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第百八話 待ち人来たらず 湖上を彷徨う

 どうすれば良いの……。


 私は今、ガーモッド卿の肩の上に腰を落ち着け、湖面をかき分ける彼の視線よりも更に高い位置にいる。

 これくらいなら……と思ったけれど、良く考えたら私は高いところが苦手なの……。

 ガーモッド卿の身長の高さでも恐怖を感じてしまうくらいに、苦手なの……!


 今更“龍血の姫”である私が、こんなことで弱音を吐いては示しがつかないわ。

 我慢よ……我慢なんだから……このくらい、カイトがいないことに比べたら……。


 ……


 …………


 ………………



「止まってっ、ガーモッド卿! あそこ!!」

「ぬっ!?」



 私は進路から少し逸れた幅の狭い湖岸にそれ(・・)を見つけた。


 怖くて目を細めていたせいか、青く光る湖面の眩しさが薄れ、周りとは違う黒ずんでテラテラと光るその岩肌に気が付くことが出来た。

 ガーモッド卿が足を早めて近づくと、黒ずみは濃い赤に変わり、私はそれが血なのだと確信する。



「何たることか……この量、只事では……」



 私はガーモッド卿の肩から湖上に飛び降りて駆け出した。

 水深はわずか踝ほどなのに、湖水に足を取られて思うように進めない。

 その血が何を意味するかはわかっているのに、確認するまでは認めたくない。


 それなのに、少し前までここにカイトがいたのだと、私は胸が跳ねてしまっていた。



「……」


「うむ、人の血に相違ない。ここに少し前までカイト殿がいたのだろう。我々と同じく湖面に踏み入ったのか、途切れてしまっている」



 ガーモッド卿は血溜まりに触れ、指で擦るように確認してから告げた。

 血は岩肌を流れて湖に滲み出し、私の足元を赤く染めている。


 私は、自分の今の感情がわからない。これだけの血が流れていて泣き出しそうなのに、ここに確実にカイトがいたことがわかって同時にとても嬉しいの。


 私……私は……。



「見て、血で文字と矢印が書いてあるわ」

「うむ、『進む』か……これだけの出血で動けるとは……」

「追いかけるわ」

「ぬっ!? 姫君、待たれよ!」



 私は足早に湖を進み始めた。焦ったガーモッド卿が慌てて追いかけて来るけれど、今は一刻も早く追いつきたい。カイトの無事を確認しないとどうにかなってしまいそうで、体が濡れることも構わずに水飛沫を上げながら湖上を進む。


 脚が重い……湖水が重いだけでなく、冷たい水温が体の芯を冷やしている。



「姫君、待たれよ!! この水温は某ならともかく、女性の体には些か酷と言うもの。某も急ぐ故、何卒肩に乗られよ!!」

「ご、ごめんなさい……けれどもう遅いわ、こんなに濡れてしまったもの」

「ぬぅ……どこかで火を起こさねば……」



 気が急くばかりで、今の私は何ひとつ論理的ではないわ……これではカイトに呆れられてしまう……。


 もっと、カイトのように先を見通して、彼の行く先を予見するように……。



 ――サァァァァァァ……


 ――ガイィィンッ!



「きゃっ!?」

「迂闊! 囲まれたか!?」



 突然、湖上に飛び出した何かをガーモッド卿の盾が弾いた。



「今度は一体なに……!?」


「群れなす水棲生物“デュープリオ”。虹色の鱗を持ち、水面と同化し人を襲う不可視の魔物。その顎に捕らわれたが最後、水中に引き摺り込まれ骨とされてしまう。此奴らは騎士団が駆除に出るほどの難敵。姫君、某の上に退避を!」


「いえ、私たちなら好都合だわ。伊達にカイトの話にはつき合っていないの。ガーモッド卿、紫電を全方位に放って!」


「ぬぅっ!? 致し方なし、秘槍【雷閂破衝らいさんはしょう 水陣すいじん】!!」



 ――バキンッ!!



