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プロローグ

 ――夢を見ていた。



 そうだ、僕はいつも何度となく夢を見ていたんだ。


 目を覚ますと忘れてしまう神器の見る夢、自分はあくまでも傍観者。

 だけど今回は違う、僕は現実と見紛うほどの息衝く世界の中に存在している。


 自分の手を見ると、何故か子供のように小さい。

 視線を落としたことで垂れ下がったのは青みがかった銀髪。

 鏡を探して視線を上げると、そこは自分の姿を悠長に確認していられるような安穏とした状況ではなかった。


 世界を認識すると同時に、多数の被害報告が耳に飛び込んでくる。



「第三艦橋通信途絶!! か、艦体より脱落しました!!」

「左舷弾幕薄い!! 火器管制システム(FCS)どうした、沈黙してるぞ!!」

「ダメージコントロール!? そんな、隔壁ごと食い(・・)千切られた(・・・・・)……!!」



 司令部、いや艦橋だ……今ここは戦闘の只中にあるんだ。


 近未来的な設備の整った内部では、目まぐるしく変化する状況を逐一報告する艦橋員たちの怒号が飛び交っていた。

 視線を巡らすと、直ぐ傍では艦長らしき初老の男性が、深く被った軍帽から鋭い視線を覗かせて正面の大型メインモニターを睨みつけている。


 彼が睨むのは艦橋の外、遥か彼方の日が沈む直前の紫色の夕焼け。

 そして夕陽を背にする巨大な龍と、それを攻撃する大艦隊だ。


 この艦は、この艦隊は空を飛んでいる。



「目標ガンマ、直上! 来ます!!」



 艦橋の天井越しに直接視認することの出来ない真上は、メインモニターに巨大なアギトを開くもう一体の龍の姿を映し出していた。


 空を覆い尽くす口腔は、深淵を覗き込む穴のようで底なしの恐怖を感じる。



「全砲門目標ガンマ、撃て!!」

「全砲門目標ガンマ!! 仰角合わせ、撃てぇっ!!」



 艦長が指示を出し、復唱する青年の号令と同時に対空砲火が撃ち上がった。

 艦橋からでは全てを見ることは出来ないけど、少なくとも前部にあるニ連装二基四門の主砲から、電光とともに尾を引く青光が撃ち出されている。


 だけど、数百、数千の艦隊が撃ち出す砲火は空を青く染めるほどにも関わらず、その殆どが巨大なアギトに飲まれて効果を及ぼしていない。

 

 その場にいる誰もが、空を覆い隠した真っ暗な虚を見上げ、息を呑んだ。



 ――ゴオオォォオオオオォォォォォォォォォォォォォォ……!!



 衝撃が艦を揺らす。接触したわけではない、巨体に押された空気が大気に波紋を広げたんだ。


 目の前で、その通り道にいた艦隊が、跡形もなく姿を消してしまった。



「そ、そんな……艦隊の被害多数!! 旗艦オルディエント信号途絶!!」

「バカな!! 旗艦級航宙母艦を丸飲みにしたというのか!?」



 青年が叫ぶ。だけど、それだけではなかった。


 巨大アギトが通り過ぎた後の衝撃と尻尾による薙ぎ払いで、多くの艦船が避けることも出来ずに轟沈してしまった。

 直撃を受けて空中で爆散するもの、艦体をへし折りながら墜落して行くもの、操舵が効かず味方を巻き添えにするもの、ここでは人の命があまりにも軽い。



「熱源感知!! また直上です!! まさか、これっ!?」

「ぬぅ!? 両舷前進一杯!! 焼き切れても構わん、振り切れ!!」



 艦長の指示で操舵手が艦を急加速させた。

 体にかかるGはそれほどでもないけど、同様に加速した周囲の艦隊を置き去りにするほどの速度は、目に見えてこの艦だけ他とは違うことを示している。


 何が始まったのか、空の遥か高みから青光の柱が幾筋も降り注ぎ始めた。


 地上に到達した青光は縦横無尽に大地を駆け巡り、岩盤ごと射線上のことごとくを薙ぎ払っていく。

 そして衝撃は艦内をも襲い、今の僕の小柄な体はベルトで固定されているにも関わらず、浮いて軋む骨が折れる前に椅子に叩きつけられてしまった。

 爆発、砕け散るモニター、突き刺さる鉄片、噴き出す炎は人を容赦なく焼く。


 まるで人の時代の終わりを告げるように、太陽はその身を沈めた。





 ――ビーッ! ビーッ! ビーッ! ビーッ!



