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第百十七話 手を尽くし重ね続ける

 僕はリシィとともに、雨のように襲い来る触手を避けながら反撃を続ける。

 互いの死角を補い、ステップを踏む様はまるでワルツを踊っているかのようだ。


 断たれた触手は全て黒灰となり、青一色で彩られた庭園を汚していく。



「テュルケ、アディーテ、今だ!!」


「お待たせしましたですですっ!!」

「アウーッ!! まずそうなおにくーっ!!」



 地下階段から、僕の合図でテュルケとノウェムが飛び出した。


 テュルケは進路上にある触手を次々と斬り裂き、アディーテは変異弩級戦車モーターヘッドの触手の根本を直接穿つ。


 ノウェムの“転移陣”、その離空間接合能力は離れた場所に“声”も届ける。

 それは通信機としての役割が出来るということで、僕は予めテュルケとアディーテに待機するようノウェムを通じ伝えておいたんだ。

 “肉”の向こうに存在するだろう偽神に対し、油断すると神器を顕現される状況と、更には伏兵が存在する状態でプレッシャーを与えた。

 

 そして“センサー”を奪われたことで、こいつはまんまと暴走を始めたんだ。

 既に何も見えていないのだろう、変異弩級戦車は大量の触手を無差別に伸ばして手当たり次第に周囲を攻撃している。


 僕の狙い、それは“再生状態の飽和”だ。


 断ち易い触手部はその数の分だけ急所となる、無数に断ち切られる再生箇所を果たして支えきれるか。


 持てる最小を尽くし、覆すだけの最大を成す。後は尋常に勝負!



「サクラ、ベルク師匠、脚を!!」


「はい!!」

「おお!!」



 爆発的に増加した触手が減ったところで、僕たちは再び脚に攻撃を仕掛けた。

 六本の脚のひとつを青槍で貫き、先程までの急速再生がないことを確認する。


 やはり、再生が追いついていない。



「リシィ、神器を!」

「ええ!」



 リシィは光剣を霧散させ、代わりに黒杖を抜いた。


 僕は更に脚の一本を断ち、その間も攻撃を仕掛けていたサクラとベルク師匠と同時に、全ての脚を断つことに成功する。

 変異弩級戦車は地響きを立てながら地面に落下し、最早動けない食虫植物と変わらない様だ。


 これで、後は神器さえ顕現出来れば……。



「きゃうっ!?」

「アウッ!!」


「なっ、まだ増殖するのか!?」



 触手に攻撃し続けていたテュルケとアディーテを突き飛ばし、断ち切られた無数の触手が更に再生と増殖を始めた。



 ――ドドンッ!



「バカな!?」

「そんな……」



 再生を上回ったと思ったのも束の間に、再び四本の脚が一瞬で生えた。

 そして、無数の細い触手はより集まって八本もの太い龍の首を形成する。



八岐大蛇ヤマタノオロチ……だと……!?」



 その様はもう“肉”でも墓守でもない、弩級戦車の車体を苗床にした赤黒い龍。

 どこからどう見ても、日本神話に登場する八首の龍“八岐大蛇”だ。



 ――ボォォオオオオォォオオォォォォォォォォッッ!!



 八岐大蛇が吠えた、威圧感を感じる龍の頭は夢で見た神龍そのもの。

 想定の及ばなかった“肉”の変異に、僕は気圧され最悪が脳裏を過ぎる。



「くっ……みんな、やることは同じだ! こいつの再生を上回る!!」



 焦りはダメだ、もう二度と失敗を繰り返すわけにはいかない。

 想定を上回られても、それを更に上回る思考で覆してしまえば良い。



「ぬぅ!? 生体組織が硬化している、先程までのようにはいかん!!」


「それでも……だ……!!



 ――ドギィンッ!!



 それでも僕は青槍で、八岐大蛇の脚を金属音を立てながら貫いた。

 例えどんな神話の似姿となろうとも、右腕の青炎は特攻であり続けるんだ。


 ならば、決して引くものか!!




