しぶりにリシィのゴゴゴジト目を見た気がする。
男だったらつい見てしまってごめんなさい、リシィはその分均整が取れているからごめんなさい、美人さんのジト目は癖になりそうで……ああー! ごめんなさい!!
「もーもーもーっ! 私ばかりが悩んでバカみたいだわ……カイトなんてもう知らない! 二度としてあげないんだからっ!! カイトの浮気者っ!!」
「待って、何を!? 僕はリシィ一筋むぐぅ!?」
「今は言わないでーーーーーーっ!!」
何だか良くわからないけど、リシィの顔は茹でダコのように真っ赤だった。
―――
その日の夜、僕は崩壊した王の間を見下ろす場所で腰を下ろし、これまでの情報整理をしていた。
“三位一体の偽神”……やはり神龍だと考えるのが妥当か……。
神代の記録、機動強襲巡洋艦アルテリアを中心に考えるなら、まず味方となるのは行動をともにしていたリヴィ……リヴィルザルと、彼が口にした【天の境界】の奪還に上がったグランディータだ。
そして敵となるのは、艦隊が交戦していた夕陽を背にするエウロヴェと艦隊を丸飲みにした大アギトのザナルオン、二体の神龍。
やはり今この世界の裏で起きていること、【重積層迷宮都市ラトレイア】の秘密、それは神代の神龍同士の戦いに端を発するものなのかも知れない。
神龍は残り二体……安直な考えだけど、完全に二分していたとなると三対三……“三位一体の偽神”の三の数字に合致することとなる。
“龍血の神器”、これらから推定出来る役割は……“決戦兵器”か……。
「カイト殿、このような場所で如何いたした?」
「ベルク師匠、情報の整理をしていました。後は両親の哀悼ですね」
ベルク師匠が傍に腰を下ろすと、崩壊した石床の端が更に崩れ僕たちは慌てて後退った。
「ぬぅ、肝を冷やした。既に再生が始まっているものとばかり」
「はは、僕もです。これが元通りになるんですから、不思議ですね」
「うむ、神代に端を発する技術、某には何とも理解し難い」
そう言うと、ベルク師匠は何か瓶のようなものを僕の前に置いた。
「これ……お酒ですか?」
「然り。ティチリカ殿の神代遺物が【次元収納】でな、中に入っていたものを譲り受けた。戦友、カイト殿のご両親に手向けようとな」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「本来なら墓前に手向けたいが、まずはここで一献」
「それ、自分が飲みたいだけですね?」
「カカッ! それも然り!!」
ベルク師匠は、きっちり二人分用意してあったコップにお酒を注ぐ。
「僕はあまりお酒に強くないので、これだけですよ?」
「うむ、ダイト殿も一口で赤くなっていたからな。残りは手向けだ」
「では、我が戦友たちに」
「父さんと、母さんと、ベルク師匠の友に」
僕は一口含める程度の少量のお酒をあおった。
残りは、ベルク師匠が目の前の穴の底へと撒いて手向けとしている。
トクトクとお酒のこぼれ落ちる音が、何とも心地の良い余韻を残して僕を眠りに誘うかのようだ。
「さてカイト殿、某はこれで失礼いたす」
「え、もうですか?」
「うむ、姫君が来たようでな」
「え?」
背後を見ると、野営地に入る扉からリシィが半分だけ顔を覗かせていた。
隠れることはないと思うけど、その様は普段の高潔さと変わってどこか可愛らしい。
「カイト殿、某は此度のことで武人の在り方を思い直すに至った。無様であろうとも生き延び、守る人々のために尽くす。貴殿の生き様に、某は心に深く沁み入る想い……誠に感謝いたす」
「お、大袈裟ですよ。僕は……無我夢中なだけです」
「カカカッ! 『死んで花実が咲くものか』、誠にその通りである!!」
ベルク師匠はそう言い残し、リシィに会釈すると戻って行った。
何だか、尊敬して師事する相手に感謝されるのは照れくさい。
「カ、カイトはガーモッド卿と仲が良いのね」
