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第百十二話 未知を行く標

 懐中時計を見ると、時刻は空洞に避難してから三時間が経過していた。


 地下洞窟に落下してしまったことで野営の資材も食料もなく、このまま救助を待つにしても長時間は持たないだろう。

 エネボウはまだいくつかあるけど、腹が膨れるほどの量はない。弩級戦車モーターヘッドの“肉”も

燃えてしまったし、アディーテが持っていた燻製肉もパーカーのポケットに入るほどで、このままここにいてもジリ貧だ。


 まずは発見され易い安全な場所に移動……ベンガードは何だかんだと人が良いから、探してくれていると信じる。



「ベルク師匠、体の具合はどうですか?」

「うむ、出血は止まった。激しく動かなければ移動も可能ゆえ、心配ご無用」

「竜種は凄いですね……」

「カカッ! 頑丈だけが取り柄、これしきでくたばっては友に顔向け出来ん!」


「リシィは……動けそう?」

「ええ、充分に温まったわ。あの、ずっとこうしていてくれて……ありがとう」

「うん、良かった。調子が戻ったのなら、ここから脱出してベンガードたちと合流したい。もう少し負担をかけるけど、僕が支えるから頼む」


「支えるのは私たちです。カイトさんも本調子ではありませんから」

「最悪は我が“飛翔”で支えよう。無事に戻ろうぞ」

「ですです! 私たちはまだ元気ですです!」

「アウー! まだおにくあるー!」


「うん、みんな頼りにしている」



 僕はまだ痛む体でリシィと支え合って立ち上がった。

 直ぐに体は離れるけど、その手だけは僕の裾を掴んだままだ。


 大丈夫。彼女が安心出来るまで、彼女が安心した後も僕は傍にいる。



 そうして、まずはサクラとアディーテが警戒しながら空洞を後にした。


 変異墓守ヴァンガードは弩級戦車に格納されたと聞いたから、後でサクラに内部を念入りに焼いてもらったけど、そうまでしても油断は出来ない。


 絶望に絶望を重ね、最悪を最悪で塗り潰してくる“この世界”、僕はまだこれで終わりだとは思っていない。パーティの半数が弱り切った今こそ、自分だったら止めを刺すために駒を送り込むからだ。



「大丈夫です」

「念入りに核を破壊すれば、流石にもう動くことはないか」

「はい。警戒するべきは、核がひとつだけではない墓守が今後出て来るかも知れないということでしょうか」

「そうなんだよな……良く気が付いたね?」

「もう、カイトさんと一緒にいれば自ずとそうなります!」

「は、はは……ごめんなさい」



 リスク分散や演算拡張のために、マルチコアは当然帰結する進化だ。

 まだ確認はされていないけど、神代文明の産物ならいずれ出て来るだろう。



「姫さま、もう水に浸からなくて大丈夫ですです!」



 リシィを支えながら、テュルケは跳ねて嬉しそうに言った。


 地底湖を進んでいる間も、彼女はひたすら『冷たいですぅ、寒いですぅ、姫さまは大丈夫でしょうかぁ』と繰り返し気にしていたんだ。

 リシィを見つけた時のテュルケの表情は忘れられない。焦りと喜びが混じり、泣き出しそうになりながらも必死に駆け出した彼女の姿を、忘れられない。



「地底湖の水は洞窟に流れ込んだんだろうか……」

「ふんっ、気味が好い、もうあの気持ち悪い虫は見とうない。どうせなら我が陣を敷いて流し込み、一匹残らず溺れさせてしまえば良かったわ」

「ダメだよ、その後に鼻血を出して辛いのはノウェムなんだから」

「ぐぬぬ……」


「カカッ、再びこうして友と道を歩めるとは、何と頼もしきことか! やはり、こうでなくては! カカカッ……オッ、ゴフッゴフッ!」

「アウーッ!? ベルクはまだ大人しくしてなくちゃダメー!!」

「ベルク師匠、アディーテの言う通りです。外からはわかりませんが、竜鎧の内はズタズタですよね。しばらくは声を張り上げるのも自重してください」

「か、かたじけない……」



 電磁加速砲レールガンの砲弾が間際を通り過ぎたんだから本当は動かしたくない、せめて野営地がそう遠くなく辿り着ければ良いんだけど……。


 それと……。



「リシィ、良かったら裾じゃなくて腕を貸すよ」



 いつもなら『必要ないわ!』と跳ね除けられるけど、今ぐらいは良いんじゃないかと、僕は左腕の肘をリシィに向けた。



「ん、ありがとう……カイト」



 素直……だと……!?

