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第九十話 慌しかった日々の終わりに

第三章の終了につき、いつもより文字数が多くなっております。

 第三拠点に渡り、門を護り続けて既に一時間が経過していた。


 周囲の構造は建物で四方を囲まれた枡形門ますがたもん。第一門を通るとL字型の道があり、第ニ門に辿り着く前に周囲の建物から迎撃を受ける防御構造だ。

 ただ、もう上部の機関砲は破壊されて建物も崩れ、僕たちは枡形門の内部で数人の衛士たちと第ニ門を死守し続けていた。


 門が破壊されれば、針蜘蛛スプリガンが拠点内部にまで雪崩込むだろう。



「リシィ、体力は大丈夫か?」

「今はまだ大丈夫よ。針蜘蛛が相手なら消耗は少ないもの」

「ああ、壊すのは触角だけで良いから、そのままの調子で頼む」


「ええ、光盾も被弾箇所だけ強化すれば、以前の何倍も保つようになったわ」

局所的ピンポイント防御か! なるほど、リシィには驚かされるばかりだな」

「ほ、褒めたって何も出ないんだからっ」



 ――ドンッ!



 第一門の外では、侵入しようとした針蜘蛛が爆散した。


 内は僕たちが護り、外からはミラーの狙撃が針蜘蛛の数を減らしている。

 彼は何発か発砲するたびに移動しているようで、それだけに頼ることが出来ないのは仕方ない。狙撃手とはそういうものだ。


 サクラとアリーと別れてから一時間、もう辿り着いているはずだけど……止まらない針蜘蛛の侵攻は、まだ阻塞気球スプリガンネストの制圧が出来ていないことを示す。


 今の状況は酷くもどかしい、待つだけは性分じゃない。


 どうか、二人とも無事で……。



 ――ギチギチギチギチギチギチギチギチ



 だけど願いも虚しく、二体の“大百足”が歪な足音を立て壁面を削りながら、門と建物を越えて姿を現した。



「うえぇっ、気持ち悪いですぅっ!」



 テュルケの気持ちも良くわかる。大百足の体は膨れ上がった“肉”で覆われ、SF映画やゲームの世界に出て来る異星モンスターの異貌となっているんだ。


 醜悪な姿は脆い針蜘蛛にとって生体装甲の役割を果たすのか、機関砲の砲弾も目立った損害を与えていないように思える。



「醜いわ……墓守とは一体何なの……!」

「今は構うな! 生体組織ごと掃滅し尽くすんだ!」


「金光をもって驟雨となり穿て! 滅しなさい!!」



 リシィの放った金光の雨が二体の大百足に降り注いだ。

 だけど、巨体を覆う“肉”が蠕動し、その表面で金光は霧散してしまっている。


 このタイミングで来たか、対龍血の姫を想定した変異墓守……リシィを狙うのなら、いずれ対策を施されて来るとは想定していた……!


 リシィの力が効かないのなら……僕がやるしか……。



「リシ……」



 僕が動き出そうとしたその時、大百足の口から鉄針が放出された。

 それは針蜘蛛の鉄針よりも、人の髪の毛よりも細そうで、避けられる場所もなく圧倒的密度と勢いで僕たちの頭上に降り注ぐ。



「きゃああああああああああっ!!」

「姫さまああああああああっ!!」



 これは最早、針ではなく質量を持ったブレス……“ニードルブレス”だ。

 光盾で辛うじて凌いではいるけど、リシィから吸い上げられる金光は激流となり、拠点の構造物が凄まじい勢いで削れている。

 徐々に削れる床は周囲が陥没し、このままでは足場まで崩壊してしまう。


 まずい……!



