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第八十九話 ただ正しく在るために

 下層第三拠点“シェハイム”――そこは第五界層の上端に位置する、廃城街をそのまま活用した拠点だ。

 界層の天井に吊り下がる構造のため、下方に防護壁を集中配置することで墓守の侵入を防いでいるらしい。


 その下層探索の最重要拠点が、今まさに戦闘の只中にあった。


 僕たちは急いで直線の壁路を上り切り、重力が水平に戻ったところで第三拠点シェハイムを目にする。

 そこは幅数十メートルに及ぶ切り立った崖の向こう側で、対岸では必死に応戦する衛士隊と探索者たち、拠点を巻くように取りつく“大百足”の姿があった。



「あれは見たことがありません、未確認の墓守でしょうか」

「いや、あれは……針蜘蛛スプリガンだ。数十、数百の針蜘蛛が連なっているんだ」

「拠点に近過ぎる。こちら側から迂闊に狙うと味方に当たってしまうわ」

「うえぇ、脚がいっぱいで気持ち悪いですぅ」



 “大百足”は長さの割に胴体が細く、良く良く見るとその節のひとつひとつが針蜘蛛で出来ていることは直ぐにわかった。

 拠点の大きさは逆さになったちょっとした山で、それに巻きついているのだから、その数は下手をしたら四桁にまで及ぶかも知れない。


 針蜘蛛は今も拠点の真下、半ば破壊された防護壁から雪崩込んでいる。

 あれがアリーに壊された防護壁か……修復のために足場が組まれているものの、当然それでは侵入しようとする墓守を防げない。



「アリー、針蜘蛛を全部は流石に無理か?」

「無理、と言うより針蜘蛛は一体だけでも操れないワ」

「はっ、そうか、抑えないといけないのは阻塞気球スプリガンネストか……!」



 アリーの表情は浮かない。正気に戻ったことで、自分がしでかした事態を目の当たりにしたんだ。これは恐らくは彼女の罪となる、だからこそ今ここでその憂いを少しでも和らげる結末に導かなければならない。


