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第百二話 月明かりの悼む地で

 野営地は廃城の中庭で、空を仰ぐと既に月が登っていた。

 広さは一般的な体育館の半面ほど。入口を瓦礫で塞がれているため、猟犬ハウンドにさえ注意すれば他の墓守は入り込めないだろう。



「サクラ、ここは頼める?」

「はい、お任せください。ベルクさんは……」

「ああ、ベルク師匠は僕が……」



 テント設営をサクラに任せ、僕は中庭の奥に向かうベルク師匠の後を追う。

 アーチ状の門を通った先にも空間があるらしく、おそらくそこが彼の目的地だ。


 ベルク師匠の重い足取りは後悔故か。僕もまた探すまでもなく辿り着いただろうこの地に、緊張とともに見たくもない過去の思い出を振り返っている。

 直ぐそこに、ずっと路傍に探し続けていた、両親の最後の痕跡が残っているかも知れないのだから。


 僕の考え過ぎならそれで良い。例えそうでなかったとしてもベルク師匠を支え、例えそうであったとしても、僕は決してここで心を折られはしない。



 そうして門を抜けると、内部は手入れの行き届いた廃堂だった。


 まず目に入るのは、遥か遠い昔に停止したと思われる数多の“忌人イビト”だ。

 積み重なり、折り重なり、壁際を隙間なく埋める何百体もの機械人形たちが、項垂れるように地面だけを虚ろな瞳で見続けている。


 そして、前庭より広さを半分にした廃堂の中心には、座った僕の身長と同じくらいの灰色の石碑があり、朽ちた剣と槍と杖が立てかけられてあった。

 あれが、墓……。墓前には萎びれた花といくつもの酒瓶が手向けられ、今も通り過ぎる探索者たちに丁重に扱われているんだ。


 この場はまるで、廃堂を照らす月明かりまで何かを悼んでいるように想える。


 ベルク師匠は墓の前で膝をつき、巨体を抱えるように屈して祈り始めた。

 僕もそれにならい、背後で黙祷して静かに終わるのを待ったけど、ほんの少しの祈りは湯が一煮立ちするほどの時間もかからなかった。



「カイト殿、ご紹介いたす。某の盟友たち、聖騎士“ルーエ”殿、来訪者でもある“ダイトウクサカ”殿とその奥方“マイコ”殿だ。カイト殿を初めて目にした時、彼らの再来かと思い驚き申した」



 なるほど……初めて会った時、ベルク師匠に『カイトウクサカ』と呼ばれて訂正したせいで、父親である“ダイトウクサカ”と結びつかなかったのか。

 ベルク師匠は実直過ぎる。それに父さんも、『ダイトウクサカ』と呼ばれてそのまま気にもしなかったんだ。らしいとは言え、本当にやれやれだ……。



「ベルク師匠、微妙に勘違いしています。その人の名前は太人ダイト 久坂クサカ、僕の父です」



 ベルク師匠は固まった。衝撃の事実に思考が止まったんだろう。

 そんな彼の様子とは裏腹に、僕は自分自身でも驚くほどに冷静だ。


 いや違うな、冷静を装わないと泣いてしまうから……か。



「カッ、カイト殿……!? 今、何と……!?」


「ダイトは僕の父で、マイコは僕の母です。ベルク師匠が気が付かなかった理由は、“ダイトウクサカ”を名前だと思っていたからですね?」


「う、うむ、名も似ている、面影も良く似ている、いや然しと常々思っていたのだが……」

「流石に抜け過ぎだとは思いますが、まあそれもベルク師匠らしいです」

「カイト殿……」



 果たして、今の僕はどんな顔をしているのだろうか。



「ベルク師匠、両親の最後を教えてもらっても……良いですか?」

「うむ……あまり、聞いて気持ちの良い話ではないぞ」

「覚悟の上です」



 当然、墓守にと言う話なんだろう、僕が聞きたいのはそれとは違う。



「ダイトウクサ……否、ダイト殿とマイコ殿は掃除屋デトネーターの爆炎放射により灰と消えた。ここにも亡骸はなく、某が集めた少しの灰を撒いただけ。カイト殿、すまん……」



