第百十五話 再戦 雷號の竜騎士
ここで僕はひとつの可能性に思い至る。
迷宮を進めば進むほどに墓守の攻撃は苛烈さを増す。
そして、それまであくまで墓守の一部だった“肉”が、独自の意思を持つかのようにリシィを狙い始めた。
それはつまり、【重積層迷宮都市ラトレイア】の最奥に近づけば近づくほど、何者かの影響圏に踏み入っている可能性を示している。
確実にいる。
“三位一体の偽神”か、“鉄棺種を遣う者”か、それとも……その両方が。
変異弩級戦車が壁まで触手を伸ばし、再び体勢を立て直した。
もうその様は墓守と呼べるものじゃなく、弩級戦車の装甲は最早ただの容れ物にしかなっていない。生体組織と機械、互いが互いを使い潰すかのようなあの姿は、神代の生命体と機甲が入り乱れて戦っていた様相そのままだ。
この大迷宮は、未だに続く戦争の残り火なのか……。
僕は振り返り、少し離れて背後に控えたリシィを見る。
彼女は変異弩級戦車を見据えているものの、表情はどこか不安そうだ。
ゲームのように明確な弱点は見当たらず、核となる中枢がどこかもわからない。ひょっとしたら、ナノマシンや微小生物の群体の可能性だってあるんだ。
そうなると討滅は困難だけど……ひとつだけ、リシィの持つ神器に例え群体だったとしても全てを掃滅し尽くす可能性が残っている。
「リシィ、ザナルオンの神器を使えないか?」
僕の問いに、リシィは生唾を飲み込んだ。
彼女が【銀恢の槍皇】ばかりを使うのには訳がある。
最も負担が少ない理由もあるけど、周囲に及ぼす影響も最も小さいからだ。
【神魔の禍つ器】、世界を滅ぼす力と言われ、彼女が自覚してしまった理由……。
それを僕は、リシィに無理強いしようとしている。
「使うわ……。本当は最初から使うべきだったの……恐れて、使わずに済むのならそれで良いと思ってしまった私の油断……覚悟を決めるわ……」
「助かる。僕もテュルケも力の限り支えるから、大丈夫だよ」
「ですです! いつだって私は姫さまの味方ですです!」
「二人とも、ありがとう」
そして、変異弩級戦車は壁を擦って立ち上がった。
履帯が押しのけられ、太い“肉”の脚が六本も生えたんだ。
ドチュンと水気のある足音を立てたと同時に、サクラとアディーテが攻撃を加える。変異弩級戦車は両手の触手を伸ばして迎え撃つけど、サクラの鉄鎚で焼かれ、アディーテの穿孔で穿たれる様は、単純な防御力だけならないに等しい。
“防護フィールド”はない。ただし、代わりの“超再生”が焼かれても穿たれても、ものの一瞬で傷口を元通りに再生してしまう。
頭部となっている変異墓守も、肉の触手となった腕を伸ばして来た。
狙うはリシィ。だけど、僕とテュルケが決して彼女に触れることを許さない。
「テュルケ!」
「はいですです!」
まずは僕が迫る触手の先端を青槍で打ち上げて勢いを殺し、それでもリシィを狙って弧を描く触手は、テュルケが跳躍して包丁で微塵に斬り裂いた。
「燃えろ!!」
行く手を阻まれて戻る触手を、僕は青槍で貫いて炎を燃え移らせる。
触れてさえいれば、右腕の青炎は離れていようとも相手まで伝うんだ。
――ピギャアアアアァァアアァァァァァァァァァァッ!!
青炎は触手を伝い、燃えた変異墓守が悲痛な金切り声を上げた。
サクラに燃やされた時とは反応が違う、青炎は“肉”に対しての特攻がある……?
「考えるのは後だ……リシィ!!」
「ええ!! 溟海を統べ……」
――キョアアァァアアァァァァアアアアァァァァァァァァァァッ!!
「なっ!?」
神器を顕現させまいとしてか、変異弩級戦車が勢い良く階段を登り始めた。
間近にいたサクラとアディーテは、間一髪のところで跳躍して難を逃れる。
神器がそんなに怖いのか……!
そうか、お前たちが『万界に仇する祖神』、神器に葬られる神か……!!
