第百六話 対龍血の姫用変異墓守
「いる……」
「ラッテン、詳しく教えて欲しい」
ラッテンが先行偵察から戻り、王の間に“何か”がいることを告げた。
ここまでの道程で墓守との戦闘は四回、どれも慣れたことで迅速に処理することは出来たけど、遭遇回数四回という迷信染みた不吉な数字にも、僕は不穏なものを感じてしまっている。考え過ぎだろう、そこまでする必要性がない……。
ひとまず、隠れている階段裏の空間で続けて報告を聞く。
「人……」
「人? 探索者がいるのか?」
ラッテンは視線を泳がせながら違うと首を振る。
彼は目が合っているとダメとのことで、僕も皆も視線は中空だ。
「ラッテン、早く言え。勿体ぶるナ、クソガ」
「ま、まあまあ……」
「人……型……墓守……見た……忌人……」
「忌人……!?」
「忌人……あの機械人形のことよね? 敵なの?」
「わからない。そもそも、忌人が何なのかもわからないんだ」
「そう……よね……」
これは想定外だ……。僕はあからさまな殺人機械を想像していただけに、この先にいるのがあの小さな人型だというのは思いもしなかった。
忌人たちは父さんと母さんの墓石を見守るようにいた、僕は彼らこそこの地に眠る英霊たちの“墓守”であると信じたかったんだ。
「ひとつだけ問い直したい、何で忌人を墓守だと思った?」
僕の問いに、皆は驚くような仕草を見せる。
そう、忌人なら『忌人』と言うしかないから、『墓守』とは言わない。
ラッテンは注目を集めてしまったことでより縮こまり、それでも答えた。
「墓守……生体組織……全身……」
最悪だな……それはもう恐らく、“人体解剖人形”の様だろう。
学校の七不思議ともなる、あの人形が無人の廃城にいるのはホラーだ。
皆も想像してしまったんだろう、苦々しい表情を浮かべている。
「うえぇ、気持ち悪いですぅ……行きたくないですぅ……」
「そうね……でもわかってテュルケ、そのままにはしておけないの」
「忌人が敵なのでしょうか? 今まで動く個体は発見されていませんでしたが……」
「サクラ、本来は王の間にいなかったもので良いんだよな?」
「はい、私も訪れたことがありますが、その時には何もいませんでした」
“何か”とは忌人のことか……忌人が“対龍血の姫用変異墓守”……?
「良し……これより、神器を破壊しようと目論む墓守を“変異墓守”と呼称する。僕たちはリシィを守り、その全てを殲滅する」
“変異墓守”、龍血の姫に対する尖兵、その都合の良い名付けをベンガードから連想したのは当人に秘密だ。あくまでも英語だから問題はないよな。
「皆、迷惑をかけるわ。けれどお願い、私を助けて」
「勿論です、リシィさん!」
「ですです! 私はいつまでも姫さまと一緒ですです!」
「くふふ、これは貸しぞ。いずれ倍と言わず、三倍ほどで返してもらおうか」
「姫君に頼られるは竜種が誉れ。この身に代えお護りいたす!」
「アウー! ゔぁんがぁど、おいしいかなー?」
「ハッ、くダラん。反吐ガ出るほどに甘ちゃんどもガ」
「その割、羨ましそう。ベンガード素直なれ」
「ロー、怪我人ハ黙ってヤガれ。その口を縫いつけるぞ」
「墓守が近づいてるノンッ! みんなさっさと逃げるノン~ッ!」
「ティ、降ろせ! アタイがぶっ飛ばしてやるさね!」
「ダ~メノンッ!」
微妙に纏まりはないけどいつものことだ、王の間に進もう。
―――
「確かにいるな……」
王の間は二重の扉の奥にあり、僕は合間の通路で室内を覗き見ていた。
両開きの扉は頑丈で重く、掃除屋なら立っていても入り込める大きさがある。
内部にはラッテンの報告通り、忌人……と言うよりは“肉人形”がいる。
それも堆く積み重なった廃材の上に腰かけていて、あの廃材の下に小型の墓守か何かを隠しているのは間違いない。そちらが本命か……。
何にしても、ここからじゃそれ以上の情報は得られないな。
「まずは作戦通りに行こう。僕たちが左側から突入して注意を引く、その隙にベンガードたちは右から進入、ローとヨルカを隣室に運び込んだら力を貸して欲しい」
「ハッ、何度言ワせる、考えてヤるダけダと。応えるつもりハナい」
「ああ、それで構わない。あの程度は僕たちだけで容易く討滅してみせる」
「チッ……」
王の間の入口は四箇所にあり、野営地は室内右手の狭い通路の奥だ。
内部は忌人を中心とした放射状に広がる半円の広間で、恐らくは執政に関わる部屋だったんだろう。室内に廃材以外は何もなく、中に入ってしまえば中型の墓守までなら動き回れるほどに広い。
明かりは例によって溝を流れる青光のみ。青い床と壁面で反射し四方から人体模型染みた忌人を照らす様は、“不気味”以外に形容のしようがない。
「気味が悪いけど……みんな、行動開始だ」
皆は静かに頷き、ベンガードたちは逆の扉に向かって行った。
……
…………
………………
しばらくすると、反対側の扉からうさぎがひょこりと顔を覗かせる。
準備は整ったの合図、僕たちはそれを確認してから王の間に踏み込んだ。
「お前は何者だ? もしも話せるのなら答えて欲しい」
まずは、この生物にしか見えない異貌に対して問いかけから。
少しでも情報を得るために、会話が出来るならそれに越したことはない。
対する忌人は、淀みなくニュルンと首だけをこちらに向け、更には人と見紛うような滑らかな動きで廃材の山の上に立ち上がった。
僕たちを見下ろす青白く光る眼孔は、かつて見た忌人と同じもの。ただ全身は隙間なく“肉”で覆われ、その様はどう見たところでやはり“人体模型”だ。
忌人は僕の問いかけに答えることもなく、ゆっくりと両腕を上げた。
――ガラ……ガラガラガラッドドッドドドドドドドドドドドドッ!
