幕間六 神魔相反し世界をひとつとする
「ふんふふんふふ~ん♪ 今日は主様とでぇと~♪ 嬉しい嬉しいでぇと~♪」
「ノウェム、嬉しいのはわかるけど、心の声が駄々漏れだよ」
「何を言うか、我はどこぞのやさぐれ姫よりも心の内は素直に表すぞ」
「そ、そうなんだよ、後で埋め合わせしないと……」
「くふふ、もっと楽に生きれば良いものをーーーーっ!」
「ど、どうしたんだ? 急にそんな大声を出して?」
「なに、小竜が飛び交う季節になったなと」
「え、どこに飛んでいる? 是非とも見たい」
「主様は主様で、ある意味では気軽よな……」
今日は主様と二人きりででぇとに来ておる。
主様によって“大百足”と名づけられた墓守を討滅してから三日、未だにこの地は日夜復旧に明け暮れ、楽しめる雰囲気ではないが仕方あるまい。
ここしばらく、四六時中難しい顔をしていた主様の険がようやく和らいだのだ、労いも兼ねるには良い機会であろう。それでなくとも、主様は自ら困難に踏み入るのだから、この機を逃したらその心も枯れ果ててしまうというものよ。
くふふ、我もなかなかに良く出来た妻ではないか。
「一応、屋台は出ているみたいだな。ノウェム、何か食べる?」
「甘いもの! 甘いものを所望する!!」
「それはあるかな?」
この界層自体が巨大な街ではあるが、当然この第三拠点の内部も複雑な立体構造の街となっておる。
狭い路地に軒を連ねる屋台は、探索者を相手にするためか見るだけで胸焼けのする重いものばかり。だが我の嗅覚は、ここに甘いものがあることを察知しておる。
ふむ……確かに甘い良い香りだ。天の宮では決して食せぬ未知の味覚……。
「あれ、これはおしるこ?」
「ヘイヘイッ! お兄さん、“オシルコォ”知ってるんかいっ!? あんた通だよんっ! ユキコ印のオシルコォ、今なら二人分お安くしとくよんっ!」
「ユキコ印!? あの人、こんなところまで……」
「主様……その茶色、黒? 何やら不気味な様だが……食い物か?」
「うん、僕の国の甘味だよ。美味しいから食べてみようか」
主様はそう言うと、妙に派手な全身が虹色の女性店員と言葉を交わす。
奇妙な店員と珍妙な甘味、匂いは確かに先ほどから感じていた甘みだが……。
「はい、熱いから良く冷ましてな」
「そこは主様が冷ましてくれるのではないか? 我とて一応は姫だぞ」
「ああ、王族は先に毒味役が念入りに確認するから、冷めてしまったものしか食べられないとか言うあれ?」
「……主様は、時折想定の斜め上に突き抜けた思考をするよな? だから乙女心がわからぬと、辛辣な評価を下されるのだぞ?」
「ぐふっ、ごめんなさい!!」
だがそれもまた、我の主様を気に入るところでもあるのだが……。
皆が主様を評価して言う“仕方がない人”とは、言い得て実に深きものよ。
我の願いに律儀に息を吹きかけ冷ましておる辺り、本当に仕方がない人だ。
「ノウェム、冷ましたよ。この白いのは“おもち”と言って、良く噛まないと喉に詰まるから気を付けて」
「くふふ、悪くない。気を付けよう」
主様が差し出したスプーンの上には、赤茶色の液体に浮かんだ白い玉が乗っておる。“オモチ”とは……卵ではないな、何とも面妖な我の知らぬ食材だ。
……
…………
………………
……ええいっ、考えていても埒が明かぬ! ままよ!
ぱくりっ! もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ……ごくりんこ。
「どうだ?」
「はふぁ、あまぁいのぉ……はふぅ……」
こ、これほどに我を驚かせる甘味がかつてあっただろうか。いや、ない。
まずはこの汁……そのくどくない上品な甘みは、見かけからでは決して想像の出来ぬ自然の甘さだ。これは、豆……か? 豆にこのような甘い味付けをし、こうもとろみまで付けるとは……何という魔の発想であろうか。
そしてこの“オモチ”。最初こそその弾力に驚くが、これまた噛めば噛むほどに甘みが増し、口の中に張りつく食感はまるで頬までオモチになってしまったかのようだ。
汁を魔の所業とするならば、この神々しいばかりのオモチの白さ、これは神々の食べ物に相違あるまい。神族である我が知らぬ、真なる神が与えし食材……。
そしてこの二つが合わさった時の調和……これはまさか……。
「これは神と魔、相反する存在をひとつにした世界そのものの凝縮か! 何という恐れを知らぬ所業……これでは、神も魔も関係なく手を取り合ってしまうではないか! いや、これをもってして最終戦争とは起きるのやも知れぬ。それほどの至極究極、極上の甘味!! 褒めて遣わすぞ、カイト、屋台の娘!!」
「何を言ってるの!?」
「やあー、お嬢ちゃん通だねえっ! その気持ちわかるよんっ、お陰であちしは探索者から転職しちゃったぐらいだよんっ!」
「人生を変えられるほど!?」
「うぬぅ……主様っ、待ち切れぬっ! 早くっ! 早くっ!」
「え、ああ、気に入ったのなら良かった。喉に詰まらせないようにね。フーフー」
いや、実に恐ろしきは世の理か。
もし地上で主様とでぇとに出ていたならば、このオシルコォとやらには出会うこともなかったかも知れない。
信あればこそ如何ようにも堪え、報いがこれであるなら我は他に何も要るまい。
ローウェにも感謝を伝えたいな、今の我は幸せであると。
「はい、ノウェム」
「もぐぅ、んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ……はふぁ、あまぁ~いのぉ~」
主様とのでぇと……少しばかり惜しい気もするが、仕方あるまい。
本人たちの前では言えぬが、我は彼の者たちも良く思っておるのでな……。
我が視線を向けたことで慌て隠れたようだが、残念にも尻尾が見えておるぞ。
我が建物の陰に隠れた彼の者たちの傍に転移し、小竜を見上げると、面白いほどに慌てふためき逃げ場を探しておるようだ。
「おや、このような場所で奇遇だな。リシィお姉ちゃんたちもどうだ? 甘いぞ?」
「なっ、ななっ、べべべ別に隠れて様子を……はっ!? ほ、本当に奇遇ねっ! そ、それならっ、ご相伴に与ろうかしらっ」
「リシィ!? みんなも、何しているんだ?」
くふふ、我の目を誤魔化せるとでも思うておったのであろうか。
リシィ、サクラ、テュルケ、ルコが、後をつけておることは気が付いておった。
今は我も機嫌が良い、でぇとを中途にしても皆とオシルコォを堪能したい。
これを理由に、今一度でぇとを取り付ける算段も出来ておる。問題はない。
本当に面白可笑しき家族たちよ、我は真に果報者だ。
「さあ、皆も食すが良い。主様の奢りだぞ。くふふふふ」
物語の時間軸は多少前後し、第四章は第三章終了の日の翌朝から始まります。