「リシィ、テュルケ、一度拠点内に退避だ!!」

「え、ええ……うくっ、けれど動けない……。カイト、私を……」



 だけど、僕たちが行動を起こす前に、もう一体の大百足が機先を制した。

 回り込まれて第ニ門は破壊され、完全に退路を断たれてしまったんだ。



「逃げられませんですっ!!」

「ここで仕留めるつもりか……!!」


「カイト……テュルケを連れて逃げなさい……! 狙われているのは私なんだから、それなら私が引きつけるわ……!」


「リシィ、ダメだ!! 僕も一緒に何とかする!!」

「ですです!! 私もお供しますですっ!!」



 そう、僕は覚悟を決めた。


 失う覚悟ではなく、失わない覚悟を。


 皆を、リシィを、何者からも守り抜くと。



「おおおおっ!! 青光よ、力を貸せぇっ!!」



 僕は力の限りに叫び、右腕の神器からは青炎が噴き上がる。

 この力は果たして破魔となるか、禍神を討つだけの神威を持つか。

 人の身で人ならざる存在に挑むなんて無謀過ぎる、それはわかっている。


 だけど、そんなのは関係ない!!



「決して諦めるものか!!」







「ぬぅぅぅぅぅぅんっ!! 秘奥義【雷號紫電衝らいごうしでんしょう】!!」



 僕が討って出ようとした瞬間、大百足を極太の迅雷が駆け巡った。

 視界を紫一色に染め上げた雷は、大百足の長い巨体を黒炭に変え、それとともに僕たちに降り注ぐニードルブレスも止む。


 この紫電は……まさか……!!



「アウーッ! まっくろ黒焦げは美味しくないーーーーっ!!」



 更には、どこからか降って来た紫色のパーカー少女が、大百足の頭部に長柄のつるはしを叩きつけ、その黒ずんた巨体の節を次々と破裂してしまった。


 もう間違いない、彼らは……!!



「死地に在りながら諦めぬ境地や見事!! ならばこの剛刃を振るうに値する!! サークロウスが剣を見届けよ!! 血界燼滅、一ノ太刀【火殫烈刃かたんれつじん】!!」



 何が起きたのかはわからなかった。聞き覚えのない女性の声とともに、もう一体の大百足も真っ二つになったんだ。斬り口は赤く融解し、曲がりくねった全ての節が皆一様に左右に断たれてしまっている。


 埒外の力……こんな戦力がまだあるなんて、一体どこから……。


 時を同じくして、拠点を襲っていた全ての針蜘蛛が停止した。

 壁面を這い回っていたものは奈落の底へ落下して行く。


 サクラたちが阻塞気球の制御に成功したんだ……。



「これは驚くべき事態、ご無事であられるか」

「アウゥゥ……お肉まっくろー……」

「お、おお、すまん。この状況故に加減も出来なんだ」


「ベルク師匠……? アディーテ……?」

「久しいなカイト殿。床を抜け出し、直ぐに後を追い駆け正解であった」

「アウーッ! 大変だったなー、イトーッ!」

「僕はカイトだよ。相変わらずだね」



 戦闘の残骸を避け、第一門から入って来たのはベルク師匠とアディーテだった。

 頼りになる仲間が駆けつけてくれたことで、安堵するとともに疲労が重く肩に伸し掛かり、涙腺まで少し緩んでしまう。



「姫君、テュルケ殿もご無事で何より」

「え、ええ、驚いた……。感謝するわ、ガーモッド卿、アディーテ」

「はふぅ……ベルクさん、アディーテさん、助かりましたですぅ」


「ん……カイト、どうしたの? 泣いているの?」

「い、いやっ! 針が目に入っただけだよ!?」

「えっ!?」



 我ながら酷い言い訳だ……。



「貴様がカイト クサカか。窮地に陥りながら尚も諦めないその心意気に、私も久しく胸が熱くなった、礼を言うぞ」


「え……あ、ありがとうございます。貴女は……?」



 遅れて姿を現したのは、剛胆な物言いの割にはうら若い印象の女性だ。

 驚くほどに全身が赤く、この青い景観の中では異彩で目立って仕方ない。



「エスクラディエ騎士皇国代表、ルテリア総議官、名はシュティーラ サークロウス。貴様のことはツルギから良く聞いている。此度の戦、その心根、見事であった」



 “総議官”……行政府で一番上の役職!? 何でそんな人がここに!?