「はっ!?」
「カイト!!」
「くっ、対象を“変異墓守”と確定! 討滅する!!」
積み重なった廃材を崩し、その下から宙に浮かぶ巨大な砲が姿を現した。
白磁のような表面の砲が二基二門。その間に挟まれた忌人は、まるで磔にされた聖人のように両腕を上げたまま宙に浮いている。首は力なくダラリと垂れ下がり、最早どこが本体なのかすらわからない。
そして、この砲は見たことがある。SF染みて洗練された流麗な構造、“機動強襲巡洋艦アルテリア”の主砲にそっくりだ。
流石に大きさは艦船主砲ではなく戦車砲塔ほどだけど、その外見が意味する問題は、あれが神代の威力を保っている可能性にある。
確実に、ここで僕たちを仕留めようとしているんだ……!
――キンッ! シャゴッ!!
聞き慣れない音を立て、良く観察する暇もなく奴の右砲が発砲した。
青い電光を纏う砲から撃ち出されたのは、ずんぐりとしたドングリ型の砲弾だ。
「金光をもって盾となり護れ!」
既に黒杖を抜いていたリシィが、光盾を展開して砲弾を防ぐ。
だけど、それは止めたのかそれとも止まったのか、異様な光景を目にする。
砲弾は光盾の表面に触れても爆発せず、弾かれもせず、ただ時間だけが止まってしまったかのように宙で停止しているんだ。
奴を見ると、顔の“肉”の隙間がまるで笑っているかのように見えた。
――ィィィィィィィィィィィィィィィィイイィィイイイイイイイイイイッ!!
「何だこの音……」
「あっ……耳がっ……」
「あううううぅぅっ!」
「サクラ!? テュルケ!?」
突然聞こえ始めた高周波音に僕たちは堪らず耳を押さえ、特にサクラとテュルケは獣耳を強く押さえるほどに影響を受けていた。
僕ですら耳が痛くなる音に、鋭敏な聴覚を持つ彼女たちは他の誰よりも強い刺激を受けているんだ。
そしてそれは音だけに留まらず、目に見える異変となって僕たちを襲った。
「あっ、ああっ! 光盾が……削られる……カイトォッ!!」
リシィが光盾を維持するために、金光を激流のように流し込む。
「光盾が削られているのか……!? リシィッ!!」
「ダ、ダメ……このままでは抜かれてしま……う……」
宙で止まっているように見えた砲弾が、光盾の中を徐々に前進している。
まさか、高周波振動弾……!?
いや、原理はわからない。恐らくあの砲弾は対象が何だろうと穿孔し、貫徹したところで爆発する未知の神代起源物。どうにか逸らさなければ、やがて……。
変異墓守を見ると左砲まで稼働し始め、最早四の五のを考えている場合じゃない。
耳をつんざく音にまで行動を制限された状況下で、大切な女性を護れずして何のための騎士か……。
「青炎よ、僕に力を貸せ……!!」
僕の意志に呼応するかのように、右腕からは青く燃える炎が噴き出す。
そして青炎は皆を護るように広がり、僕は体が軋むことも構わずに床を蹴って光盾も飛び越え、未だに高周波音を上げて前進する砲弾を掴んだ。
爆発。
それはそうだろう……強い衝撃で僕は吹き飛ばされる。
スローモーションになった光景の中で、連鎖する爆発が王の間の柱をへし折り、天井を崩し、床には深淵を覗くかのような真っ暗な大穴を開けたのを見た。
皆が、闇の中に飲み込まれて行く。
青炎に護られたものの、視界の赤は……僕の血だ……。
焦り過ぎだ……また、失うことを恐れ……判断を間違え……た……。
最後に……リシィの僕を呼ぶ声だけが……聞こえた……。