 ガーモッド卿が槍を湖に突き立てると、私たちを中心とした紫電による陣が湖上を駆け巡った。

 カイトの言った通り、『“紫電”は電であって電じゃなく、ベルク師匠の意思にして意識、例えるなら“腕”だ』、だから私たちには何の影響もなく、相手だけを水中から引き摺り出す。


 後は湖上に飛び出したところを……。



「金光をもって矢となり穿て……今!」



 私は光矢で、引きずり出されたデュープリオを次々と貫く。

 その数は四体。虹色の魚は掌ほどの大きさで思った以上に小さく、穴の空いたお腹を晒して湖に落ちた。



「これは驚き申した。この様はまるでカイト殿のよう……しかし、ならば姫君の先程の全周攻撃で何とでもなったのでは」


「あれは消耗も大きいの。それにカイトはこうも言っていたわ、『最小をもって最大をなし、最大をもって不条理を覆す。なればこそ一針であろうとも世界は覆る』持てる手段を尽くして、私たちはカイトの負担を軽減するの」


「感服仕った。姫君と言い、カイト殿と言い、某はまだまだ未熟……」

「ガーモッド卿、貴方はカイトに最も頼られているのだから、恥じることはないわ」

「ぬぅ、かたじけない」



 揺れる湖面がデュープリオの残骸を沈めては浮かし、浮かしては沈めている。

 それはまるで今の自分の心を表しているようで、カイトやテュルケがいないことで情緒不安定になっている自分が少し恥ずかしい。


 私は、皆がいることで“私”だったのね……。



「しかし、気を付けねばならん。此奴らの頭の良さはグリュンゲルの比でなく、群れなすその数もわずか四体と思えん。この先、奇襲されることこそ厄介……」


「その心配はないと思うわ」

「何故に!?」


「もし、カイトたちが先に進んだのなら、後から来るかも知れない私たちの安全も考えているはずよ。今だって、本来なら四体どころではなかったはずだもの」


「然り、流石は姫君、カイト殿を良く見ておられる」

「そ、そうよ、私の騎士だもの」



 大丈夫、カイトは無事に生きている(・・・・・)わ。

 それが願望でしかないとしても、私は確信する。


 カイトは、離れていても私を守ろうとしてくれているの。



「進みましょう。これ以上はカイトたちに負担をかけたくないわ」

「うむ、先駆けとなるが武人の本懐。一刻も早く追いつくべく参ろうぞ」



 本当に、カイトのほうこそ大変な思いをしているはずなんだから……。




 ―――




 地底湖を歩き始め、洞窟を進んだ時よりも長い時間が経った。


 一度濡れてしまった服は肌に張りつき、今は自分の脚で歩いているけれど、水をかき分ける一定の律動に眠気を誘われて酷く眠い。

 それでも意識を保っていられるのは、水温の冷たさで痛む足と冷え切った体の震えが止まらないから。



「この地底湖は……どこまで続くのかしら……」

「姫君、そろそろ一度休まられてはどうか。竜種と言えどこの水温は体も持たん」

「え、ええ……」



 ――ガラガラガラガラ……バシャバシャッゴッゴンッ!



 意識が朦朧とする中で、離れた湖上にどこからか崩れた岩が落ちてきた。

 見ると、水音を立てて落ちたのは青色の石材であることがわかる。



「廃城が近いの……?」


「否、これはただの落磐にあらず!! “変異墓守ヴァンガード”!!」

「……っ!?」



 視線を上に向けると、天井の岩盤に空いた大穴から、この状況を招いた元凶の変異墓守が下りて来るところだった。


 変異墓守はこちらを向き、私たちは既に発見されてしまっている。



「そんな、今の状態で遭遇するなんて……」

「ぬぅ、二人だけで凌げるほど容易い相手ではない! 姫君!」



 変異墓守はゆっくりと下降しながら、私たちに砲口を向ける。

 狙われているのは私、ここで遭遇したのは偶然なんかじゃない。


 だとしたら……私は、ここで……。



「いやっ! こんなところで、テュルケにもサクラにも、カイトに二度と会えずに死んでしまうのはいやっ!! 私は生き延びてみせる、抗って、抗って、カイトに……ちゃんとこの胸の想いを伝えたいもの!!」



 そうね……私はカイトにまだ何も返していないわ……。

 彼がくれた想いに、まだ何ひとつ返事をしていないの……。


 こんなところで終われない……伝えるまでは、終われないんだからっ!!

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