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第九十八話 辿り着いた地で過ぎるもの

 一夜明け、僕たちは野営地を片づけて廃城の門の前に来ていた。


 それなりに眠れたものの、あまり休めた感じはしない。

 太陽の光がないのはやはり心身に不調をきたし、翌日のことを考えるとどうにも胸がざわついてしまったんだ。

 それは皆も同じようで、特にベルク師匠が纏う気迫は見るからに鬼気迫るほど、今も頬を叩いて気合を入れている。



「改めてみると大きいな……城の門というよりは、SFで見る隔壁に近い」

「えすえふ……ですか? それはどのような……」

「あ、いや、創作の話だから気にしないで。それで、どうやって開けるんだ?」



 門の大きさは直径三十メートルの阻塞気球が通れそうで、見上げる僕たちがどれほどに小さいか、当然押して動かせるものではないだろう。


 門には球体のついた大木が描かれ、セフィロトの樹にも見えなくはない。



「はい、操作卓が脇にありますので、鍵をかざせば開きます」



 門の脇には、サクラの示した通り石碑のようなものがあった。

 流石にタッチパネルではないけど、青黒い石材は磨き上げられ、文字が浮かび上がりそうなほどの鏡面に僕の顔を映している。


 少しワクワクしてしまうな、僕はこの大きな門の開閉動作が気になるんだ。

 複雑に組み合わさった機構が、厳重な封鎖を解いて可動する様は浪漫だ。

 SFのゲームなんかでは、無駄に開け締めをして楽しんだっけ……。



「みんな、準備は良いか?」


「ええ、少し緊張するけれど、いつでも良いわ」

「ですです! でもでも、へいちゃらですっ!」

「墓守は入口を通り抜けられないので、まだ大丈夫ですよ」

「くああ~、緊張し過ぎて昨晩は良う眠れなんだ……ふむむ」

「うむ、某も緊張で眠れず。こうして頬を叩かねば眠ってしまいそうだ」

「アウー! ピリ辛のおにく食べるかー?」



 あれ……気迫かと思っていたら、実は眠かっただけなのか……。



「えーと、もう一晩休む……?」


「カイト殿、心配ご無用! 戦場となればこそ、意識は研ぎ澄まされる!」

「我は主様が背負ってくれるのなら、それで良いのだが~」

「ノウェムはアディーテからピリ辛のお肉をもらって」

「ぐぬぬ……主様は全く釣れやせぬっ!」


「良し、行こうか」



 少し心配ではあるけど、こんな迷宮の中でそれは常にだ。

 立ち止まって足踏みを続けるわけにもいかない、まずは踏み込もう。


 そうして、僕は若干の不安と興味を抱きながら、石碑の表面に左手を押し当てた。



 ――ガシュッ



「ん……?」

「行きましょうか」

「待って、これだけ?」

「はい、そうですが……何か問題が……」



 期待させるだけ期待させて、開いたのは正門じゃなく石碑の隣の壁だった。

 それも人が通れる程度の大きさで、何の感慨も与えず事務的にスッと。



「いや、良いんだ。行こうか……」



 声を大にして叫びたい、ガッカリだーっ!