 武人の心遣いか、短く纏められた言葉が今はありがたい。



「いえ、ありがとうごいます……」



 手が、脚が震える、もっと言うことはあるはずだ。

 だけど、言葉を発せなくなる前に、聞いておかなければならない。



「何故、父と母はこんな迷宮の奥深くまで来たんですか?」



 僕と違って神器の恩恵もなかっただろう、迷宮に入るのは自殺行為に等しい。



「『元の世界に帰る入口を探している』と申していた。『一人で残して来てしまった息子の元に帰りたい』とも」


「そう……ですか……」



 涙は流れなかった、嗚咽も漏れなかった、ただ強く噛み締めた歯が痛い。

 握り締めた左の拳からは血が滲み、右腕はキシキシと軋み続ける。


 それでも空虚な心は、両親が地球に帰ろうとしていたことに安堵した。


 僕は……捨てられたわけじゃなかったんだ……。





 そうして体が脱力する瞬間、僕は背後からの柔らかな感触に抱き締められた。


 日溜まりのような暖かさは、体を震わせて何も言わずに僕を支えてくれる。

 目の前に回り込んで来たのは、目尻に涙を溜めたサクラとノウェムだ。



「あっ、あうじしゃまっ、良いんだっ、泣いてもっ、泣くっ……」

「泣いているのはノウェムじゃないか……」

「カイトさん、私たちがお傍にいます」

「サクラ……ありがとう……」



 背後で震えているのは、一人しかいないな……。



「リシィも、ありがとう」




 ―――




 しばらく僕は墓石の前で一人にしてもらい、夕食の良い香りが漂って来る頃に、誰に誘われるでもなく自分の意思で中庭に戻った。



「そうか、来訪者に対する配慮みたいなものがあるんだな」


「はい、別々に訪れた来訪者の間に縁があることは度々あるそうで、片方が知れずに亡くなられていた場合はその死を伏せられます。いくら記録を探しても見つからなかったわけです。もしかしてとは思いましたが、申しわけありません……」


「いや、サクラのせいじゃない。だけどその話を聞いて、転移して来る地球人に何らかの選ばれる法則があることもはっきりした」



 結局、涙は出なかったけど、それは何度も想定して覚悟が出来ていたからだ。

 それが良いことなのか悪いことなのか、薄情と取られても仕方がないけど、今は長年の胸のつかえが取れたようでかえって気持ちは楽になっている。


 帰ろうとしてくれていた、それだけで救われた自身の気持ちがこそばゆい。



「えうぅっ、カイトさんっ、泣いても良いんですっ! あーんっ!!」

「アウゥ、カトーかなしいな! 私も泣いてやるからっ、アウーッ!!」

「ノンッ、カイトさんは悲劇の英雄なノンッ! ティも泣くノーンッ!!」



 うん、彼女たちがいてくれたおかげで救われている部分もある。



「みんな、とりあえずはご飯を食べよう。その、それに……二人とも近くないか?」



 安全地帯と違い、野営地の空間は比べものにならないくらいの余裕がある。

 だというのに、先程からリシィとノウェムがぴっちりと距離を詰めているから、僕は身動きが取れずに座っていた。



「い、良いのよ! こんな時に人は誰かの支えが欲しいものでしょ! だっ、だったら主として、私がカイトの支えになってあげるんだからっ!」


「わっ、我とて主様の妻として、夫の支えとなりたい! 夫が悲しい時は妻も悲しい、今日一日と言わず、主様の傍で未来永劫に寄り添うのだ!」


「ノウェムはいつもいつもカイトの傍に無駄にいすぎよ! 必要ないわ!」

「小娘が何を言うか! 主様はいつだって支えを必要としておる、それ故にだ!」

「必要ないったら必要ないの! カイトは私が支えれば充分なんだからっ!」

「おぬしこそ必要ない! 次元の狭間に追いやられたくなくば散れっ!」



 この隙間もなく挟まれた状態で喧嘩をされるのは、す、少しばかり悲しみの後の余韻に浸るどころじゃない……。狙ってやっているなら大したもんだ……。


 だけどこれは、最終的に僕に決断を委ねるパターンじゃないだろうか……。



「むーっ! カイトッ、私とノウェム、貴方にはどちらが必要なのっ!?」

「ぐぬーっ! 主様っ、我と小娘、主様はどちらを必要とするっ!?」



 良し来た!


 ……


 …………


 ………………


 何たることだ……。


 どちらか一方と答えることも出来ず、だからと言って両方と答えると優柔不断の罰が下るだろう……。


 優位の証明を求められるとは、それほどに厄介……。


 ならばここは……。



「うん、僕はみんなが必要で大切だよ。家族は良いな……本当に……」



 僕は顔を伏せ、左手で目を覆って涙を堪えている風を装った。

 卑怯だとは思うけど、今ここで家族・・を盾にさせてもらう。



「んっ!?」

「ふぬっ!?」


「あっ、あの……ごめんなさい。ノウェム、今は一緒にカイトを支えましょう?」

「あぅ……い、異論はない。家族として、リシィお姉ちゃんとともに主様を支えるの」



 良し、家族を失ったこの場である意味の非道は、父さんと母さんなら良くやったと笑って許してくれるだろう。僕の両親はそんな人たちなんだ。



 ……父さん、母さん、ごめん、ありがとう。


 本当は、彼女たちがいなかったら、ここで膝を屈していたのかも知れない。

 だから、彼女たちがいつまでも平穏であるように、僕はこの世界を覆しに行く。

 これ以上の犠牲を出さないために、世界間転移のシステムも解き明かしてみせる。


 僕が見たいのは、暖かい日溜まりだけがどこまでも満ちる世界なんだ。



 そして出来れば……いつか、ここの土を掘り返して日本に……。





 一滴だけ、ほんの一滴だけ、涙が零れた。

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