「ぐっ……被害報告を……」



 返答する者はいない、警報だけが止まることなく鳴り続けている。

 艦橋では誰もが倒れ、赤く染めるのは赤色灯だけでなく人の血だ。鼻を突く何かの焼け焦げた臭いに吐きそうになるも、僕は何とか意識を取り戻した。


 墜落する艦は高度を下げ、艦橋の破孔越しに見える地上には絶えず青光が降り注いでいる。世界は、今ここで終焉を迎えてしまうのか……。


 だけど、一人、また一人と艦橋員たちは体を起こし始めた。

 出血する額を押さえ、折れた腕を抱え、互いを支え合って呻きながらも。


 満身創痍だけど、その瞳から光は消えていなかった。


 まだ、終わっていない。



「げほっ……右舷、後部隔壁が殆ど下りています。状況は……わかりません。第一エンジン反応なし、第二エンジン出力低下、落着まで……五分」

「予備エンジン始動、水平航行に移行します」

「弾薬庫にジェルが注入されたようです、実弾の使用不能」

「各部応答ありません。被害状況……戦闘行動不能と判断します」

「艦隊の損耗も四割を越えました。このままでは……」



 ゆるりと、これまで黙って状況を見守っていたが立ち上がった。

 背が低く子供なのは間違いない、それが何故こんなところにいるのか。



「ガドウ……すまぬ……。我もそろそろ限界のようじゃ。侵攻を阻むことすら出来ず、グランディータも奪還に上がったが、彼女一人では最早……」



 僕の……いや、の体が言葉とともに崩れている。

 淡い翠光を纏い、少しずつ指先から砂に変わっていくんだ。


 そんな彼を、先ほどから被害報告を上げていた一人の少女が抱き締めた。



「リヴィくん、最後までありがとう。墜ちる前に君だけでも逃げて……」


「子細ない、我はおぬしらに寄り添うと決めたのじゃ。この身が朽ち果てようとも、例え大地が滅びようとも、我が骸を苗床に草花を芽吹かせようぞ」


「リヴィくん……ごめんね……ごめんね……」



 少女は、少年を抱き締めながら嗚咽を漏らした。


 僕の知らない黒眼黒髪の少女は、“特徴のないことが特徴”のまるで地球人だ。

 それも日本人のような馴染んだ面影は、どこか懐かしさを感じてしまう。


 これは……この人たちは誰で、一体何と戦っているんだ。

 敵は龍……神龍? グランディータもいて、『リヴィ』……リヴィルザルか?

 神龍同士が戦っている? 何故? この戦いは、誰と誰が戦っているんだ?


 “神器の記録”……僕に、何を伝えようとしているんだ……。



「総員退艦」



 艦長が重々しく口を開いた。



「艦長……!?」

「これは命令だ。副長、わかっているな」

「……はい、総員退艦。繰り返す、総員退艦」



 艦内放送で命令が繰り返される。だけど、動こうとする者は誰もいない。

 沈黙が流れ、崩れ落ちる少年の体だけがまるで砂時計のように時を刻む。



「艦長、自分たちの意志は変わらないようです」

「お前たちには、残された人々を率いて欲しかったのだが……」

「大丈夫です。地上にはまだ多くの仲間が残ってますから」

「うむ……」



 そして、少年は体を引き摺りながらも艦橋の中央に歩み出た。



「カイン……ニル……ガドウ……皆……これでお別れじゃ、先に逝く……。出来れば、我を待ち惚けさせるほどに末永くを望むぞ……良いな」


「すまん……」

「リヴィくん……またいつか……」

「君が切り開いた道、自分たちが必ず……!」


「後は、頼んだぞ……」



 遠く離れた地で翠色の龍が落ちた。

 時を同じく、少年もその身を全て砂に変えて消えた。


 艦橋に舞い散る翠光が、彼らの傷を癒やし活力を与える。



「全艦、戦闘配置……!」

「全艦戦闘配置!!」



 意識が遠のく、僕自身の覚醒が近い。


 これはきっと少年の、神龍リヴィルザルの記憶だ。



 目が覚めたらまた忘れてしまうのだろうか、忘れたくない。



 僕は、かつて戦った彼らを、決して忘れたくない。





「機動強襲巡洋艦アルテリア、目標“アルスガル”の奪還。宇宙そらへ上がる」





 僕は、この戦いの結末を知っている――。

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