第九十九話 スキルポイントは無限
廃城ラトレイアの正門……紺青色の城は所々を金で装飾され、本来は荘厳に彩られた美しい城だったことを見るものに思い起こさせる。
だけど、今は床にも壁にも黒ずんだ爆発跡が残り、入口の周囲には墓守の残骸が新旧区別なく転がって見るも無残な有様だ。
「動く墓守はいなさそうだ」
「はい、今のうちに入ってしまいましょう」
正門もやはり大きく正騎士が通れるほどだけど、門扉は残骸を残して開け放たれているので、僕たちは警戒しながらも迅速に内部へと踏み込んだ。
まずは入口大広間、磨き上げられた青色の床と金の装飾の景観には天井から太陽光が淡く降り注ぎ、中央に朽ちかけた大木が一本、床を割って生えている。
装飾はやはり細かいけど、バロック調の“秘蹟抱く聖忌教会”よりかは、こちらのほうが余程モダンで現代人の感性には合っているだろう。
そして墓守の残骸も多い。大広間は勿論のこと、覗き込む廊下には決まって残骸が転がっていることから、墓守の多さも相まって回収は諦めているんだ。
「ふむ、やはり先達がいるようだ。とすると向かう先は同じ、新手が雪崩れ込む前に野営地まで参ろうぞ」
「ベルク師匠、先導をお願いします」
「心得た」
隊列はいつも通りベルク師匠を先頭にサクラが続き、中列はリシィを中心に左右をテュルケとアディーテ、僕とノウェムは最後尾だ。
進路は大広間を迂回するように伸びる廊下を選択し、前後を挟まれるデメリットはあるけど、全方位を囲まれるよりは幾分かマシなんだろう。
廊下の広さは、巨城の通路だけあって中型の墓守くらいは余裕で通れる。
ベルク師匠三人分くらいの横幅で、そう大きさの変わらない掃除屋との戦闘を想定すると、固有武装の点からも早期討滅が必要ではある。
それにしても……。
「主のいない城を守り続けるか……かつて見たアニメの世界だな……」
「あにめ……ですか?」
「あ、また創作物の話だよ。墓守のように襲っては来ないけど、人の手で作られた存在が、誰もいなくなった城を人知れず守り続けているんだ」
「物悲しい話だわ……。カイトの様子がおかしいのは、そのせい……?」
「まあ、そんなところかな。どうしてもこんな環境じゃ感傷的にもなるよ」
誤魔化してしまったけど、城の有様に物悲しさを感じるのは本当だ。
辺りを見回すと、唯一の明かりは壁や床の溝を縦横に走る青光の溝のみ。
そんな青白い薄暗さの中で、廊下の途中の部屋を覗き込むと内部には何の痕跡もなく、ただがらんとした虚しさだけが余計に感傷を思い巡らせる。
何もない。何もないからこそ、僕の心情は室内に骸の形を幻視してしまうんだ。
――ギション……
「主様、何やら足音が聞こえたぞ」
「私も聞こえましたですっ」
「墓守の足音ですね。そう重くないので、掃除屋なのは間違いありません」
「押し通るわよ。私たちは、どんな物悲しさも飲み込んで進むの」
「ああ、戦闘は最小限に、墓守が集まる前に討滅し、迅速に去る!」
「今度こそ抜かりはせん……例えこの身が爆炎に沈もうとも……」
「アウーッ! ダメーッ! ベルクも生きて帰るーっ!!」
かつての後悔を思い出しているのか、ベルク師匠の余裕のない言葉に、アディーテが怒って彼をつるはしでガンガンと叩いた。
僕も師匠を尊敬しているからわかる。“武人”という人種はどうも生き急ごうとするけど、初めから諦めていてはアディーテの言う通りダメなんだ。
「ベルク師匠、『死んで花実が咲くものか』です。全てが終わったら、もう一度お酒のひとつも持参して墓参りに来ましょう」
「う、うむ……かたじけない。後悔で行き急ぐとは、某もまだまだ未熟よ……」
そう、この先に待っているものが何であれ、小さくとも咲く花を望む。
僕も、過去の後悔を背負うベルク師匠を見て、真実を知る覚悟を決めた。
それで良いんだ。
「行こう」
―――
“掃除屋”――円筒形の胴体に逆関節の脚を持つ小型の【鉄棺種】。
城を守り、内部に侵入する者を文字通り塵も残さずに駆除する清掃機械だ。
お掃除ロボットの進化と見ればそう見えなくもないコミカルな機体だけど、間近で対面する者にとっては悪夢以外の何者でもない。
搭載兵器の詳細は不明、あえて名をこじつけるなら“爆炎放射器”。
火炎放射どころではない爆炎で塵諸共周囲を薙ぎ払ってしまう、その外見に侮っていると次の瞬間には消し炭にされる驚異の墓守だ。
しかも体高は三メートルとベルク師匠とそう変わらず、城内といえども相手の動きを制限するのも難しいだろう。
「カカッ、久しいな掃除屋! ベルク ディーテイ ガーモッド、今再びここに馳せ参じた! この打ち震える心、武人としてあるまじき無念、晴らさせてもらう!!」
廊下の曲がり角から姿を現した掃除屋に対し、ベルク師匠は力強く口上を述べ、鋼鉄の竜鎧に纏う紫電とともに槍と盾を構えて突進する。
その様はまさに重装騎兵にして戦車。一寸の振れもない突きは、『號!』と言う裂帛の気合いを奮進とし掃除屋の胴体を一撃で深く貫いた。
「ぬぅっ!? 逸らされた……だと……!?」
その時、ベルク師匠の槍に半ばまで刺し貫かれた掃除屋の両の掌から、目に見えない空間が揺らめく何かが噴出される。
「させん!」
――バチッ! ゴオォォオオォォォォォォッ!!
