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第九十六話 騎士の剣

 ◆◆◆




 第三拠点に辿り着いて八日目の朝。休暇は切りの良い一週間と決め、僕たちは昨日の内に荷物を纏めて第六界層に向け出立しようとしていた。



「おう、軍師! 行くのか、気ぃつけてな!」

「姫様、どうかご無事で……。クサカ、あんたちゃんと護りなさいよ!」

「そうかえ……テュルケちゃん行っちゃうのかえ。婆ちゃん少し寂しいなえ」

「ごめんよ、今日はオシルコォもダイフクゥもないんだよん。君たちが帰って来るまでには仕入れておくよん!」



 第六界層に向かうには大通りを下り、僕たちが入って来た正門とは逆の裏門から出る必要がある。

 そのため、大通りの只中を大荷物を抱えて歩く僕たちは、龍血の姫と光翼の姫がいることもあり、やたらと目立って過ぎる人々殆どに声をかけられていた。



「ひぃっ!? 貪食の悪魔!? きょっ、今日は店じまいですっ!!」



 そんな中、僕たちの進む先でいくつかの露店が急に店を閉じた。


 うん……まあ主にアディーテの仕業で、美味しいを求めて夜な夜な徘徊する彼女と毎晩捕物合戦が繰り広げられたんだ。

 供給に限りがあるこんな場所で、彼女の胃袋に全て収まっては立ち行かないと、当然僕やベルク師匠も参加して追いかけっこをしていた。


 そんなわけで、多くの露店員がトラウマになったとかならなかったとか……。



「カカッ! アディーテ殿のおかげで商売繁盛なり!」

「アウゥ……もっとダイフクゥ食べたかったー」



 休息のはずが、アディーテを相手に鍛錬になった気もする。

 まあ、リシィには毎晩のように大人しくしていてと睨まれたけど……。



「オウゥゥッ、拙者も一緒に行きたいでゴザルゥゥゥゥッ! サクラサンッ!!」


「アリーは一人でも大丈夫ヨ! 一緒に行きたいなら行けば良いワ!」

「ノーでゴザル! マイフレンドジェフとのプロミスッ、『ミーに何かあったら、アリーのことヨロシクネ! HAHAHA!』と、アリーのパパに頼まれたでゴザル!」



 何だか妙にノリが軽いけど、多分これは良い話だと思う……。


 アリーは防護壁の復旧まで、阻塞気球スプリガンネストの制御で拠点を離れることも出来ない。

 ミラーは僕たち、と言うかサクラと一緒に行きたいものの、親友の娘であるアリーを放ってもおけないらしく、ともに残ることを決めた。


 にも関わらず、見送りに来ながら大人気なく駄々をこねているんだ。



「ミラー、多分サクラは武士のような潔い男が好みだよ?」

「どうかお達者で。拙者、アリーをこの身で護りながら、サクラサンのお帰りを心よりお待ち申し上げておりますでゴザル」



 ちょ、ちょろ過ぎて逆に心配になる……。



「ミラーさんもアリーさんもご健勝をお祈りしますね。深層探索許可証の発行条件が満たされたら一度帰還しますので、その時にまたお会いしましょう」



 サクラは大通りを歩きながらしゃなりと頭を下げた。


 脈なしなのはわかっていたけど、無責任なことを言ってしまった。

 僕は、サクラの気持ちに向き合っても良いんだろうか……。



「サクラ、深層探索許可証の発行条件を聞いていなかったわ。第六界層が下層の最深部となるなら、そこに今回の迷宮行の目的地があるのね?」



 リシィがふと思い立ったようにサクラに問い直した。



「それは僕も聞いておきたい。また“忌人イビト”がいるとか?」


「いえ、忌人から授かった“下層の鍵”とは、実際は主城の門を開くための鍵です。そこから“廃城ラトレイア”に進入するのですが、ここでは城の防衛に当たる墓守との戦闘が踏破を妨げる大きな要因となります」


