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第百四話 凶刃は常に人の傍らに

 再びリシィの笑顔を見られた日の夜、突然怪我人を休ませているテントが慌ただしくなった。



「どうしたんだ!?」

「カイトさん、ヨルカさんが……!」

「あわわ……どうするノン!? どうすれば良いノンッ!?」



 直ぐに駆けつけるとテント内ではサクラとティチリカが慌てふためき、奥ではヨルカが苦しげに表情を歪ませ呻いていた。


 傷を負った大腿部が、人の脚とは思えないほどに酷く腫れ上がっている。



「手当てはしていたんじゃ?」

「はい、清潔を心がけ、神力による治療も行っていました……」

「なら何で悪化して……」


「ア、アタイが我慢して、うっ……隠して……いたせいさね……」

「まさか、まだ戦おうとしていたのか!?」


「笑って、おくれよ……アタイは戦いこそが生き甲斐なのさ。こ、こんな傷……くらいで、おめおめと寝転がってるわけには……いかないさね」


「それはもう良い……。今はまず傷口を見せて……!」



 僕は医者じゃない。傷口を見たところで何が出来るわけでもなく、それでも何か気が付くことがあればと、彼女の大腿部を観察することにした。

 だけど、これがただの化膿じゃないことくらいは、素人目でも直ぐにわかった。


 傷口の周りは黒々と歪に腫れ上がり、噛まれただけではこうまでならない。



「サクラ、抗生物質はあるか?」

「ごめんなさい、各拠点にしか常備されていません……」

「そうか、それでも効果があるとは思えないけど……これは多分、“毒”だ」

「えっ、猟犬ハウンドにですか……!? そんな話は……」

「ああ、確実に殺しに来ているんだろうな……」

「……っ!?」



 要するに巻き添えだ。本来はこの世界の種の回復力なら問題ないような傷も、神器を破壊しようと目論む者たちの手によって更に悪化してしまう。


 これは恐らく、神器を……リシィを狙った凶刃の巻き添えなんだ。


 医学以上に毒なんて詳しくない。毒の種類もわからなければ、その解毒薬も治療法も余計にわからない。そもそも解毒が出来るのか……。



「一体どうすれば……」

「大丈夫さ。アタイは毒耐性がある……体力さえ、戻れば……」



 水棲種に毒耐性があるのは僕も知っている。だから意識があるんだろうけど、このままではいずれ……待て、ここには上位の水精・・がいるじゃないか!


 実際の種は“不明”らしいけど、彼女に頼るのは間違いじゃない気がする。



「サクラ、アディーテを呼んで」

「はい、直ぐに!」

「ティチリカは水を汲んで来て」

「ノ、ノンッ! 行って来るノン!」



 だけど、サクラが呼びに行くまでもなく、アディーテがテントを覗き込んだ。



「アウー、呼んだー?」

「アディーテ! ヨルカを解毒……いや、毒の除去を出来ないか!?」

「アウウー? やってみるー」



 そう言うとアディーテは、ひょいとヨルカの腫れた大腿部に手をかざした。


 アディーテの穿孔能力はいつも何をしているかわからないけど、穿たれた破孔は水で濡れ、“水”に干渉していることは間違いないんだ。

 それも、一見すると水分がないようなところでも影響を与える。つまり、僕たちじゃ見えない分子レベルの何かが見えていても不思議じゃないんだ。


 だから、ひょっとして“毒”の分別も出来るんじゃないか……?



「アウゥー、これまずそー」



 アディーテがそう言った途端に、傷口からは透明な液体が吸い上げられた。

 ビー玉三つ分ほどの液体が渦を巻き、どんな原理かアディーテの手の中に浮いたまま収まり、そのままジュワとどこかに蒸発してしまう。



「嘘、何で……焼けつくような痛みが引いたさね……。アンタは……もしかして、あの“アディーテ ライン”? “原精霊種”の?」


「アウー? わかんないー」



 寝耳に水だ。アディーテに名字があったのか、しかも“原精霊種”……?


