第百十六話 対変異弩級戦車戦
触手はベルク師匠を正確に狙い、ノウェムの目潰しが明らかに効いていない。
黄色い塗料を拭いもせず、気にした様子もないんだ。やはり群体か、それとも……。
変異弩級戦車は触手を左右に円を描くように伸ばし、今度はリシィを狙う。
彼女も対するために光盾を左右に展開するけど、触手は盾が追従出来ない速度で更に回り込んで来る。
リシィを傷つけさせはしない。僕は一方を青槍で突いて止め、もう片方は左手で力任せに掴み、ぬるりと滑りそうになるものの指を食い込ませて止めた。
だけど、頭部の変異墓守の触手がまだ残っていることはわかっている。
細い触手が正面からも迫り、僕は身を反らせて噛みつく。こんな状態だけど、はっきり言って生は不味い。それでも決して離しはしない。
「ぎゃーっ! ぬるぬる気持ち悪いーっ!!」
変異墓守の触手は二本、最後の一本を止めていたのはノウェムだ。
その小さな体で羽交い締めにし、気色悪いと漏らしながらも離そうとしない。
――ゴンッ! ドオオオオォォォォォォォォォォッ!!
そして、その隙に変異弩級戦車の背後で炎が爆ぜた。
サクラが勢い良く階段から飛び出し、過ぎる際に鉄鎚の一撃を加えたからだ。飛び出した勢いのままに、槍鎚で僕とノウェムが押さえる触手まで断ち切る。
舞い散る花弁が燃え、火の粉となって夜陰に明かりを灯す。
「カイトさん!」
「サクラ、助かった! ノウェムも!」
「ぐぬぬ……おのれ、全身がベトベトだ……」
変異弩級戦車は再びベルク師匠が接敵し、一瞬で再生する触手を迸る紫電が焼き切っている。
無尽の再生力……だけど、如何に驚異的だろうとも限界はあるはずだ。
あれだけの超再生と増殖をしながら、触手が四本だけなんて考えられないから。
だというのに、いくら断ち切られようともその本数が増えることはない。
中枢がわからなくとも、再生速度さえ上回ればあるいは……。
「サクラ、ベルク師匠の支援を。痩せ我慢しているみたいだけど、長くはもたない」
「はい! ベルクさんの盾の代わりはお任せください!」
サクラは答えると一瞬で間合いを詰めて防戦に加わり、再びベルク師匠を押し退けようと薙ぎ払われた触手を鉄鎚で焼き払った。
「リシィ、僕たちも戦列に加わる。間際で歌って欲しい」
「えっ……戦いながらと言うこと……?」
「ああ、リシィが歌い始めたら、またあいつは形振り構わずに突進するだろう。なら全員で触手を払い除け、脚を削ぎ落としながら協力して神器の顕現を行う」
「わかったわ。カイトがやることはいつも無茶だもの、今更よね」
「え、ご、ごめん。人にまで強いるのはダメだよな」
「良いの、何事にも真摯で……辛辣で……少しも休もうとしないけれど……そんな努力を惜しまない貴方は……好きよ」
……
…………
………………
「ん? もう一度……?」
「……行くわよっ!」
「えっ、はいっ!」
聞き間違いでも、ましてや空耳でもないはずだ……脳内でリフレインし過ぎて意味がわからなくなっているけど、確かにリシィの口から『好きよ』と聞こえた。
い、今は慌てている場合じゃない、僕の姿勢にと言う意味なんだろうけど、何だか俄然やる気が湧いてきた。
もう僕は何も怖くない。
「ぐぬぬ……主様、我は……?」
「ノウェムは上空から全体を見通してくれるか? リシィの神唱を妨げるものがあるなら、負担を覚悟で阻んでもらいたい。ノウェムの力が神器顕現のための希望だ」
「ふぬっ!? ……主様の頼みであるなら全力を尽くそうぞ。ただし、小娘のためではなく主様のためにな」
「ああ、それで構わない。頼りにしている」
「くふふふふ」
「それと、もうひとつ頼みがある……」
僕はノウェムに耳打ちをして、今一度青槍に力を込めた。
「リシィ、行こう」
「ええ、遅いわよ」
―――
変異弩級戦車までの数十メートルを、僕たちは回り込むように詰めた。
リシィは右手に光剣を、左手に光盾を展開して近接戦闘をする騎士の様だ。
まずは接敵と同時に、僕は青槍で“肉”の脚を断つつもりで一突きする。
――キョアアアアアアアアァァアアァァァァァァッ!!