「テュルケ、避けろ! リシィ!!」
僕はリシィの元まで後退して彼女を抱え、彼女もまた僕に強くしがみつく。
そして迫る変異弩級戦車に青槍を向け、激突の瞬間に自身の背後へと跳んだ。
かくして青槍は変異弩級戦車の胴体に突き刺さり、僕は槍を支えに体を宙に浮かし、リシィを抱えたまま押されるように階段を上って行く。
ノウェム……ベルク師匠……頼む、階段から逃れていてくれ……!
―――
月と、星と、青い花園が見える……。
変異弩級戦車は青炎に焼かれ続け、衝突するまで階段を駆け上がった。
その間も、リシィを執拗に狙った触手を彼女自らが光盾で凌ぎ、最上の鉄扉もまた防御スキルで叩きつけられることを防いだ。
地上までは後少しだったのか、あっと言う間に押し上げられた地上には……。
「主様っ!?」
「ぬぅっ!?」
鉄扉は多少開いたものの半開きで留まり、変異弩級戦車がつかえたことで青槍が抜け、僕たちだけ外に投げ飛ばされたんだ。
リシィを抱えたまま身を翻し、青一色に染められた花園に下り立つ。
「主様、無事か!?」
「カイト殿、此奴は!?」
「僕たちは大丈夫! 気を付けてください、そいつは変異した弩級戦車! 神器の攻撃を受けてもなお再生します!」
「何と……!?」
ベルク師匠は間髪を入れずに槍と盾を構えた。
これでは先に行かせた意味がない、むざむざ巻き込んでしまった。
敵と対峙して再び逃げろとは、恐らくはもう彼の矜持が許さないだろう。
もう、ここで一緒に戦うしかないんだ……!
――バガァンッ!
変異弩級戦車が鉄扉を破壊し、花園に姿を現す。青炎は既に鎮火している。
僕たちが辿り着いたのは、どうやら廃城内の青い花に覆われた庭園で、入口は何かの像で隠されていたらしく今はもう破壊されて土台しか残っていない。
「リシィ、何とか隙を作る。いつでも神器を顕現できるように頼む」
「ええ、わかったわ。私たちは一緒に、絶対に生きて帰るの」
「ああ、最初からそのつもりだ」
変異弩級戦車の触手が左右に伸び、勢いを増して荒ぶり始めた。
左右の壁がなくなったことで活動域が広まり、ここは僕たちにとっても奴にとっても動き易い場所だけど、縦横無尽に動く触手ならその恩恵は僕たち以上だろう。
「ベルク師匠、こうなってしまったからには力を借ります! 死線を潜り抜け、生きてください!」
「カカッ! 無茶を申される。だが某、死ぬ気は最早微塵もない!」
とは言え、ベルク師匠の口元からは血が溢れている。
時間がない。隙を突いてザナルオンの神器さえ顕現出来れば……。
その手段を考えろ……考えるんだ……!
今ある戦力で何が出来る……周囲には何がある……僕には何が出来る……何ひとつ失わないで済む道……思考の果てに手繰り寄せるんだ……!
「食らうが良い!」
変異弩級戦車が地上に姿を現したと時に、上空へ逃れていたノウェムがペンキ缶を真上からぶち撒けた。
突然の急襲に頭部の変異墓守は全身を黄色に染め、アイカメラがあったところまで完全に塗り潰されてしまった。
「ぬおおっ! これしきの痛み、捻じ伏せてみせようぞ!!」
ベルク師匠の我を省みない突進は花園を割り、花が彼の雄壮の道行きに賛辞を送るかのように青い花弁を散らした。
そしてベルク師匠は突進する勢いのまま、【銀恢の槍皇】が穿った車体の穴に槍を捩じ込む。
「ぬぅんっ! 秘槍【雷閂破衝】!!」
ベルク師匠の秘槍技。自身と相手の間を瞬時に紫電を循環させることで、内部から焼き尽くす決殺奥義が一槍。
槍に触れた瞬間から、突かれた相手は反撃することも許されずに破壊される。
だけど、一瞬動きを止めたかに見えた変異弩級戦車は触手を振るった。
ベルク師匠はしなる触手を盾で受け、数十メートルも押されて後退する。
「ぬぅ、何たる膂力か! カカッ、相手にとって不足なし! 武人ベルク ディーテイ ガーモッド、今再びここに推して参る!!」