「つまりは、第六界層の踏破が条件となるのか」

「はい、主城の奥に管理拠点がありまして、そこで印を受け取り完遂となります」

「深層に入るためにはこの行程の往復も必要なのね……大変だわ」

「それも含めての“条件”なのでしょうね。深層は空間が歪み始めますから、迷宮を往復出来るパーティにしか許可されないということです」


「くふふ、実に面倒くさい。我ならひとっ飛びで行ってみせるのにな」

「ノウェムは迷宮に勝手に入って怒られたばかりだろう。また怒られるよ?」

「そ、それは勘弁!! 主様、あの女は怖いのだ!!」

「まあシュティーラさんなら怖いだろうな……」



 ノウェムの表情は見るからに青褪め、体は震えてしまっている。

 一応シュティーラさんからは後でやり過ぎたと謝罪を受けたけど、未だにこの状態とはどんな怒られ方をしたんだろうか……。



「ルコももう少しいるんだろう? 地上に向かう時は気を付けてな」

「あはっ、大丈夫だよ~。シュティーラちゃんと一緒なら何も怖くないよ」

「ちゃん!?」



 何てことだ……本当に凄まじかったのは僕の幼馴染だった……。

 あの人を『ちゃん』づけで呼べる剛胆さ、ここ数日で“剛胆”を冠する者がここまで更新されるとは……世の中には僕の知らない……。



「あれ……僕の周囲は、ひょっとしてみんな異常に強い?」

「カイト、今更何を言っているの? 貴方はとても恵まれているわ、誇りなさい」


「だよな……。これもみんな、リシィが僕を迷宮から連れ出してくれたおかげだ。本当にありがとう、これからもよろしく」


「んっ!? な、何よ突然……カイトが私に付き従うのは当然なんだからっ! こ、これからもごにょごにょ……しなさいよねっ!」

「な、何と言いましたか……?」

「知らないっ、ふんっ!」



 リシィは傍らを歩きながら、突然わけもわからずにツンとしてしまった。

 とは言え、休暇を取ったからかどことなくいつも以上に肌艶は良くなり、下層最深部に挑む気負いもなくリラックスは出来ているようだ。


 迷宮は深層になるほど冷えるので、リシィの着ているコートの首周りにはいつの間にかファーが追加されている。



「はいはい! カイトさん、私もいましたです!」

「うん、テュルケもありがとう、いつも頼りにしている」

「えへへ~♪」



 ちっくしょう、可愛いな! こんなの撫で回すしかないじゃないか!

 最近のリシィは、どうもテュルケを相手する分には推奨しているようだし、遠慮せずに彼女の猫耳が揺れる頭を撫でた。



「主様~、我は~?」

「ノウェムもいつも頼りにしているよ」



 何だかんだと、ノウェムの能力は窮地を覆してくれているからな。

 その度に負担もかけるけど、彼女がいてこそ僕たちは未だに無事なんだ。


 流れでノウェムも撫でようとしたところで、リシィの視線がジト目に変わった。

 そ、そうか、ノウェムはダメなのか……その辺の基準はどうなっているんだ……。



「ぐぬぬ……おぬし、またしても邪魔をしてくれたな! そこに直れ!」

「貴女こそ、小さい容姿を生かして取り入ろうとしているわよね! 卑怯よ!」

「小さい言うな!」



 これも最近じゃこの拠点で当たり前になった光景だ。

 両姫君の言い争いを、道行く人が皆穏やかな表情で見守っている。

 しかも派閥まであるらしいけど、いつも最後に勝利するのは“サクラ派”だ。



「二人とも、ここは天下の往来だから戯れ合いは程々に……」


「戯れ合ってないわ!」

「戯れ合ってないぞ!」



 本人たちが何と言おうと、いつもの仲の良い光景だ……。




 ―――




「それじゃ、行って来ます」



 第三拠点の裏門では、ルコとアリーとミラー、それにヨーさんとこの一週間で顔見知りになった拠点の人々が見送りに来てくれていた。



「カイくん、気を付けてね。先に地上に戻ってるから」

「うん、ルコも。また地上で」


「ここはアリーに任せて、さっさと行ってしまうが良いワ」

「フオォォォォッ! サクラサァァァァァァァンッ!!」

「ニック、シャラップ!」


「皆様お気を付けてですゾー! このヨーハイム ホイホイ、無事のお帰りを踊りながらお待ちしておりますゾー! 是非とも次こそは、再会のキッスを!」


「お断りします」



 僕たちは後ろ髪を引かれる思いで拠点を後にする。

 後顧の憂いはなく、“三位一体の偽神”に対するため、ただ前へと進む。


 いや、本当は違うかな……仲間たちと冒険をすることが楽しいんだ。

 もう長いことゲームをしていないにも関わらず、禁断症状のひとつも出ないのは、未だにここをオープンワールドゲームの世界だと思っているから。

 そうでないことも認識しつつ、どこかでゲームとして楽しんでしまっている。


 これじゃ、まるでデスゲームに喜々として挑む異常者だ。

 この感覚は元から持っていたものか、それとも偽神によって歪められた結果か……今の僕は、本当に自分のままの自分なんだろうか……。


 そんなことを考えていると、一際張りのある勇ましい声が響き渡った。



「カイト クサカ、貴様に餞別だ! 王族の騎士たるや然と心得よ!!」



 裏門の上、シュティーラさんが物見台から姿を現し、何かを投げて寄越した。

 ガチリと右腕で受け止めると重い感触、立派な鞘に収められた長剣だ。


 しかもこれは、金色の柄にリシィの黒杖と同じ龍の紋章が刻まれている。

 立派な装飾はただの剣じゃない……まさか、テレイーズの騎士剣!? 


 僕はリシィを見て、今一度シュティーラさんを見上げた。



「はい! リシィの騎士として、主の信に足る努力を続けます!!」

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