「なっ、ベルク師匠!?」
何かはベルク師匠の紫電で引火し、辺りは瞬く間に爆炎に包み込まれた。
僕たちはサクラの“炎熱操作”で火と熱を軽減され、二十メートルの距離を突進したベルク師匠のおかげで被害はなかったけど、彼自身は爆炎の中だ。
轟々と燃える炎の中から先に姿を現したのは黒鋼の竜騎士。
その姿は既に炎を纏う戦神。それは、何者も貫き通し何者も決して通さない黒鋼の意志にして他ならず、僕たちはただ固唾を呑んで見守るしかなかった。
「心配ご無用! 此奴は某が一人で充分! 何故に某が一人生き残ったのか、今は炎も衝撃も通さんこの鋼の甲殻、掃除屋を打ち砕くために役立てようぞ!」
「ダメです、既に音を立てました」
「何と!?」
「僕たちは一人じゃない、ベルク師匠も一人じゃない、皆がともに戦う仲間なんです。なら、その仇は僕たちにとっても仇だ、討つのであればともに」
「カイト……殿……!?」
燃え上がる炎を篝火に、薄暗かった廊下が明るく照らされている。
発火の衝撃は凄まじく、持続性のある炎はそう簡単に消えそうにない。正体は何らかの科学薬品かそれともガスか、ベルク師匠の紫電で誘爆したけど、指向性を与えられたら直線の廊下ではまずい。
赤々と燃える炎の中から、続いて掃除屋が鈍重そうな姿を現した。
ご丁寧に耐衝撃耐炎熱の機体、凹まず溶けず損害を受けた様子はない。
だけどその小さな胴体に、防護フィールドがないことはわかっている。
「リシィ、一撃で仕留めてここを離脱する!」
「ええ、任せて!」
「金光をもって槍を成せ! 穿ちの槍、阻むこと能わず!!」
言葉とは言霊、リシィが口にする文言は呪文ではない。
己が信念を込めて心象を想い描き、力在る心意をもって神威と成す。
なら彼女が『能わず』と言うのであれば、それは確実に相手を貫く槍となる。
そうして、金光で形作られたのは黄金色の【銀恢の槍皇】だ。
リシィが黒杖を振るうと、金槍は一瞬で掃除屋を貫いた。
「爆ぜよ!!」
胴体を貫いた光槍はリシィの言葉とともに爆散し、掃除屋は抗うことも出来ずに、元が何であったのかもわからない残骸に姿を変えた。
リシィによって気が付かされた、ゲームのスキルからの参照。
それを拠点にいる間、僕と彼女は暇を見つけては話し合っていたんだ。
何が出来るか、何が出来ないか、どんな状況でどんな能力が必要となるか。
僕がしたのは助言だけで、それを全て応用から形にしたのはリシィだ。
やはり彼女は凄い、ほんの少しの間にそれを自分のものにしてしまった。
「ふぅ、こんなものかしら」
「ああ、リシィは本当に最高だよ」
「んっ……な、なななら頭を撫でむにゃむにゃごにょごにょ……」
「だけど音を立て過ぎた。新手が来る前に移動しよう」
「えっ!?」
「ん? どうかした?」
「んんぅ……もう、もーっ! カイトのヘタレバカッ!」
「何でっ!?」
リシィは僕を小声で罵るという器用な芸当までこなしてしまった。