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第百三話 僕を救ったもの

 ◇◇◇




 カイトが……自分の両親のものだと言う墓碑の前で、今にも消えていなくなってしまいそうでとても怖かった……。

 だから、隠れて後ろで聞いていた私たちは、そんな彼の元に思わず駆け寄ってしまったの。


 支えたい、慰めたいと思うよりも、消えて欲しくないと利己的な考えで……。


 こんなことではダメよね……。



「眠れないわ……」



 テントの中では、テュルケもサクラもノウェムも静かに寝息を立てている。

 本当に寝ているのかしら、私と一緒で寝たふりをしているのかも知れないわ。



「少し夜風に当たって来るわね」



 私は誰に告げるでもなく、独り呟いてテントの外に出た。


 中庭は神脈の青光が満ちて、月明かりとともに神秘的な光景を彩っている。

 綺麗だけれど、カイトのことがあったせいで今は少し寂しい色に見えてしまうわ。


 奥の廃堂を見ると、墓碑の前でカイトが腰を下ろしていた。

 隣にはガーモッド卿もいて、二人でご両親を悼んでいるのかしら……それにしては笑ってもいるみたいね。

 入り難い雰囲気だけれど、これでは余計に気になって眠れないわ……。



「カイト、ガーモッド卿、二人で何をしているの?」


「リシィ、まだ起きていたんだ。今、この世界での両親のことを聞いていたんだ」

「ダイト殿とマイコ殿は順応力が高く、何に対しても警戒なく踏み込んで行くものだから某たちは苦労いたした、とお伝え申していた。姫君も如何か?」


「え、ええ、構わないのなら同席させてもらうわ」



 今は出来るだけカイトの傍にいたい、私は躊躇しつつも彼の傍に腰を下ろした。

 肩が触れ合う距離は緊張で体を強張らせてしまうけれど、彼の傍は心地良くてかえって私が安心してしまうわ。


 本当は彼を安心させてあげたいのに、私にはその方法がわからない……。



「ダメね私、もう少し何とか……」

「ん? リシィ、どうかした?」

「あ、いえっ、何でもないわ。話を続けて」

「そう? 僕には気を使わなくても良いからね?」

「え、ええ、そのつもりよ。貴方は私の従者だもの」

「うん、ありがとう」



 いけないことだとわかっていてもそれは嘘、どうしても気を使ってしまうわ。

 カイトは困ったように笑って、どこかそのことに気が付いているよう。


 普段は鈍感なのに、こんな時だけは察しが良いんだから……。



「ところで、親方たちが気が付かなかったのは何ででしょうか?」


「それについては、ダイト殿とマイコ殿がいた時代は今より四十年も昔故。その頃を知る者はもう……」


「えっ……そうか、時間の歪み……。そんなに差が開くものなんですね」

「詳しくは存ぜぬが、平均値から算出した最大のズレは三百年にも及ぶと聞く」

「そこまでですか……」



 カイトは眉をひそめて考え込み、私はその横顔を見詰めることしか出来ないでいる。

 もっと彼のために何か出来れば良いのに、何ひとつ出来ないのはとても歯痒い。



「ベルク師匠は、ひょっとして結構なお年ですか?」


「カカッ! 某は竜種としてはまだ若い。人の年齢に換算すると三十代だが、竜種の寿命は人の倍の二百年。今年で齢七十にはなる」


「ええっ!? それは初耳……はっ、ひょっ、ひょっとしてリシィも……?」



 カイトがぎこちない首の動きでこちらに顔を向けた。

 同じ竜種だからと思っているようだけれど、下手な勘繰りね。



「私はガーモッド卿と違って、体に現れる竜因子は弱いの。だから、カイトともそんなに変わらないはずよ。今年で十七になったばかりだもの」


「ほっ、それは良かっ……因子?」



 カイトは一瞬安心した表情を浮かべ、また直ぐに考え込んでしまった。

 “因子”に引っかかったみたいだけれど、そんな気にするようなことかしら。

 『うーん、うーん』と唸って考える姿はいつもの心配してしまうカイトのまま、私はそんな彼の姿にやはり安心してしまっている。


 もうダメね。私はカイトの傍が一番安心出来るの、一時も離れたくないわ。

 私は少し体を動かし、真剣に考える彼に寄り添うよう肩に頭を預けた。


 大丈夫、こうなったカイトは道で迷うくらい思考の世界に浸っているもの。



 私は目の前の墓碑に意識を向ける。

 周囲では忌人イビトがこちらを見ていて、私はこの堂が少し怖い。

 けれど、この忌人たちはカイトのご両親をずっと見守り続けているんだわ。


 それなら感謝も出来る。ありがとう、これからもお願いね。


 それと、カイトのお父様とお母様、彼はいつだって私の支えとなってくれるの。

 私にとって大切な人……だから私も、この身を賭して彼を精一杯に支えるわ。


 だから、どうか安心してお眠りください……。


 カイトは必ず、私が……。



「リシィ、泣いているのか……?」

「えっ!? やっ、やだっ、な、泣いてなんかっ……」