 ―――




 下層最深部、第六界層“廃城ラトレイア”――【重積層迷宮都市ラトレイア】を造り上げた人々を率いた王の主城。



「周囲に墓守はいません。安全なようです」

「ここは崖上か……? 見通せる限りだと、墓守は残骸しかないね」

「はい、今のところは。ですが、城に入るまでが危険なのでお気を付けください」



 門を通り抜けた先は、崖とも言えるような急な坂になっていた。

 地滑りでもあったのか、門から続く道は途切れて巨大な城はすり鉢状の底。


 おかげで城の全体像が見えたけど、紫がかった紺青色の城は上から見ると真四角で、中央の高い尖塔を中心に四方を同じ構造物が連なっている。

 崖の周りは見渡す限りのどこまでも続く大森林、城以外の構造物は瓦礫を残すばかりで城壁でさえ跡形もない。


 ここにあるのは城だけだ、僕にはただ物悲しい巨大な墓碑に見える。



「地盤沈下でもあったのかな……復元されていないようだけど……」

「最初からこうだったそうですが、瓦礫を繋げると道が出来るようですね」

「うん? つまり、“界層の復元”が機能する前にこうなった……?」

「そうとしか説明のしようがありません」



 サクラの言う通り、崖の途中には大量の建造物の瓦礫が散乱し、その中には回収を諦めたのか墓守の残骸もあって、どうやら随分と古いもののようだ。



「カイト、新しい墓守の残骸があるわ。調査隊の戦闘の跡じゃないかしら?」

「うん? 本当だ、城までの所々に続いているな。跡を辿ってみようか」


「墓守の補充には時間がかかります。今が進む良い機会でもありますね」

「問題は、調査隊にしても他の探索者にしても、彼らが無事かどうか……」

「『何かがいる』ね……。充分に警戒して進みましょう」

「ああ、慎重に進もう」



 僕たちは門から離れ、すり鉢状の斜面を下り始めた。

 急な坂道を、蛇行するなだらかな道が城まで続いているんだ。



「あれだけの城を造り上げた人々が、どうして姿を消してしまったのかしら……」



 下りながらリシィが疑問を投げかけるも、それに答えられる者はいない。


 墓守の“燃料”になったと考えるべきか……自分たちで作ったものに、人を燃料に出来る機能を与えるのも変な話だけど、AIの反乱は創作で良くある話だ。

 要するにバイオマス燃料。この世界だと神力を抽出して燃料としているのは確かなので、行方不明の探索者や保護されなかった来訪者までも、身元確認も出来ない炭化した遺骸になっているのかも知れない……。



「答えは出ないね。今の僕たちに出来るのは、行って帰って来ることだけだ」

「そうね……そうよね……。ごめんなさい、気にしないで進みましょう」



 何となく視線を上げると、先程まで恋しくて仕方がなかった太陽があった。

 だけど暖かくはない、底から吹き上げる風が寂寥を物語るように冷たいんだ。


 視線を戻すと、斜面の途中に朽ちたトレーラーが置き去りにされ、その荷台にはこれまた朽ちた労働者ワーカーが載せられている。


 物悲しさに拍車をかけ、まるで来る者に引き返せと言わんばかりに。



「カイトさん、新しい墓守の残骸は探索者によるもののようですね」

「わかるのか?」


「調査隊が通ったとしたら一週間以上前ですから、左手に見える残骸はまだ流れ出る油が固まっていません。明らかに一両日中に討滅されたものです」


「とすると、調査隊を救助に来たパーティか……。シュティーラさんからは特に何も言われなかったけど……」

「私たちは、自分たちの目的に注力せよとのことかと思われます」

「なるほどな」



 城までの距離は門から十キロあるかないか、遮るものはなく見通しの良い斜面がサクラの言った通り最も危険なのは良くわかる。だけど先人がいたおかげで、今のところ見える範囲で動く墓守はいなかった。

 このまま発見されずに、まずは城の中に入ってしまいたい。



「サクラさん、あれは何ですぅ? 他のと違いますです」

「はい? あれは……何でしょうか? ここには起源が不明の遺物も沢山ありますから、その一種というくらいしかわかりませんね……」



 テュルケが指を差したのは、土砂に埋もれた石で出来た門のようだ。

 経年劣化からだろう欠けが酷く、半分以上埋もれているので全体も見えない。



「僕には鳥居に見えるな……」

「カイトはあれが何か知っているの?」


「僕の国では、神域の入口を表す門に使われる形だね。この世界での意味はわからないけど、やはり似たような意味でかつて立てられたものじゃないかな」


「ふむ、我も見たことがあるぞ。神代より更に古い時代の神を信奉する輩が、似たようなものを建てていた。既に風化し形骸化した信仰の中で、その本来の意味を知る者はいなかったがな」



 ノウェムが話す横で、ベルク師匠はその鳥居もどきに手を合わせている。

 アディーテもその横で手を合わせているけど、あれは真似しているだけだろう。


 この世界の人は、神に手を合わせる習慣はなかったはずだけど……。



「ベルク師匠の国では、手を合わせる習慣があるんですか?」


「某の国にはない。これは、かつてここを通った時に戦友の行動を習ってのこと。正直に申すと、手を合わす意味はわからなんだ」



 鳥居の形を見て手を合わせる戦友……それは、日本人じゃないのか……。

 戦友の墓……鍼を教えた気の良い御仁……師匠とかつて一緒だった……。


 繋がる点と点、確証はないにも関わらず確信が胸を過ぎる。

 身震いし、嫌な汗が頬を伝い、硬直する体は一歩も動き出せない。


 そんな……ことが……?



「カイト、どうしたの? 大丈夫?」



 リシィがいつの間にか、僕に寄り添って心配そうに見上げていた。

 そうだ、まずは確認することが先だ……結論はまだ早い……。



「大丈夫、何でもないよ。先に進もうか」



 僕はベルク師匠に、その戦友の名を聞くことすら出来なかった。

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