EX3 ルコ
久坂 灰人がこの世界に迷い込む三年ほど前、五十蔵 瑠子が自力で迷宮を脱出してからは二年。今、迷宮探索拠点都市ルテリアは、【鉄棺種】によるかつてない大規模な侵攻の只中に晒されていた。
「サクラちゃん、半分任せて良い?」
「はい! これくらいは退けてみせます!」
「じゃあ残りは斬っちゃうね! サクラちゃん、気を付けて!」
「お任せします! ルコさんもお気を付けください!」
料理中で野菜を切るかの如く気軽に交わされた会話は、だが実際は戦場のど真ん中で【鉄棺種】に対するためのものであった。
彼女たちが剣戟を交えているのは“騎兵”。騎士の上半身に馬の下半身を持つ、半人半馬ケンタウロス型の【鉄棺種】である。
全長十メートル、頭頂高九メートルの中型【鉄棺種】で、それが事もあろうに八体も迷宮より現出し今まさに探索区を蹂躙していた。
衛士隊は群れをなす針蜘蛛と砲兵の迎撃に専念し、編成された探索者の本隊は同時に現出した戦車二体に対し、いくら戦力を投入しようとも手が足りていない。
この異常事態に直面した行政府は、【鉄棺種】侵攻の際は本来外敵を警戒するはずの騎士団にも急遽出動を命じた。
だがそこに現れたのが、まだあどけなさの残る二人の少女だ。
若くして執行官となった俊才八城 桜 ファラウエアと、更に年若いにも関わらず探索者として“青き斬鉄の剣”と謳われる五十蔵 瑠子である。
「はああああああっ!!」
サクラの持つ【烙く深焔の鉄鎚】が、ルテリアの街中で爆炎を花開かせた。
打たれた騎兵どころか背後の建物まで衝撃で打ち砕かれ、発せられた熱は振るう傍から周囲を赤熱の中に溶かしてしまう。
遠巻きにする探索者たちは、加勢したくとも熱によって阻まれ近づけない。
桜散る異装の舞う舞台、灼熱の独擅場、彼女を目にする全ての者がこの時は観客にしかなれていなかった。
後に彼女が“騎兵殺し”、“焔獣の執行者”と畏敬を向けられる所以である。
「あはっ、ダメだよ~、探索区からは出さないよ! ほいっ!」
そして、何とも間の抜けた掛け声とともに、二体の騎兵が両断されてしまった。
他の探索者の中にもそれをなす者は少なからず存在するが、ここまで戦場と日常の区別なく気軽になしてしまう者は彼女くらいだろう。
“青き斬鉄の剣”――五十蔵 瑠子。
過去に存在することはなかった異常な力を持つ来訪者。
その異常性は正体が知れず、だがあまりにも有用であるため、ただ【鉄棺種】に対する切り札とする。それが行政府の彼女に対する判断であった。
神力で作り出された青光の大剣によって、今再び騎兵が両断される。
【鉄棺種】でさえ抗う術を持たず、遠近、攻撃も防御も卒なくこなすその青光は、他の探索者に加勢する機会さえ与えない。
探索者にとって、戦場とは己の命を懸ける場にしてまた稼ぎ場でもある。
そんな場所で、獲物を一方的に奪うのは反感を買いそうなものだが、しかし彼女に向けられる感情は憧憬ばかりで、否定的なものは少なかった。
本来、力を持たないはずの来訪者が振るう力は、それを見る人々に勇気や希望を与え、行き過ぎた憧憬は英雄を通り越し神格化した偶像にまで昇華する。
何より彼女は“正義の味方”だ。強きを挫き弱きを助く、そのどこまでも真っ直ぐに義をなそうとする姿勢は、娯楽の少ないこの世界においては“ヒーローアニメ”そのもの。老若男女を問わず熱狂し、彼女がなすことを物語として追い駆けた。
そう、人々にとって五十蔵 瑠子は、いつしか“正義の味方”となっていたのだ。
ファンクラブナンバー三番、ファンネーム“獅子王”は語る。
「ハッ、くダラん。来訪者如きを支持しタ覚えハナい。少し力ガアるくラいで、図に乗っタラ笑ってヤろうと思っタダけダ。メンバープレート? これハ貰っタダけダ」
噂によると、彼女の濡羽色の髪と青色のメッシュを隊旗とした親衛隊まで存在するらしく、その戦力は衛士隊に匹敵するとまで言われている。
ルコが迷宮を抜け、ルテリアで過ごすようになってから既に二年、その異常性を探ろうとする者も同郷の一人をおいて他にはいない。
その力は何か、どこで手に入れ何のために使うのか、この時はまだ誰も真の意味に気付くことはなかった。
――神器を破壊するための力。
――龍血の姫を殺さんとする者。
だがしかし、その何者かによる企ては、一人の青年と彼に助言を与えた白銀龍によって阻まれることとなる。
少女は告げる、『それは世界を滅ぼさんとする【神魔の禍つ器】だから』と。
嘘か真か、その真意は今だ【重積層迷宮都市ラトレイア】の深淵に――。
―――
「ふぅ~、終わったね~」
「はい、少し力の加減を間違えてしまいました」
「あはっ、サクラちゃん自分も焦げてるよ~」
「【烙く深焔の鉄鎚】の扱いにまだ慣れていなくて、これではエリッセに怒られてしまいます……」
「私もちょっとやり過ぎちゃったから、一緒に怒られてあげる! これなら半分こだよ!」
「ふふっ、ありがとうございます、ルコさん」
今よりも年若い少女たちが、融解し両断された騎兵の残骸の中で笑う。
赤紫色に燃える夕陽は眩しく、二人のまだあどけない笑顔を照らしていた。
世界は今も昔も変わらない。
大断崖の際で、何かがこぼれ落ちる時の流れとともに人は歩む。
誰も気付かない、失われる青い光に誰もが気付かない。
全てをすくい上げようとする、一人の青年が訪れるまでは。
「サクラちゃん、帰りに鳳翔寄ろうよ。ユキコさんのご飯食べたくなっちゃった」
「はい、構いませんよ。私もようやく厨房に立つことを許されたので、ルコさんのために何か作りますね!」
「あはっ、それは楽しみだな~」
色気よりも食い気、戦場よりも食事処、今はまだそれで良い。