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第九十一話 僕は覚えている

「ふあぁ、良く寝た……何か柔らキャーンッ!?」



 我ながら寝起きに『キャーン』はないと思う。

 悲鳴を上げようとして咄嗟に口篭ってだ、仕方ない。

 今の状況に気が付いて目は一瞬で覚めたけど、それでも寝惚けた思考では現状の打開策も思いつかず、只々どうすることも出来ずにいる。


 場所は、自分の部屋で間違いない。

 無駄に豪奢で、学校の教室ほどもある室内には高級家具が並んでいる。

 ベッドまで天蓋つきのものだから、貴人が泊まるために用意された客間だろう。僕のような小市民を入れて良い部屋じゃないよな。


 断りたかったけど、サークロウス総議官の有無を言わさない強引な申しつけに、頷くより他になかったんだ。



 そして、今のこの状況……。


 昨晩のことは、一夜が明けても確かに覚えている。

 リシィが深夜遅くに尋ねて来て、何故かベッドを要求されたんだ。

 当然僕は、落ち着かない天蓋つきのベッドを直ぐに明け渡した。それから、室内にあるやはり豪奢なソファに横になって寝た。


 うん、何もしていない。


 それで、目を覚ますと、リシィが何故か僕の上に覆い被さっている。



「すぅ、すぅ……んぅ、カイト……大人しく脱ぎなさい……すぅ」


「ほあっ!?」



 どどどんな夢を見ているんだ!?


 僕の上にはうつ伏せのリシィが覆い被さり、背もたれ側に押しやられているので、彼女を起こさない限りはこの状態を脱しようがない。


 視線を胸元に下げると、リシィの頭が吐息を感じられるほど近くにある。

 長い金色のまつ毛と、何かもにょもにょと動かしている唇は艶めかしく、呼吸に合わせて上下する真っ白な肩は、思わず抱き締めてしまいそうなほどに華奢だ。


 僕にとっては凶器ともなる全身を包み込む柔らかさ、それと蜂蜜に類するような甘ったるい良い匂い。パンケーキで出来ているのかな……?

 これは確実に役得ではあるんだけど……何故かSAN値(正気度)がゴリゴリ削られるのは、薬か毒かで言ったら毒だ。一度知ったら二度三度と欲しくなる、気持ち良いけどそんな中毒性はダメ、絶対!



「んんぅ、カイト……ダメェ……」


「ですよね!?」



 リシィは寝言とは裏腹に、僕をまるで抱き枕かのように強く抱き締めた。

 出来るだけ意識しないようにしていたのに、彼女自らで押しつける双房に僕の理性は最早オブラートの如く、今にも破れてしまいそうだ。


 まっ、負けるものか……! 紳士の心意気……ファイッ、オーーーーッ!!



「リシィ、起きて! ここは僕のソファだよ! リシィさーんっ!!」


「ん……んゅ……?」



 その白く滑らかな肩に触れて揺すると、リシィは寝惚け眼を開いた。

 彼女は項垂れながらゆるゆると体を起こし、まだ眠そうに目を擦っている。

 乱れた髪は寝癖も何だか可愛く、垂れた涎はご褒……いや変態か!


 とりあえず退いてもらわないと、理性を抑え続けるにももう限界だ。



「リシィ、起きた? 出来れば、直ぐに退いて欲しい」



 リシィは辺りを見回し、ひとしきり周囲を見た後で僕に視線を向けた。


 ジワジワとこの状況を認識し始めているんだろうな……。

 まずは『えっ』と言う表情から、次に一瞬『んっ!』に変わり、『ふぁ……』から最終的に『ふぇーっ!?』にまで変わった。

 勿論、実際に言葉を発しているわけじゃない。白い肌は耳まで真っ赤になり、瞳はぐるんぐるんと様々に色を変えている。


 状況的に、自分が僕の寝床に潜り込んだのは自明の理なので、引っ叩く前に理解が及んでどうすれば良いのかわからないんだろう。


 ここは僕が助け舟を出して……。



「はは、最高の夢見心地をありがとう」



 ――バチーーーーンッ!!



「間違えたっ!!」




 ―――




「はわわっ、カイトさん、姫さまを襲ったです? なかなかやりますですぅ!」

「違う、断じて違うよ」



 リシィの平手打ちは、見事に僕の頬に赤く燃える紅葉を残した。

 テュルケはそれを見て、輝く瞳で大興奮の様子だ。何でだろう……。


 僕たちが一夜を明かしたのは第三拠点の管理棟で、今はその一室を借りて皆で朝食を取っている。元々が城下町なだけあってか、建物は第一拠点よりも余裕のある空間で構成されているため、巨漢のベルク師匠も今は一緒だ。


 朝食は、何の変哲もないパンとスープに目玉焼きとベーコン。

 一応孤立した場合の備蓄や独自の生産拠点もあるらしいけど、ここを維持するために第四界層の反転重力場を越えて輸送隊が来るのだから、普通の食事が出来るだけでも奇跡的なことでありがたい。



