第百十四話 災厄が迫り 戦は終わらず
「テュルケ、アディーテ、この壁を上れないか?」
「う~、つるつるするです。墓守を飛び越えられるくらいですぅ」
「アウー? 裸足なら少しだけー」
「そうか、僕がルコの青光の足場を作ることが出来れば良かったんだけど……」
僕の右腕に宿った青炎は、ルコの青光のように融通が利かない。
意思に従うような動きもするけど、今のところは槍の形にしかならないんだ。
純粋な武器としての能力なら、当然リシィの神器が上回る。
「リシィ、逃がそうとした手前こんなことを頼むのは勝手だけど、奴がここに辿り着くまでに仕留めたい。頼めるか?」
「ええ、神器に力の全てを込めるわ。この直線なら避けようがないもの」
“対龍血の姫”……それはリシィの金光に対しての防御力を持つけど、流石に神器を凌ぐほどじゃないはずだ。それすらもと最悪を想定したけど、それならわざわざ【神魔の禍つ器】と称して破壊を目論む必要はない。
奴を動かす“何か”さえわかれば、神器で討滅が可能と判断する。
「接敵まで後わずかです!」
サクラが警戒を強め、尻尾を持ち上げて告げた。
階段の下、暗闇の向こうから耳障りな鉄を擦る音が大きくなって来る。
「リシィ!」
「月輪を統べし者 天愁孤月を掲げる者 銀灰を抱く者 白金龍の血の砌 打ちて 焼きて また打たん 万界に仇する祖神 銀槍を以て穿て 葬神五槍――」
金光が銀光に変わり、リシィは一息で神唱を最後まで歌いきった。
そして、銀槍はいつものように僕の右手の内に顕現するけど、その様はどういうわけか普段とは違ってしまっている。
柄頭から槍身の半ばまでが青色に染まり、青から銀に変わるグラデーションの槍は、どう考えても青炎の影響を受けているようなんだ。
なん……だ……?
「カイト!!」
「カイトさん!!」
リシィとサクラの声で、僕は暗闇から姿を現す弩級戦車に気が付いた。
その様は最早、あくまで機械の体裁を保っていた“墓守”とは言えない、大百足と同じく、いやそれ以上の異貌。
基本は弩級戦車だけど、穴の空いた砲塔から“肉”に押し上げられるように姿を見せているのは、歪に黒ずむ肉人形となった変異墓守だ。
そして、もぎ取った腕の代わりとなっているのは、触手のようにうねって伸びる“肉”。燃やしたことで全身の装甲は黒く炭化し、その隙間やあらゆる駆動部品を補っているのは、やはり殆どが“肉”。
“肉戦車”の有様となった元弩級戦車の残骸は、黒い油を振り撒いて階段の幅よりも広い車体を押し潰しながら駆け上がって来ていた。
「穿ち止めろ! 【銀恢の槍皇】!!」
僕は目一杯振り被り、力の限り“青銀の槍”を投擲する。
核は既に破壊した、どこを狙えば討滅が可能なのかはわからない。
まずは進行を止めるべく、脚となる変異弩級戦車下部の車体を狙った。
青銀の槍は青い炎の尾を引き、元々青かった階段を更に青鮮やかに染めて翔け下り、リシィの黒杖の支援でその速度は流星もかくやだ。
――キィンッドヂュッ! ガッガリガリッガガガガガガガガガガガガッ!
鉄が一瞬で削り取られる音、肉が潰れて弾ける音、変異弩級戦車の車体を抜けて青い閃光が階段を下って行った。
「やったか……!?」
変異弩級戦車は車体を真っ二つに割られ、自重を支え切れなくなったことで勢いを緩めた。そして階段と壁を削りながら勢いが衰えるまで進み、僕たちの手前三十メートルほどまで迫ったところで、ようやくその動きを完全に止めた。
「良し、サクラ、アディーテ、肉塊に変えてやれ!」
「はい!!」
「アウーッ!!」
靴を脱ぎ捨て裸足になったアディーテは壁を三角跳びの要領で跳躍し、サクラは【烙く深焔の鉄鎚】を紅蓮に燃やして階段を駆け下りて行く。
「リシィ、二射の用意だけ頼む! テュルケ、僕と一緒に防御に徹する! リシィに対する攻撃を全て凌ぐぞ!」
「わかったわ!!」
「はいですです!!」
リシィは銀光を纏ったまま黒杖を掲げ、テュルケは包丁とおたまを構えて何者も通さないと鼻息を荒くし、僕もまた騎士剣を槍に見立てた槍術の構えを取った。
階下では炎が爆ぜ、『アウー!』の掛け声とともに甲高い金属音が反響する。
僕は注意を上方や変異弩級戦車の背後にまで向けるけど、増援が来る様子も伏兵が隠れている様子も今のところはないようだ。
今はただ赤い炎が、変異弩級戦車を大きく包んで燃えているだけ。
「終わったの……?」
「どうだろう、これで討滅が出来るのなら……リシィッ!!」
「金光よ盾と成り護れ!!」
揺らめく炎の中で、変異弩級戦車の背後から砲塔が持ち上がった。
――キンッ! シャゴッ!!