そして、やって来たリシィは一言目にそんなことを言った。
光源は廃城の神力の流れと僕の右腕の青炎だけで、青光に照らされた彼女はいつも以上の肌の透明さに見え、このまま溶け消えてしまうような錯覚を覚える。
「一応師弟だし、男同士だからかな?」
「ふ、ふぅん……少しうらやややっ、何でもないわっ!」
良かった、いつも通りだ……彼女と離れた時に僕は酷く慌てた。
このいつも通りを取り戻せたこと、運命の巡り合わせにただ感謝する。
「リシィは眠れないのか? 傷がまだ残っているんだから、休まないと」
「それは貴方もよ! いつもいつも、私たちが見ていないところでも、そうやって頑張っているんだから……」
リシィは憤慨しながらも僕の隣に腰を下ろした。
穴の底から吹き上げる風が、彼女の金糸の髪を静かに揺らす。
大分お互いの距離が近く、いつもなら緊張して視線を泳がせてしまう状況だけど、今は強いお酒を飲んだせいか睡魔に襲われ眠くて仕方がない。
「ねえ、カイト。私を狙っているのは……やはり“三位一体の偽神”なのよね……」
「確証はないけど、今ある情報だけで推測するとそうかも知れない。だけど、狙われているのはリシィじゃなく……」
「ううん、良いの。結局、龍血も含めて私だもの」
自分を狙う相手に立ち向かうか……そんな酷な状態を僕はリシィに強いているんた。今更逃げようと言ったとしても、誇り高い彼女はそんなことを許さない。
今回のことで僕は思い知った。
心のどこかで、上手く立ち回れると思う慢心があったんだろうな。
決してすまいと思っていても奢ってしまう、人の心とは本当にままならない。
これ以上は間違えたくない……。
「カイト」
「うん?」
「いつか私の国に来て欲しいの」
「えっ、急にどうし……」
「緑の豊かな地だけれど、国の現状を見て手を貸して欲しいわ」
「……リシィがこの地にいる理由は……竜角だけじゃない?」
「ええ、一国の姫がいつまでも漫遊していられるわけがないわ。そう言う意味で終わりかけている故国に、私は新たな風を吹かせたいの。それがカイト、貴方」
リシィの言う通りだ……。一国の姫君が、メイドを一人だけ連れて探索者をしているのはおかしい。良く考えなくてもわかること、リシィを連れ戻すため躍起になる存在がいなければおかしいんだ。
これだけの重要な存在が、捨て置かれている……?
「……わかった、僕は生涯を君に尽くすと既に決めている。何が出来るかはわからないけど、リシィの騎士としてどんな道だろうとともに歩むよ」
「んっ!? そ、それはそうなんだけれど……そうでなくてごにょごにょ……」
それにしても、かなり大事な話をされているにも関わらず、眠気がまずい……。
僕はお酒に弱く、ほんの少し口にするだけで直ぐに眠ってしまうんだ……。
「カ、カイトッ! 頑張っている貴方に、あ、主として褒美を与えないといけないわっ! め、めめっ、目を閉じなさいっ!」
目……? その前に、僕は目を開けているか……? 目蓋が重い……。
何だか穴の底に……笑顔でサムズアップする両親の幻影が見える……。
あの人たちは……この世界でも、いつだって笑っていたんだろうな……。
「カイト……い、今だけ私からの……。受け取りなさい……」
夢の中で、頬に柔らかいものが触れた気がした。
これにて第四章本編が終了となります、ここまでご覧頂き誠にありがとう御座いました!
ブックマーク、評価、ご覧頂けるだけで感謝に絶えません。全ての皆様に心よりの感謝を。
今後の予定は幕間を二本、EX小話を一本、サブキャラ紹介を投稿の後に第五章を迅速に開始します。
第四章ではかなり戦闘が多くなった事から、第五章は少し面白可笑しく日常を描いた後で、いよいよ物語の核心に迫る迷宮深層へと突入して行きます。
より楽しんで頂ける事を第一にこれからも勉強をして参りますので、引き続きご覧頂けたら幸いです。