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第百十九話 この世界に来て最大の不条理が僕を襲う

 ◇◇◇




「リシィ、顔が赤いけど熱でもあるんじゃ……」

「姫さま、本当に真っ赤です。大丈夫です?」


「な、何でもないわ……。熱ではないから気にしないで」



 私たちは、ベンガードとティチリカの案内で野営地に戻って来ていた。

 王の間が崩落したことで、野営地まで縄を渡さないと通れなくなっていたけれど、墓守から身を守るにはこれ以上ないほどの立地となっているわ。


 内部は備えつけの台の合間に通路がある構造で、広い台所のよう。

 私はその一角で、また荷物に紛れて一人で座っている。これは癖になっているのかも知れないわ……どうしてか挟まっていると落ち着くの……。



「それなら良いけど、僕は今後の予定を確認するから何かあったら呼んで」

「ええ、今は傷を治すことに専念させてもらうわ……」



 カイトはそう言うと、少し離れた台で地図を広げて話を始めた。


 ふぅ、何とか平静を装えたようね……気を引き締めていないと直ぐに表情が崩れてしまうもの。今は顔に出さないよう……カイトは変なところだけ感が鋭いんだから、出来るだけ余計なことを悟られないようにしないと……。



「姫さま、カイトさんとのことを考えていたです?」

「んっ!? テュルケ、ななな何をかしら!?」


「カイトさんに口づふぐぅ!!」

「しーっ! カイトに聞こえたらどうするのっ!?」

「ふぐふーぐふぐっ! ふぐふぐぐ、ふぐふぐふぐーぐふぐぅっ!」



 ああ……咄嗟だったとはいえ、私は何てことをしてしまったの……。


 カイトに龍血を飲ませるために、くっくくっ、くちっ……くく、口づけをしししてしまったなんて……! ははははしたないわっ……!! あああ……良く考えたら、龍血に神力を流すのも手をかざすだけで……ううぅ……。


 そのせいで、カイトを前にすると変に頬が緩んでしまうの……。

 あの時の彼は殆ど意識がなかったようだけれど、だからといってこの事実がなくなるわけではないもの。私一人が悶々としてしまうなんて……。



「うう……これからどんな顔でカイトに向き合えば良いの……」

「ふぐぐ、ふぐんぐ、ふぐふぐふぐぐぐーふぐふぐっ!」

「あっ、テュルケ、ごめんなさい」


「ぷえっ! 姫さま、大丈夫ですです!」

「え、何がかしら……?」

「カイトさんは、姫さまのことが大大大好ふぐぅっ!」

「大きな声はダメェッ!」



 そ、それはカイトの口から直接伝えてもらったもの。

 大切にされているのも彼の態度や行動から伝わってくるわ。


 カイトと離れて死ぬ思いをして、私からも色々と伝えようと思ったのに……くくっ口づけのせいで全て吹き飛んでしまったわ。

 思えば、私の初めてを……意識のない人に……あああーっ!!


