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第九十四話 彼のために出来ること

 それから、シュティーラさんとの面談は和やかな歓談で終わった。


 僕は出された紅茶とお菓子に夢中になり、後はリシィとシュティーラさんの会話に相槌を打つだけだったけど、繋ぎとしては充分だろう。

 アリーの処遇も最良だし、“廃城ラトレイア”の情報も得られた。城には『何かがいる』……具体的なものは何もなくとも、知らないよりかは心構えも出来る。


 この後は、迷宮を進む準備をしながらしばらくの休息だ。

 第三拠点の復旧を手伝うと申し出たけど、『カイト クサカ、貴様には“三位一体の偽神”の正体を探る命を授ける。今は休め』とのお達しなんだ。シュティーラさんの命に逆らうと後が怖いので、今は大人しく休むとする。


 それにしても、危険を前に感覚が麻痺している感じがするな……。

 僕が真に警戒しているのは、目の前に見えているわかり易い“危険”ではなく、人そのものが持つ一種の心性……“慣れ”だ。


 即ちそれは、時に人の心を腐敗と堕落で蝕む猛毒となるもの。世界の裏に潜み、人の心の奥深くまで干渉する相手に隙を見せるわけにはいかない。


 僕は……。



「もう! カイトがまた難しい顔をしているわ!」

「カイトさんの性分でしょうか。サークロウスさんの言い分もわかりますね」

「ええ、本当に仕方がない人だわ」

「はい、仕方がない人です」



 僕が考えごとをしながら管理棟の階段を上っていると、背後でリシィとサクラが顔を見合わせて何やら頷いていた。



「そ、そんなに難しいことは考えていなかったよ……?」


「それはもう良いの。カイト、迷宮に入る前に考えごとをしながら歩いていて、急に姿が見えなくなって迷子になったわよね」

「私も慌てました。隣を歩いていたのに、一瞬で消えるなんてあり得ません」


「あ、あれはほら、アリーやルコのことで頭が一杯でさ……」



 リシィはジト目、サクラは小首を傾げて僕を見ている。

 これは何を言っても八方塞がりだ……。人ならざる存在に対し、人が出来ることなんて思考くらいだと思うけど、ダメだろうか……?