 何にしても、毒らしきものを除去した途端に、彼女の苦しんでいた表情は一瞬で穏やかになってしまった。体内の異物を取り除いたことだけは間違いない。



「アティーテは凄いんだな……」

「アウーッ! カトーに褒められたーっ!」

「よ、良かった……。アディーテさん、ありがとうございました」


「ノンッ!? み、水を汲んで来たけど……ひ、必要なノン?」

「あ、ティチリカ、その水はまず煮沸消毒を頼む」

「ノンーッ! カイトさんはやっぱりティ使いが荒いノンーッ!」



 ティチリカは水桶を片手に戻って来て、また表に出て行った。

 まあ、サクラの炎熱操作でやってもらうのが一番確実なんだけど……。



「だけど抗生物質は必要だな、拠点まで行くしかないか」

「そうですね……。問題は、戻るか進むかですが……」


「ローは大丈夫か?」

「俺、大丈夫。手間かける、軍師クサカ」



 隣では最も重傷のローが寝ていたけど、彼は寡黙なので話しかけでもしない限りは言葉を発さず、ただ事の成り行きを見守っていた。


 ローは一見すると“亀”だ。甲羅を持ち、それ故に仲間の盾となって爆炎をその身に受けてしまい、彼らの中でもっとも重傷だ。


 やはり早めに拠点に戻って休ませたい……ベンガードに相談してみるか。



「はぁ……アタイは寝るさ……少し、疲れ……」

「ああ、今はゆっくりと休んで欲しい。サクラ、後は頼む。アディーテも、しばらくはここで様子を見てもらえる?」

「はい、気をつけて経過観察をします」

「アウー! まっかせろー!」





 テントから出ると、既に皆は集まっていて心配そうに様子を伺っていた。

 ベンガードだけ離れているけど、こちらの様子を気にしているようではある。



「カイト、ヨルカは大丈夫なの?」

「ああ、アディーテのおかげで。後で美味しいものでも用意しないとな」


「アウッ!? 美味しいものっ!?」



 アディーテが耳聡くテントから頭だけを出した。こういうところは感心する。



「後でね。だから今は頼むよ」

「アウーッ!」


「さてベンガード、ヨルカには抗生物質が必要だ。ローも医療設備の整った場所で休ませたほうが良い。移動するつもりだけど、どうか?」



 ベンガードは僕の提案が終わるか終わらないかで歩き出し、大柄なベルク師匠まで押し退けてドスドスと大股で僕の傍までやって来た。


 大きい……頭部もライオンだから、近づかれるとその威圧感に気圧される。

 ベンガードの身長はベルク師匠よりも低いといえ、それでも二メートルを越す巨漢だ。僕は上から睨まれ、負けるつもりはないけどどうしても怯んでしまう。



「はっ……?」



 だけどその怯みは徒労に終わり、彼はどういうわけか深々と頭を下げた。



「お前に頭を下げるのハ癪ダガ、仲間の治療に感謝する。訳アって先を急いダ結果ガこのザマダ。ヨルカとローを拠点マで運ぶ助力を頼みタい」



 驚いた……。ベンガードは直ぐに頭を上げ、僕をふてぶてしく見下ろしながらも、どこか申しわけなさそうな雰囲気も纏っている。

 彼もベルク師匠と、僕の両親とも同じパーティだったと聞いた。口は悪いものの、本来は礼儀を知り義理人情にも厚い好青年だったと。


 やはり、パーティの壊滅が彼にも陰を落としたんだろうか……。



「カカッ! 昔に戻ったようではないか、ベンガード! 某はいつでも貴君らに助力を惜しまん! カイト殿、彼らを守り参ろうではないか!」


「ベンガード、ベルク師匠もこう言っている。僕も最初からそのつもりだから、礼はなしで協力して進もう」


「……チッ!」



 ここで舌打ちとは……先ほどの態度は彼なりの譲歩か……。

 だけどベンガードのそんな様子は、信頼に値する仲間だと僕に認識させた。


 ただ問題はこの先だ。シュティーラさんの警告にあった“何か”がいる。

 この廃城にいて、この世界のことだから、その何かに遭遇するのは最も最悪なタイミングでだろう。それは進もうと戻ろうとも変わらず、必ず僕たちを襲い来る。



「カイト、これからどうするの? ここには……」



 それはリシィもわかっているんだ。当然、自分が狙われていることも。



「ああ、恐らくは最悪の状況で“何か”が来るだろうな」

「そ、それなら……」

「心配は要らない。リシィを守るのは僕の役目だ」

「んっ……。うん、頼りにしているわ」



 あれ、いつものリシィとは少し反応が違うような……気の所為かな……。


 とりあえずは詳細を詰め、明日の朝には出発したいところだ。

 “最悪なタイミング”とは、この野営地にいる間だってそうなんだから。


 戦場での怪我人とは、一人につき最低でも二人の支援が必要となってしまう。

 そして、僕たちは二人が戦闘不能。パーティに余分な戦力はなく、重傷者二人に対して三人を守りにつけるとして、後は……。


 ……


 …………


 ………………


 その夜、僕は寝るのも忘れ、焚火で温まりながら最悪の想定を重ね続けた。


 リシィがいつの間にか、僕に寄りかかって眠っているのに気が付くまで。

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