「カ、カイト、私が悪かったことはわかっているわ……つい、やってしまったの……。しっかりと冷やしておきなさい……。そ、その……本当にごめんなさい……」


「うん、大丈夫だよ。僕も寝惚けていたようで、気にしないで」


「ぐぬぬ……」

「ノウェムはどうした?」

「昨晩は一服もられたのだ! 我が昏睡している間に先を越されるとは……ええい、やむを得ぬ! 今晩は我と寝屋をともにしてもらおうぞ、主様っ!!」

「いや、一緒に寝ていたのは不可抗力で、ベッドは譲ったよ。ところで、何がどうしてリシィは僕の部屋に……」

「せっ、詮索無用っ! これは主命よっ!!」

「はいっ!?」


「ぐぬぬぅ、これは陰謀だ! 今晩は我が主様と寝ーるーんーだーっ!!」

「貴女は前に一度、は、は、裸で潜り込んでいたじゃないっ! ダメよっ!!」

「一度で満足するとでも思っておるのか!? おぬしだって今一度ふぐぅっ!?」



 リシィは腕を伸ばし、僕を挟んで反対側のノウェムの口を塞いだ。



「ふ、二人とも、僕を挟んでキャットファイトは……」


「ふふっ、お二人ともとても仲が良いですね」

「ですですっ、少し妬けますですっ」


「そんなことはないわ!」

「そんなことはないぞ!」


「あはっ、息ピッタリだね~」

「カカッ! 愉快痛快なり、仲良きことは美しき哉!」

「モグモグうまうーっ! カトーももっと食べろー!」



 迷宮を下層まで抜け、それでも朝食風景はいつも通りだ。


 目先の心配事のひとつ、いやふたつが消えたことで、久しぶりに穏やかな時間を過ごせている気がする。

 大きい机を、僕の左隣からリシィ、テュルケ、アディーテ、ベルク師匠、ルコ、サクラ、ノウェムの順に囲んで座り、暖かで緩やかな時間が流れている。


 この後、僕たちは少しの休息を取ってからラトレイアの主城を目指し、ルコだけサークロウス総議官に護衛をしてもらって地上に戻る。


 本当は、この風景がいつまでもずっと続けば良いんだけど……。



「カイくん、また眉間に皺が寄ってるよ~?」

「えっ、ああ……ごめん。久しぶりの平穏だなと思って」

「そうですね。特にカイトさんは、ここしばらくずっと張り詰めていましたから。心配していたんですよ?」

「ご、ごめん。人を相手にすることを考えて、どうしても気が立っていたのかも。それもとりあえずは一段落したから……」



 と言っても、信奉者はもう一人が残っている。

 情報がなく、一切の動向を掴めない最後の一人がどこかに……。

 不気味だな……ミラーのように勝手に目を覚まして欲しいけど、狙われるのは確実にリシィと神器だから楽観視は出来ない。



「カイトは良くやったわ。主として殊勲章のひとつでも与えたいけれど、い、今は褒めてあげるからそれで我慢しなさい」


「うん?」


「カ、カイト、あの……ご苦労さま」



 何でかはわからないけど、リシィは頬を赤く染めてまで褒めてくれた。


 いや、殊勲章よりも素晴らしいものを頂きました。頬を染めたリシィより相応しい勲章なんて他にあるだろうか? 否、あるわけがない。最高の勲章だ。



「主様、我も褒め称えるぞ! 勲章と言わず、言葉と言わず、我は我を主様の褒美として差し出そうではないか! どやぁっ!」

「あっ、貴女は直ぐそうやって! 良い加減にしなさいっ!!」


「やめて!? 僕を挟んで喧嘩はやめて!!」



 食事が終わるまで、皆の生暖かい視線に晒されながらの平穏は続いた。




 ―――




「どうもあの人に会うのは緊張するな……」


「ふふ、ルテリアでも並ぶ者のいない女傑ですからね。私も緊張します」

「サクラでも緊張する相手か……。リシィは王族だし、平気なのか?」


「いえ、緊張しているわ。サークロウス卿も、エスクラディエ騎士皇国の皇位継承権を持つ“皇女”だもの。私とも対等、それ以上ともなるわ」


「えっ!?」



 そうか……政治的なことは良くわからないけど、その辺りはリシィに任せれば良いんだろうか……。そもそも僕は庶民で、立場上はただの騎士なんだから。


 シュティーラ サークロウス、エスクラディエ騎士皇国からルテリア総議官を任せられている年若い女傑だ。今、僕たちは大百足ヘカトンケイル戦から一夜明け、彼女に呼び出された執務室の前まで来ている。

 内容は恐らく事後処理に関連するものだろうけど、“信奉者”となり得る僕個人のことや、“三位一体の偽神”の情報にまで至るのは間違いない……。



 ……ん?


 今、何か胸を過った……何だ、何か忘れていることがある……。


 偽神に関わる……夢……夢で見た“神器の記録”……神代の戦い……天翔ける船……グランディータ……墜ちた翠色の龍……リヴィルザル……“リヴィくん”。


 そうだ、忘れていたわけじゃない……思い出そうとさえすれば、胸の内に確かに残っている記憶はある。



 “機動強襲巡洋艦アルテリア”の乗組員たち……。


 彼らが奪還に向かったオービタルリング、【天の境界(アルスガル)】……。


 そして、彼らもまた脱落した“機械化工場ファクトリー”に特攻して墜落した……。


 “湖塔ルテリア”、あれは落着した“機動強襲巡洋艦アルテリア”だ。



 僕は覚えている。



 彼らはかつてこの空で戦い、確かに存在していた。

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