「じっ、自分はカイト クサカと申します! 光栄に思います!」


「ふっ、ツルギと違い初い反応だ。して、そちらがテレイーズの姫君か。拝謁に賜り、恐悦至極に存じ上げる」



 リシィにも引けを取らない騎士の礼は、まさに真紅の騎士の様。

 その存在感に、リシィをもってしても若干腰が引けてしまっているようだ。

 テュルケに至っては、既に体を硬直させて蛇に睨まれた蛙状態になっている。



「私はリシィティアレルナ ルン テレイーズ。感謝するわ、サークロウス卿」



 両者の礼も簡単に、彼女は僕たちを一瞥した後で拠点を仰いだ。



「サークロウスの名において、ここに戦闘の終結を宣言する! 皆、勝どきの声を上げよ!!」



 しばらくの静寂。窓から砲座から瓦礫の合間から、こちらの様子を伺っていた拠点の人々が顔を見合わせている。

 やがて、ようやく戦闘が終わったことに実感を持てたのか、一人、二人と声を上げ始め、いつもの凱旋歌が高らかに廃城街に響き渡った。


 確かに、戦闘の終結はどうしたって実感が持てない。

 何度経験しても、いつだって『終わったのか……?』と疑問に思う。


 本当に終わったんだ。




 ―――




 結局、その後は只々慌ただしかった。


 拠点の被害状況の確認や怪我人の手当て、構造的に分断された区画もあり、救助のために人々は一丸となって走り回った。

 サークロウスさんが纏めてくれたお陰で、混乱もなく迅速にありとあらゆる手配はされたけど、彼女はとにかく人使いが荒いんだ。


 彼女の計らいで、拠点で一番良い部屋を宿として充てがわれた頃には、もう深夜も回って体はとうに限界を越えていた。

 室内はやけに豪奢で、リシィたちは別の部屋だから、広い部屋に僕だけが一人で実に落ち着かない。


 アリーはお咎めなんだろう、サークロウスさんに連れて行かれた。

 アリーは戦闘終結の後で、阻塞気球を無理繰りして防護壁の穴をその巨体で塞ぎ、やってしまったことに対する責任は果たした。

 被害を考えたらそれでも許されないだろうけど、彼女も偽神に干渉されていたことである意味では被害者なんだから、叙情酌量の余地はあるはずだ。


 僕からも罰を軽くしてもらえるよう、後で陳情しに行こう。



「ふあぁ……何にしても久しぶりのベッドだ。しばらくはゆっくりと……」


「あの、カイト……」


「ギャーーーーッ!?」

「キャッ!?」


「……え、リシィ? どうかした? ここは……僕の部屋だよね?」

「そうよ! そんなに驚かなくても良いじゃない! こっちまで驚いたわ!」

「ご、ごめん、部屋に入って来たことも気が付かなくて……」



 僕の寝転がるベッド脇に、いつの間にかリシィが立っていて驚いてしまった。



「扉を叩いても反応がないんだもの。寝ていると思って静かに入ったの」

「ああ……今日のことについて色々と考え込んでいたんだ」



 時計を見ると、時刻はもう深夜二時を過ぎている。

 明らかに女性が一人で男の部屋に訪れる時間じゃない。



「こんな夜更けに何かあった? 僕ももう寝るよ?」

「ええ……あの、その……えと、言い難いのだけれど……」



 何だろう……良く見ると、リシィは何故か枕を抱えている。

 青いネグリジェに薄手のストールと、寝る用意は出来ているようだ。

 どこか言い難そうに唇を震わせ、俯いていることから瞳の色は見えない。


 しばらくして意を決したのか、彼女は顔を上げて僕を真正面から見た。


 その瞳の色は、金色……!?



「……ん、んんっ! わ、私にベッドを貸しなさい! これは主命よ!!」



 ……


 …………


 ………………


 ……!?!!?



 僕はこの日、前触れもなく意識を天に召されることとなった。

これにて第三章の本編終了となります。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございます。


ブックマーク、評価、全てのご覧いただけた皆様に心よりの感謝を。


続いて幕間を二つ、EX小話を一つ、カイトとルコの人物紹介を投稿します。


第四章ではいよいよラトレイア王城に足を踏み入れ、これまで重ねて来た伏線のいくつかを回収しますので、お楽しみいただけたら幸いです。

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