変異墓守の砲! あれも燃やしたけど、破壊は出来なかったんだ!
「リシィ、防護膜! サクラ、アディーテ、身を隠せ!!」
撃ち出されたのは、僕が焦って判断を誤ったずんぐりとした砲弾。
あれは盾で受けるものでも、ましてや掴んで良いものでもない、ただ押さえ込まれないように受け流すしかないものだ。
「青炎よ力を貸してくれ! 槍を成し、技をもっていなす!!」
右腕から噴き出した青炎は渦を巻き、騎士剣を包んで再び青槍を形作る。
「護槍【雷渦旋】!!」
本来はベルク師匠の紫電があって初めて完成する守護の槍。
紫電を纏った槍で、相手の武器を回すように吸着させて跳ね上げ奪う技。
僕はそれを、上手く扱うことの出来ない青炎で行わなければならない。
だけど僕には神器の恩がある、意識を集中すれば全てがスローモーションで進む世界の中に入れるんだ。
まずは砲弾を槍で包むように回し、青炎を纏わりつかせ……。
――ギィンッ!
――ドンッ! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
技というよりも右腕の膂力で無理やり跳ね上げた砲弾は、遥か頭上で爆発した。
その衝撃は、間一髪で僕を包み込んだ金光の防護膜を強く震わせている。
――キュドッ! キュドッ! キュドッ! キュドッ!
そして、変異墓守のもうひとつの砲が光膜を叩く。
リシィが“曲がる弾丸”だと教えてくれたそれは、恐らくアメリカ国防総省国防高等研究計画局が開発中のEXACTO……要するに、位置追跡システムにより追従する弾丸だ。
既に地球でも実弾試験が行われている以上、神代ではより高度なシステムがあってもおかしくない。
だけど、これならまだドングリ砲弾のほうが脅威だ!
「サクラ!! アディーテ!!」
ドングリ砲弾が連鎖爆発をする瞬間、サクラとアディーテは壁を蹴って変異弩級戦車の背後に回り込み、二基の砲の間際にいた。
砲塔が繋がるのは“肉の触手”、自律していないのなら切り離せば良い。
爆炎と穿孔が背後から襲いかかり、更に発砲しようとする砲を二基とも落とした。
そのまま二人は、変異弩級戦車の胴体を攻撃しながら再びこちらに戻って来る。
「リシィ、テュルケ、大丈夫か!?」
「ええ、私は大丈夫。カイトの教えてくれた“スキル”、役に立っているわ」
「私も大丈夫ですです! あのくらいなら私も弾いてみせますです!」
「良し、後はあいつを完全に停止させる手段だ……」
肉の焼ける匂いを漂わせながら、変異弩級戦車を包んだ炎が消えた。
水音を立て、今さっき貫いたはずの車体の大穴を“肉”が急速に埋めている。
「ダメか……あの“肉”は一体何だ……? 何らかの意思を持ってリシィを狙っているのは、墓守じゃなく生体組織……?」
ゲームやアニメのSF世界でも、より柔軟な行動が可能となる生体部品は機械化の最たる解答だ。墓守はその類のものが、何らかの突然変異であの姿になっていると僕は今まで思っていた。
だけど、何かがおかしい……まるで“肉”が墓守を操っているように……。
そうか、“鉄棺種を遣う者”が寄越すのが墓守なら、その墓守を操って何らかの目的を達成しようとしているのが、“三位一体の偽神”……“肉”か……!
まだ正体は掴めないけど……見えて来たぞ……!