「問答無用ね」

「はい、問答無用です。引っ立てましょう」


「ほわっ!?」



 何をどうするつもりか、僕は右腕にリシィ、左腕にサクラと、抵抗する間もなくガッチリ腕を組まれてしまった。

 二人もの美人さんと腕を組むなんて、普通だったらまず叶わない体験だ。

 だけど、そんなうらやまけしからん状況にあるにも関わらず、気分は収容所に送られる囚人、拘束されるグレイ型宇宙人で間違いない。


 確かにこの状態では、二人に気を取られて満足な思考は出来ないけど……。



「あの、二人とも……『半分を背負え』と言うのは、こうじゃないと思うよ?」


「問答無用と言ったわ! 休息にするのなら、カイトもしっかりと休むのっ!」

「その通りです。今日は考えることも休んでください。どうかお願いします」



 リシィはどこか駄々っ子のように、サクラは八の字眉で懇願するように、僕に心身を休めろと言った。これに反論が出来るだろうか、いや出来ない。

 “三位一体の偽神”に対する精神的防壁を緩めるわけにはいかないけど、今は彼女たちの心遣いに素直に甘えようと思う。


 恐らく、“廃城ラトレイア”では厳しい戦いが待っているんだから、僕だけじゃなくて皆にもしっかりと休息を取ってもらわないとな……。




 ◇◇◇




 んぅ……サクラと示し合わせてカイトと腕を組んでしまった……。

 名目上は彼が迷子にならないようにだから……だ、大丈夫よね……。


 け、けれど、こんなに密着するのは……いえ、良く考えてみたら、カイトは窮地の時ほど私を護ろうと抱き寄せてくれるから……今更ね。

 それよりもこの神器の右腕だわ、鉄にしがみついているようで……。



「サクラ、しばらくしたら左右を交代してもらえる? この腕、尖っていて……」

「はい、構いませんよ、十五分ずつの交代にしましょう。それにしても、カイトさんの右腕は、リシィさんの再形成で随分と尖ってしまいましたね」

「槍の心象が残っていたんだわ。気を付けないと人に刺してしまうわね」


「僕も充分に気を付けてはいるんだけど……流石に組まれるとどうにもならないから、出来れば離……ごめんなさい!?」



 カイトが理由をつけて離れようとするから、思わず睨んでしまったけれど……悪気はないの……は、恥ずかしくて……。

 厳しくすることで誤魔化そうとするのは私の悪い癖ね……サクラやノウェムのように素直に喜びを表せれば、もっと可愛気があるのかしら……。



「あっ、ダメよサクラ! 胸を押し当ててはご褒美にしかならないわっ!」

「えっ、あっ、ごめんなさい……。つい嬉しくて、抱き締めてしまいました……」



 んぅぅ……サクラったら、本当にずるいくらい素直だわ……。

 けれどダメよ。今回ばかりは、自身が如何に息の詰まるような生き方をしているのか、本人に自覚してもらおうと私たちが身を挺しているのだから。


 普通の人ならご褒美かも知れないけれど、相手は生真面目なカイトなの。私たちの思惑通り、彼は硬直した変な笑顔で自身の行いを省みているようだわ。



「えっと……これはいつまで続くんだ?」


「そうですね、今日一日でどうでしょうか?」


「えっ!?」

「えっ!?」



 思わずカイトと同じ反応をしてしまったわ……。

 私が先に限界になりそうで、そんなには持たないもの……。

 “剛胆”なのはカイトやシュティーラじゃなくて、間違いなくサクラだわ……。



「せ、せめて部屋までで……」

「ダメです。今日はこのまま離しませんからね」



 考えてみたら、最近は心臓の持たないことばかり……。

 朝だって、気が付いたらカイトと一緒に寝ていて……ううぅ……。


 あ、あああれはそもそも、ここしばらくカイトが堅い表情をしていたから、しっかり休めているかどうかを確認しようとテュルケの言い出したことだわ。

 偶然・・、私にその役目が回ってきたけれど、心配していたのは同じだもの。


 けれど、何故一緒に寝ていたのかは記憶にない……い、今思うと、こ、ここ好意を寄せられている相手の寝室に赴くなんて……本当に私は何をしているのっ!? 何か期待があって……断じて違うわっ! 心配だったのっ! 心配だったのっ!


 やましい気持ちなんて、決してないんだからっ!!



「リシィ、大丈夫か? 瞳の色が変だけど、無理をしなくても……」


「大丈夫よっ! カイトに心配されることはないわっ、大人しくしていなさいっ! 貴方は本当にいつも無茶ばかりで、傍から見ているこっちの気持ちも少しは考えて欲しいわ。そんなだから、私もサクラもテュルケだって、本当に毎日毎日心配で心配でいつかカイトが酷い怪我をしてまた……くどくどくどくどくどくど」



 大丈夫じゃないわっ!!


 もう、自分でも何を言っているのかわからないの……。彼の右腕から伝わる体温が、神器越しなのに私にはとても熱くて、今にもどうにかなってしまいそうよ……。


 カイトの表情も、血の気が引いて白くなってしまっているけれど……これ、サクラ以外には逆効果なんじゃないかしら……。



「あっ! あああっ!? おぬしら、心配になり迎えに来てみれば……我を差し置いてまたしても主様と乳繰り合うとは、ずるい! ずーるーいーぞーっ!!」



 こんな時に一番厄介な人に見つかってしまったわ……。


 ノウェムは、今にも飛び降りそうに階段の上から顔を覗かせている。

 彼女の存在を失念していたなんて……これでは少しも落ち着けないじゃない。



「ノウェムさん、これはカイトさんにしっかりと休息を取ってもらうための一計です。そうです、あくまでもカイトさんを慮ってのこと! 決して、我欲ではないのですっ!!」



 あっ……サクラが珍しく鼻息を荒くして言い訳をしているわ。

 これ、普段は一歩引いている彼女が、無理やり理由をつけてやりたいだけね……わかるわ、だって本当は私も一緒なんだもの。


 そうね、“仕方がない”のは私もサクラも、きっと皆一緒だわ。



「そう言うことなら我も! 我も! 主様の背は我の特等席ぞ!」



 ついにノウェムは階段の上から飛び降り、カイトの背に覆い被さった。

 サクラ以上に素直な彼女が羨ましく思えるけれど、今はこれだけで良いの。

 まだ、私にはテレイーズの地にやり残して来たこともあるもの。


 色々な問題が片付いたら……いつか、カイトも一緒に……。



「主様ぁ、休息も兼ね今度こそ我とでぇとに連れ立ってもらうぞ。約束を楽しみにしておるからな、くふふ」


「わ、わかった。それはそうと、もう勘弁してもらえないだろうか……」


「ダメよっ!」

「ダメですっ!」

「良いではないかっ!」



 何だか、少し慣れてきたわね……。

 一日は流石に無理だけれど、もう少しだけこのままで……。



「あれ……リシィ、今少し笑わなかったか?」

「ないわ、カイトの前でなんか絶対に笑わないんだからっ!」


「そんなーっ!?」

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