 第三拠点を体を張って真に護るべきはアリーなんだ。


 廃城街ラトレイアは密集して空間の少ない重積層都市で、内部を動けるのは精々中型の墓守まで。正騎士ロードナイトの大きさで稀にある大路が限界のはず。

 全長三十メートルを超える阻塞気球なら尚更で、ならそれを発見、制圧することが優先目標となる。



「サクラ、ここに阻塞気球の入り込めるような空間はあるか?」

「あります。主城に向かう直線大通りが唯一の広大な空間です」

「場所は?」

「私が全力で走れば一時間ほどです」

「遠いな、時間稼ぎが必要だ……」



 それに阻塞気球が必ずそこに存在するとも限らない。

 だけど、拠点にこれ以上の損害が出る前にやるしかない。



「アリー、阻塞気球を抑えるんだ。この落とし前は自分でつけてもらう」


「わかってるワ。やらなけれバ、アリーはこの世界の人々に顔向け出来なイ……」


「良し、サクラは案内を頼む」

「はい、お連れします!」



 サクラはアリーを背負って走り出した。

 反転重力場を物ともせず、建物の間を飛び降りて行く。


 この状況は、始めて阻塞気球と遭遇した時と似ている……だけど、今はベルク師匠がいない。あの時のような油断は、今度こそ誰かを失うことになる。


 ノウェムもテュルケもルコも、誰一人として傷つけさせやしない。


 僕がこの拳をもって、皆とリシィを護るんだ。



「ミラー、墓守に認識阻害は通じるのか?」

「無理でゴザル。拙者の能力は光学迷彩とは違うでゴザル故」


「だよな……その背中のケースは対物ライフルだよな?」

「“M107”、アンチマテリアルライフル、バレットM82A3にゴザル」

「そ、そうか、敵じゃなくて本当に良かったよ……」


「お礼はサクラサンにゴザル!」

「ああ、そうしよう」



 詳しい諸元はわからないけど、大口径弾を使用する、全長が丁度テュルケの身長と同じくらいの対物狙撃銃。針蜘蛛が相手なら不足はないだろう。



「僕はそいつの運用法を知らない。崖のこちら側から、針蜘蛛に独自の攻撃を仕掛けてもらっても良いか?」


「オーケー! サクラサンのために、このバディをバレットとするでゴザル!」



 そう言って、ミラーは更に建物を上って行った。



「後は拠点に渡りたいんだけど……」

「それは我に任せてもらおうか、この程度の崖はひとっ飛びだ」



 拠点に入るためには橋を渡る必要があり、その橋が今は繋がっていない。

 伸縮式の稼働橋だろう。渡ったところで門も閉じているけど、通用門が見えるのであそこから内部に入ることは出来そうだ。


 門は単体の針蜘蛛が数体群がっているため、まずはそいつらから倒す。



「ノウェム、任せた。気を付けてな」

「くふふ、主様の役に立てるのは至極嬉しいな」



 ノウェムは嬉しそうに笑って転移陣に消え、次の瞬間には遠く離れた拠点の窓から内部に入るところを確認出来た。

 突然現れたセーラム高等光翼種に、窓から槍で突いていた衛士たちが驚いているけど、彼女の存在は彼らにとって何よりの士気向上になるだろう。


 それに、ここには“龍血の姫”までいるんだ。



「リシィ、今回はベルク師匠がいない。光矢と光盾、攻撃と防御を同時に担ってもらう必要がある。大丈夫か?」


「ええ、私もカイトを習って鍛錬を欠かしてないもの。何てことはないわ!」


「流石は僕の姫さまだ」

「んっ!? だ、だからあまり茶化さないで!」

「本気なんだけどな……?」



 何だかリシィは、怒っているような戸惑っているようなとても複雑な表情をしているけど、僕はどんな表情でも嬉しかった。

 偽りなく感情を表に出せるのは人にとっての救いだから、限りなく無表情だった頃に比べて今の彼女は生き生きとしている。


 僕はそれが何よりも嬉しいんだ。



「テュルケ、僕と一緒にリシィとルコの防御に専念する。まずは時間を稼ぐことを優先事項とし、無理だけは決してしないこと」


「はいです! お任せ下さいですです!」



 一通り皆の役割を決めたところで、ルコが僕の袖を掴んだ。



「カイくん、私は、戦い方を知って……いた……?」



 ルコは戦場を目の前に混乱しているようだ。

 無理もない、つい数日前まではあれをどうにか出来るほどの力を持っていた。

 それが突然、力を奪われて記憶まで失い、それでもやはりどこかで無自覚に覚えているのかも知れない。


 探索者として、戦士としての体に染み込んだ部分か……現実と認識のズレを埋めなければ、それはきっと大きな心のヒビ割れとなる。


 そしてその先は……。



「ルコには、一番大事な役割がある」

「えっ……私は何も出来ないよ? 多分……あれ……?」


「今は考えなくても良い、その役割は一番辛いものを見ることになるんだから。それは必ず、人の弱さと世の不条理を見ることになる、とても辛いことなんだ。それでも……やるか?」


「う、うん、良くわからないけど……やる。“正義の味方(ヒーロー)”は決して挫けないんだよ!」


「良し、拠点に入ったら怪我人の救助と手当てだ」

「え、それだけ……?」


「『それだけ』じゃない。戦場の際とは、目を背けたくなるものばかりがそこら中に転がる。それを支えるためには、全てを見据える覚悟と、誰かのために自らを投げ出す自己犠牲まで必要になるんだ。『それだけ』じゃ、決して終わらないよ」


「そ、そっか、そうだね……それでも私はやるよ! 一人残らず助けに行く!」

「その意気だ。ルコの笑顔で怪我人全員に安心をあげよう」

「うん!」



 今はこれで良い……酷く厳しいことを言っている自覚はある。

 戦場の際がどんなものかわかっていて彼女をそこに誘う……僕は残酷だ。


 だけど、僕の知るルコの真の強さは、青光の力なんてなくとも最初から彼女の内にあるものだ。


 僕は、彼女の“正義の味方(あるがまま)”を誰よりも信じる。



 そうして、ほどなくして橋が動き始めた。

 拠点側から伸び始めた橋は、数分の内に僕たちのいる場所に接岸するけど、針蜘蛛にも動きを察知されたようで、数体がこちらに体を向けた。



「みんな、まずは渡り切るぞ! リシィ!」


「ええ! 金光をもって驟雨となり穿て!」


「なっ……!?」



 光剣に続き、またしてもリシィによる想定外が目の前で行われた。


 放たれた極太の金光の塊が、橋に群がる針蜘蛛の真上に到達して弾けたんだ。金光は雨となり、まるで巨鷲フレースヴェルグのガトリング砲のように上から降り注ぐ。



「これは……巨鷲から発想を得たのか?」


「ええ、おかげさまで。大群を相手にする時は一体一体を狙うよりも、辺り一面に降り注がせたほうが有効だと気が付いたの」


「姫さま、凄いですです!」

「わあ、綺麗だね!」



 そうか……! 僕もこの一手でようやく気が付いたけど、ゲームに出て来る多くの“スキル”を応用すれば、リシィ一人でも戦術の幅は一気に広がるじゃないか。


 僕は彼女の負担を慮るばかりで、そこまでは考えが及ばなかった。



「は、ははっ! やっぱりリシィは最高だ! 僕の最高の姫さまだよ!!」


「な、なにゃっ!? きゅ、急に褒めたって……お返しを期待しないでよねっ!」


「いや、僕の素直な感想だよ。リシィはそのまま僕の前を歩んで欲しい!」


「ん……え、ええ、主としては当然ね。変なカイト?」



 金光の雨は周辺を明るく照らし、拠点を防衛する人々の目にも届いた。

 増援の、それも針蜘蛛の群れを薙ぎ払う戦力の登場に誰もが歓喜に湧く。


 僕たちは、大百足が鎌首をもたげる崖に一歩を踏み出した。

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