やはり青炎は“肉”にとって特攻なんだ、変異弩級戦車はどこからともなく悲鳴を上げ、どう見ても痛みを感じている。
これなら……。
「サクラ、ベルク師匠、近接したまま神器を顕現する! 全ての触手と脚を断ち、こいつの再生を上回る速度で丸裸にする!」
「はい! 承りました!」
「カカッ、またしても剛毅な! それでこそ愛弟子よ!」
一瞬視線を地下階段に向けると、ノウェムが内部を覗き込んでいた。
それは万が一を考えての仕込み、彼女にしか出来ない役割のひとつだ。
“三位一体の偽神”、見ているんだろう……?
何もしなければ、僕たちは神器を顕現するぞ……!
だけど、焦ったが最後、無尽蔵にも思える再生力を破綻させる!
そして、サクラが変異弩級戦車の正面に陣取った。ベルク師匠は左方、僕とリシィは右方、師匠と変異弩級戦車を挟む形だ。
この陣は決して崩さない、相手が押せば同じだけ下がり、相手が下がれば同じだけ押す、向きを変えようとすれば一緒に回って位置を変えずに対峙し続けるんだ。
相手を封じ込め、それと同時に消耗させる。
「はあっ! ……ダメ、私の光剣では傷しかつけられない!」
リシィが光剣で変異弩級戦車の脚を斬りつけたけど、やはり“肉”は金光に耐性があるようで、多少抉れただけに留まった。
流石に光盾を一瞬で抜かれるようなことはないため、リシィは盾役として防御に徹してもらい、僕と二人一役のタンカーとする。
「リシィ、防御に徹してくれ。僕が君の剣……いや、槍となる! 食らえ!」
青炎の槍の突きは何の手応えもなく、それこそ熱した棒をわたあめに触れさせるかのように変異弩級戦車の脚を貫いた。
「凄い……カイト、いつの間にそんな力を……」
「自分自身でも良くわからない。大怪我をして、サクラに治療してもらった後からこうなった。ルコからもらった青光の雫が、焔血の影響を受けたとしか」
それでも、変異弩級戦車の脚は一瞬で再生してしまう。
ドリュンッと体内から押し出されるように、直ぐに生えてしまうんだ。
「薙ぎ払います!!」
サクラの声で僕とリシィとベルク師匠は後退し、直ぐに振るわれた【烙く深焔の鉄鎚】が変異弩級戦車の足元を爆炎で彩った。
最早、舞い散るものが火の粉なのか花弁なのかはわからない。
花を愛でることが好きな彼女が、どんな感慨でそれをなしているのか。
「何たるしぶとさ! だがそれも技をもって突き破る!! 【連環槍突】!!」
ベルク師匠の通常槍技が、爆炎の中でも驚異的な速度で再生する脚を狙う。
手元の打点を変えてあらゆる角度から対象を貫く連撃は、固有能力に頼らず自らの膂力だけで大木にさえ大穴を空けてしまう槍技だ。
なら僕も負けていられるかと、足りない技の分は青炎で補って脚を突く。
そしてサクラもまた、槍鎚を横薙ぎにして触手ごと脚も断つ。
僕たちの波状攻撃に晒され、変異弩級戦車は既に方向転換もままならなくなっていた。その場に縫い止められ、再生する触手も動き出す前に何度も断たれて黒ずんだ灰と変わる。
「こいつは群体じゃなく、やはり中枢があるのかも知れないな……」
「どう言うこと……!?」
「切り離された触手が一瞬で灰になっているのが証拠だ。群体なら切り離されたところで関係ない、確実に弩級戦車の内部に中枢があるんだ」
群体でないとすると、目を塗り潰されても僕たちの位置を把握しているのは……弩級戦車本来のセンサー群か……!
「サクラ! 手加減は要らない、胴体を破壊しろ!!」
「はい!!」
サクラは跳躍し、頭部の変異墓守に鉄鎚を叩きつけた。
爆音が轟き、先程とは比べ物にならない爆炎が変異弩級戦車を襲う。
焼いた時でさえ形を保っていた変異墓守が、今度こそ粉微塵に吹き飛んだ。
――キィオアアアアアアアアァァァァァァイイイイイイィィィィィィィィッ!!
そして断末魔の叫びとともに、無数の触手が噴火したかのように飛び出す。
これを待っていた!