 泣いていた自覚はないけれど、いつの間にか私を見るカイトを見た途端に、本当に涙腺が緩んでしまった。自分の意思とは無関係に止めどなく涙が溢れる。

 どうして……止めたいのに、これでは余計に彼を悲しませてしまう……。


 そんな私にカイトは左腕を回し、抱き寄せて優しく頭を撫でてくれた。


 逆でないといけないのに、そうであるべきなのに……。

 こんなことで余計に安心してしまうなんて……。



 ずっと、このままで……。




 ◆◆◆




 翌朝、中庭にある水場で顔を洗いながら、僕は昨日のことを思い出していた。


 もう悲しみはない。あるのは前に進むための信念と、昨晩のリシィの温もりだけ。

 大して涙を流せなかった僕に対して、彼女が代わりに泣いてくれたんだ。


 そして、僕は水場の縁に腰を下ろしてガックリと肩を落とした。

 両親を失ったからじゃない……僕はリシィが涙する状況下で、自分の情動を抑えるのに必死になっていたんだ……。

 大切な女性が僕にもたれかかって泣いて、しかもそれを煽るように墓碑の影で父さんと母さんが親指を立てる幻影まで見えたんだ。


 据え膳食わぬは何とやら……だけど、あの状況で出来るか……!



「僕って奴は……」


「あ、あのっ、カイト……おはよう……」

「えあっ!? お、おはよう、リシィ……」



 驚いた……まだ寝ていたはずのリシィが、いつの間にか僕の前に立っていた。


 水場といっても中庭の角にあるちょっとした噴水なので、人の接近に気が付かないなんてあまりにも注意力が散漫過ぎる。



「水場に仕切りを作りたいの。手伝ってもらえる?」

「うん、構わないよ。何をするんだ?」


「昨日はカイトが大変だったから……その、まだで……。野営地にいる間に水浴びをごにょごにょ……」



 ……オウ、ホーリーシット!


 この、良からぬ方向に危機的精神状態の僕の前で水浴び……だと……!?

 いや、もうこれは危機的じゃなくて嬉々的だよ。もう体面を気にせず本能のままル○ンダイブで飛び込みたいやかましいわっ!


 ダメだ。やはり精神的なショックは受けているらしい、空元気だ……。



「わかった。縄を渡すから、覆いに使う布はそれ?」

「ええ、これを使って。カイト、ありがとう」

「うん、妄想で我慢します」

「え?」

「ナンデモナイデス」



 自覚って大事だな、自覚をした途端に肩の力が抜けた気がする。


 この中庭は果物のなる木があったり、ベンガードたちの治療も必要だったりと数日は滞在するため、その間にのんびりと気持ちの整理をつければ良いさ。



「カッ、カイトッ!? 本当に大丈夫なの!?」

「えっ、うん? 僕は大丈夫だけど?」


「ならこれは……!?」



 おう、何ということでしょう……。僕はどうしてか、自分の胴体とリシィの胴体を枝に渡すはずの縄の両端で結び繋いでしまっていた。


 僕が無意識でこれを……まずい、どう言い訳をすれば……。



「こ、これは……大切な人と離れないためさ。テヘペロッ☆」



 苦しい、これは実に苦しい……!



「んっ……そっ、それなら仕方がないわねっ! 今日だけなら許してあげるわっ!」


「えっ!?」



 し、しまった……今は僕が気を使われるタイミングだ……!

 無茶な要求も通ってしまう、十年に一度あるかないかの祭日なんだ……!



「は、はは、だけど水浴びの邪魔になるから、やっぱり解くよ」


「は、な、れ、な、い、の、よ、ねっ!?」


「はいっ!?」



 何故か凄むリシィに僕は気圧されてしまう。


 縄は長いから繋いだままでも水浴びは出来そうだけど、僕の今の精神状態だと何をしでかすかはわからない。

 無理に我慢して水浴びは良しとしても、トイレは……あーっ、いけませんっ! 妄想もダメですっ! あくまでも紳士を貫きたい僕が終わってしまいますっ!


 じ、自業自得だけど、やはり繋いだままは無理だよ……。



「なっ……!? あ、あぅ、あうじしゃま……この状況は何だ!? 我もっ、我も結んでおくれっ! 我も主様と繋がるのだーーーーっ!!」



 厄介なのが来た……!



「ふぬーっ! さあ、巻くのだっ結ぶのだっ! さあ、さあっ!」



 ノウェムは背伸びをして僕の顎にぐいぐいと頭を押しつけ、更には僕ごと自分の胴体に縄を巻こうとしている。

 美幼女との接触は役得だけど、こんな状態で縛ったら本当に何も出来なくなってしまうじゃないか。



「リシィ、ノウェム、ここは……」


「ふふっ……あははっ、もうっ、おかしいわ」


「えっ……」



 リシィが、涙を浮かべながら楽しそうに笑った。


 その表情は何の気負いもなく、綺麗な言葉で着飾らせる必要もなく、ただ“笑った”の一言だけで良い、そんな心からの笑顔だ。



 今、全ての悲哀が覆る。



 それだけで僕の心は救われてしまった。



「は……ははっ、はははっ! 本当におかしいな!」

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