 ―――




 どれほどの時間が過ぎてしまったのか、八岐大蛇との戦闘は終わらない。

 神器の顕現を阻まれ、青い花以外に何もないこの庭園では打開する術もない。


 撤退を……ダメだ、どう足止めをする……。



「はぁっ、はぁっ、カイト……こうなったら無理やり神器を……」

「それしかないのか……」


「あっ」



 一瞬の会話の隙を突かれ、視界の外から横薙ぎにされた八岐大蛇の首によって、僕とリシィは一緒に吹き飛ばされた。花を散らし、泥に塗れて地面に打ちつけられるも、下が土だったことから痛手は受けていない。


 八岐大蛇の追撃が迫る。首の一本一本が皆を押さえているため支援は間に合わず、体勢を崩された僕たちは自分で何とかするしかないんだ。



「こんなところで……っ!!」


「ハッ、くダラナい」



 僕たちの目の前に、黄金色のたてがみの獅子が立ち塞がった。


 振るわれた戦斧は旋風を巻き起こし、眼前まで迫っていた八岐大蛇の首はいとも容易く両断される。



「ベン……ガード……!?」


「ハッ、くタバれ疫病神ガ。ママごとガしタいナラ地上でヤれ、小僧」

「自分で助けてそれはないノン。カイトさんたちは相変わらず大変なノンッ」


「ティチリカ……探してくれたのか?」

「助かったわ……。ベンガード、ティチリカ、お礼を言うわ」

「お礼ならティじゃなくて、そこの不貞腐れてる人に言うノン。何も言わなかったけど、黙々探してたノン」

「ティ、余計ナことを言うナ。尻尾引き抜くぞクソッタれ」

「ノンッ!?」



 流石は良い(・・)ライオン……間一髪で助かった……。


 増援はベンガードとティチリカだけ、残りは怪我人だから当然だろう。

 今は巡り合わせに感謝し、八岐大蛇討滅のために彼らの力も借りる。



「二人とも、あれの討滅を手伝ってもらいたい」

「ガーモッドとファラウエアガ押サえてるアレカ。ハッ、くダラん」

「ここまで来たら仕方ないノン。さっさと討滅して帰るノン。どうするノン?」


「ありがとう。あいつは異常な再生能力を持っている。要は、その再生を上回るほどの攻撃をしてもらえれば良いんだ」


「それなら簡単ノン! 行っくノーン!」

「ハッ、本当にくダラん」



 そう言いながらも、ベンガードとティチリカは八岐大蛇に向かって行く。



「主様、肝を冷やしたぞ。力を使うところであった」

「ああ、ごめん。僕はまだ武人には程遠いみたいだ」



 だからこその“軍師”か……なら策を練る、自分に出来ることを最大限こなす。



「リシィ、今度こそ神器を」

「ええ、テレイーズの名に誓って成し遂げるわ」

「うん、僕も君とともに力を尽くす」



 僕とリシィとノウェムで今は二人分だろう。

 これでようやく八対八、数の上ではもう不足はない。


 後はやるだけ、リシィの言う通り成し遂げるだけだ。



 ベンガードたちに遅れて僕たちも戦線に戻った。

 八岐大蛇は斬られ突かれ焼かれ穿たれ、それでもまだ再生を止めない。

 ベンガードとティチリカが加わったことで、時に一対二、一対三にまでなっていた状況が変わった。


 ティチリカはともかく、ベンガードの攻撃力は凄まじい。

 ベルク師匠を守護の達人とするなら、ベンガードは攻撃の達人だ。

 戦斧の一撃で八岐大蛇の首を根本から断つ様は、固有能力を使っているようにも見えず、かと言って戦斧が【神代遺物】にも見えない。


 獅子面の探索者ベンガード、最初の印象こそあれだったけど、今これほどまでに心強い存在は他にいないだろう。

 ついでと言わんばかりに、隣でテュルケが相手している首まで落とすんだ。

 あの強面で、ひょっとしたら子供好きな面もあるのかも知れない。



「ノノノノノノンーッ!!」



 そしてティチリカは相変わらずのノミと槌だ。

 掛け声とともに槌で乱打し、打たれたノミが龍の首を落とす。


 何にしても、想定……いや期待か、確信めいた期待をしても、タイミングがわからなかった増援で形勢は逆転した。

 触手が八岐大蛇となり、長く太い龍頭は更に負担となっているんだろう、次第に再生速度は落ち、勝手を掴んだ皆によって再び脚も切断される。



「リシィ!」



 リシィの瞳色が変わった。


 深い深い、混沌を湛えるかのようなあまりにも深い蒼色。

 それは闇にも近しく、僕は全てが飲み込まれてしまうような恐怖を感じた。


 今ここに、神威を紡ぐ言葉を宿す新たな神唱が始まる。

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