 最低だわ……私が……。


 本当にどうすれば良いの……カイトの後ろ姿を見ただけでも、熱で上せてしまうのがわかる……。上手く言葉には出来ないけれど、私もカイトのことを……。

 締めつけられるような胸の痛みは、私にとって初めての経験。


 “憧れ”とはどこか違う……これがきっと……。



「のう、リシィお姉ちゃん」

「なっ、なに!? その呼び方をしないで!」

「テュルケが真っ青になっているのだが、良いのか?」

「テュルケ!? ごめんなさい、しっかりして! テュルケーッ!!」



 これは私だけでなく、回りの皆にも迷惑をかけてしまうわ……。


 伝えるしか……ないのかしら……。




 ◆◆◆




 話し合いで今後の予定について結論が出た。

 当初とは変え、僕たちはまた数日、野営地に滞在することになったんだ。


 と言うのも、僕たちを探している間に足の速いラッテンを管理拠点まで先行させたそうで、早ければ翌朝には抗生物質を持って戻るとのこと。


 こちらとしてもリシィとベルク師匠を休ませたいし、特に異論はない。



「食料の残りは?」

「生体組織を食料としなくても、充分な量がまだ残っていますね」

「恐らくは、この“中枢”がなければ食べても大丈夫だとは思うけど、あの様を見た後で何かあってはいけないからな……」



 僕たちはどうしようもない時を除いて、“肉”を食料にするのをやめた。

 生体組織自体に意思があるわけじゃないと思うけど、再生し増殖し自由に蠢く姿を見た後では食べる気にもならず、万が一を考えての措置だ。


 問題は、この八岐大蛇の内にあった“中枢”なんだよな。

 くすんだ“白金色の鱗”、人の頭ほどの大きさでどう見ても“龍鱗”だ。


 白金色の龍……明らかに神龍テレイーズなんだけど……。


 リシィの一族に神器を宿す龍血を与えたのはテレイーズで、それを今になって破壊しようとしている……この矛盾を埋める情報がない。

 とりあえず、この鱗は布に包んでリシィの目に触れないように……。


 うーん……困ったな……。



「カイトさん」

「うん? どうかした?」

「カイトさんは、リシィさんとベルクさんの休息しか考えていませんね」

「あ、ああ、ごめん。サクラたちも充分に休んで欲しい。拠点まではまだ……」


「ち、が、い、ま、す! 今回はカイトさんも大量出血した上に、神器の力に当てられたんですよ! カイトさんが一番に休息を取ってください!」


「はいっ! ごめんなさいっ!?」



 そうだ、サクラがいなかったら、僕は今こうしていられなかったかも知れない。

 彼女の荒療治は自らの焔血を使って龍血に干渉し、動けるまで代謝を活性化させるというものだけど、お互いに神脈炉を持つからこそ出来た荒業だ。


 サクラは僕に詰め寄り、彼女に対してはどうにも頭が上がらない。



「そ、そうだね……僕もちゃんと休むよ。その間は負担をかける……」

「望むところです。カイトさんが平穏に過ごされることが、私の一番に安らげる時間でもありますから。どうか、私をお頼りください」

「ありがとう、サクラ……」


「くふふ、我もおるぞ」



 ノウェムは肉汁でべとべとになった体を拭いていたけど、いつの間にか隣に来ていた。さっぱりとした表情で、僕の袖を引っ張りながら見上げている。



「ああ、ノウェムもありがとう。今回は負担にならなくて良かった」

「我としては、あまり主様の役に立てず不本意ではあるのだが……」


「そんなことはない。報告、連絡、相談は大事だから、それを伝える手段を持つノウェムがいてくれて良かった。上空哨戒もノウェムにしか出来ないしね」


「くふふ、主様は上手いことを言いよる。今はその言葉に乗せられようぞ」



 ノウェムはコロコロと表情を綻ばせて笑った。

 鈴を転がすような笑い声が、今は何とも心地良い。



「ベンガード、ローとヨルカはどうだ?」

「ハッ、お前に心配サれるほどアいつラハ柔じゃナい。お前ハ自分の仲間の心配でもしてろ」

「またベンガードは口が悪いノン。心配で心配でベルクさんに肩を貸した癖にノノンッ!? 尻尾は引っ張っちゃダメノンーーーーッ!? アーーーーーーンッ!!」



 ベルク師匠はアディーテと一緒に奥で寝ている。

 師匠はノウェムの力で体重を軽減しても動くことが出来なくなってしまい、ここまで肩を貸して運んでくれたのはベンガードだ。


 如何に竜種とはいえ、重傷を負った状態での連戦は負担が過ぎた。何とか一度地上に戻り、全員が完調するまでは長めの休暇としたい。


 後は、リシィかな……どうもよそよそしいのが何かあったとしか思えない……。



「サクラ、リシィに変わった様子はなかった?」

「……」



 サクラは僕をしばらく見詰めてから照れたように俯いた。



「サ、サクラ……?」

「あ、いえ、特に何も……。あっ、お食事の準備をしますねっ!」



 あれ……忙しなく奥に行ってしまった……。



「主様も罪よな。サクラとて年頃のおなご、あのような様を見せられては思うこともあるのだろう。我とて、あの状況でなかったら気が気ではなかったわ」


「あのような……?」

「それは本人に直接聞くが良い。はて、リシィお姉ちゃんは何をしたのやら」



 ノウェムまで『くふふ』と笑いながらどこかへ行ってしまった。


 とりあえずリシィの元に戻ると、先程と変わらず荷物の間に挟まっている。

 最近良く見るようになった姿だけど、あれは何をしているんだろうか……。傷を我慢しているわけじゃないよな……サクラとノウェムまで変だし……。



「リシィ、テュルケ、もうしばらくは滞在することになったよ。休息にしよう」


「え、ええ……カ、カカカイトもね。いつも無茶ばかりなんだから、貴方こそしっかりと休んであまり心配させないで」

「ですです! 姫さまをご心配させるのは感心しないですです!」

「だよな……もっと上手く立ち回れると良いんだけど……」


「あ、あわわ、違いますです! どうせならカイトさんから姫さまにくちっ……」

「キャーーーーッ!? テュルケーーーーッ!!」



 ……


 …………


 ………………


 何だろうか……リシィが両手で僕の耳を塞いだ……。

 真正面で目と目が合い、その瞳の色は虹色でとても綺麗だ。



「キャーーーーーーーーッ!!」



 ――ゴキィッ!!



「何でっ!?」



 この日、僕は訳もわからないままむち打ちになった。

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