 普段は手厳しい彼女が、今は頷いて腕に掴まった。



「あっ、我も! 我も!」

「右腕で良ければ……」

「……硬いの」



 地底湖は所々に深い水溜りが残っているけど、もう水をかき分ける必要はなく、大分歩き易くなっていた。

 上へ抜ける道はあるだろうか……ノウェムを弩級戦車が下りて来た縦穴に飛ばす方法も考えたけど、そもそも梯子どころかロープもない。


 本来の探索とはこれなんだろうな……行き先のわからない白紙の地図の上、探索可能な残り時間を指折り数えながら道のない未知を行く。


 頼りになるのは“耳”と“感覚”だけ。


 先頭を歩くサクラは、犬耳を小刻みに動かして左右を注意深く探っている。

 風の流れ、反響音、匂い、ほんの少しの五感に訴える感覚を頼りに、進む先を選択しようと全身をレーダーにしているんだ。



「近い……ですね。滝の流れ落ちる音……新鮮な空気の流れ……廃城の石材の匂いや墓守の油の臭いも感じます。そう遠くない距離に抜け道がありそうです」


「凄いな、僕には全然わからない」

「う~、私にも全然わかりませんですぅ~」


「ふふ、五感には少し自信があるんですよ」



 少しどころじゃない、僕は心の中で彼女に手を合わせた。本当サクラ神。

 彼女は尻尾を揺らし、振り返りながら照れて優しく微笑んだ。



「ただ、戻るためには縦に抜ける必要がある。もし……」


「我の力を頼りたいのであろう。何度も言わすでない、遠慮せずに申せ。我とて家族に思う皆を支えたいのだ、負担を気にするでない」


「あ、ああ、ありがとうな……。負担を軽減出来るように僕も方法を考えるよ」

「くふふ、そんな方法は必要ない。頼られるのは心が気持ち良いからな」

「そうか……じゃあノウェム、最悪は“転移”の力を貸してもらう」

「くふふふふ、それでこそ主様よ」



 正直な気持ち、彼女の副作用を考えたら頼りたくはない。

 だけど変に慮って大切にするよりも、時に相手の意思を尊重することも必要だ。


 この先は恐らく、大切にするばかりでは進めないのだから。




 ―――




 かくして、サクラが感じ取った場所には三十分ほどで辿り着いた。


 底に青光が揺らめく、阻塞気球スプリガンネストも通れそうな大きな縦穴が口を広げている。

 縦穴の外周の三分の一ほどの幅に、神力の粒子が結晶となって煌めく滝が流れ落ち、その高さは上も下も先端が見えないほどの彼方だ。



「階段があるな……また濡れるけど仕方ない、進もう」



 滝の切れ目には、廃城と同じ青い石材の階段が遥か上まで続いていた。


 階段は滝の中に入って行くように存在し、明らかに廃城の一部だけど……だとすると、この地下洞窟も大迷宮の内なんだろうか……。



「この地下洞窟も! 【重積層迷宮都市ラトレイア】になるのか!?」

「どうでしょうか! まだ未踏破の区域は多く存在しますから! どこからどこまでがラトレイアなのかは判明していません!」



 滝の流れ落ちる轟音にかき消されまいと、お互いに耳元で大きな声を出す。

 今でなくとも構わなかったけど、どうしても気になってしまったんだ。



「そうか……天然の洞窟に繋がる階段……目的はこの縦穴か……?」



 この穴、実は最深層まで繋がっていたりは……。


 それに迷宮の所々で底に見えるあの青光の塊は、“秘蹟抱く聖忌教会(レプリタスクロウム)”で意識を飛ばされた時に見た、“青い太陽”なんじゃないかとも思う……。


 とりあえず考えるのは後回しにして、僕たちはまず階段を登り始めた。


 一瞬濡れたものの、流れ落ちる水のカーテンを抜けたところで、アディーテがいつものように『アウー』と言いながら水気を取ってくれる。

 彼女の能力は便利過ぎるな。どうにかそれぞれの潜在能力を引き出し、個の能力以上の相乗効果を生み出せないだろうか。


 課題は多い、偽神に対する前に少しでも力を付けたい。



「みんな、道は開けた。まずは無事に帰ろう」

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