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異世界転生―ヴァンパイアの秘密―  作者: Futahiro Tada


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4/13

異世界転生―ヴァンパイアの秘密―

 着替えを済ませたアレフが教室から出てきた。

 翡翠が無くなっていることに気付いたのだろう。青白い顔をしている。

 キョロキョロとあたりを見渡して、俺がいる階段の方に進んできた。

 ちょうど良い。

 俺は影からこっそり抜け出し、アレフの前に顔を出す。

「おい。アレフ!」

「あぁ。執事さん。実は……」

「分かってる。翡翠が盗まれたんだろ」

「そうです。犯人は見ていましたか?」

「実はそのことで話があるんだが、静かな場所はないか? ここだと他の生徒に見つかるかもしれない。ほら、俺執事服を着ているから目立つだろ……」

「分かりました。庭園へ行きましょう。今の時間ならあまり人はいないはずですから」

 校内に庭園がある時点で、かなりのお金持ち学校だということが分かる。

 キレイなバラやユリが咲き乱れる庭園は、贅沢の極みとも言える。

 庭園には、点々とベンチが設置されており、数名の生徒がいたが、アレフの言うとおりあまり人はいない。まだ、授業と授業の合間の休み時間だから、人が少ないのかもしれない。昼休みとかがあれば、話は変わってくるかもしれないが……。

 ベンチに座る俺とアレフ。

 俺はスマホを取り出し、先ほど撮った動画をアレフに見せた。

 アレフは当然だけど、スマホなんて器具を知らない。だから、たいそう驚いていた。

「すごい。マジックアイテムですか?」

 と、アレフは言った。

「まぁ、そんな感じ。でも今話すのはそれじゃない。映っている人に着目してくれ」

 動画には、翡翠を手に取るシリルの姿がある。

 その映像を、ただ唖然としながらアレフは見つめている。

「シ、シリルさんが……。そ、そんな馬鹿な」

「そんな馬鹿なことが実際に起きたんだよ。確かに翡翠を盗ったのはシリルだ。だけど、どうしてだろう? 盗むような真似をする子じゃないのに」

「僕もそう思います。きっと何か理由があるんですよ」

「理由か……」

 とはいうものの、都合の良い理由など思い浮かばない。

 例えどんな理由があったにせよ、人の物を盗るのはいけない。

「話を聞いてみましょう」

「あぁ、そうなんだけど、なんて聞けば良いのか。こういうのってシビアな問題だろ。だから、聞く方にも覚悟がいるよな」

「執事さん。シリルさんの気持ちを確かめてください。お願いします」

「え? 俺が聞くの?」

「他に誰がいますか……」

「アレフがいるじゃないか」

「僕はダメです。何しろ、シリルさんとは話した経験がないんですから」

「え、そうなの。じゃあどうして、そこまでシリルに親身になってくれるんだ?」

 すると、アレフは恥ずかしそうに顔を背けた。

 白い肌にスッと朱が入る。

 その姿を見て、俺は何となく察した――。

 アレフはきっと、シリルが好きなんだ。だから、こうして心配している。

 自分で話すのが一番良いのだろうけれど、それができない性格なんだ……。

「ぼ、僕はシリルさんを信じています。きっと何か秘密があるに決まっていますよ」

「俺だってそう思いたいよ。だけど、この証拠があるんじゃ、なかなか難しいな……」

「とにかく話を聞いてみてくださいよ。お願いします。翡翠はあげても良いですから」

「でも、高いんだろ。取り返すよ」

「シリルさんはきっと必要だから、盗ったんです。いえ、盗ったんじゃない。あくまで借りただけだ」

「そうは言うけどさ。いくら秘密があったって盗むのはまずいよ。犯罪だからな」

「執事さん。お願いです。シリルさんはきっと悪魔に取り憑かれているんですよ。何とかしてあげてください」

 必死に懇願するアレフを見ていると、協力したい気持ちになる。

 乗り掛かった舟だ。今更降りるつもりはないけれど、面倒な問題だな。

 とにかく今できるのはシリルに話を聞くことだろう。それくらいしかできない。

「今日、屋敷に戻ったら話を聞いてみる。何かあれば伝えるけど、どこに連絡したら良い?」

 俺がそう言うと、アレフは真剣な眼差しを向けながら、

「明日、また学校へ来てもらえませんか? 衛兵には話を通しておきますから、明日の夜十二時にこの庭園で落ち合いましょう」

 夜の闇が下りた庭園で、俺はアレフと再会を約束した――。


 馬に乗り、アウグスト家へ戻る。

 かなり時間がかかってしまったが、クロードは特に何も言わなかった。

 四姉妹の内、長女のイリザ以外は皆、学校へ行っているようで、まだ誰でも帰宅していない。

 イリザはいるようであった。

 見た目の印象からはまだ学生であってもおかしくはないのだけど、別の理由があるのかもしれない。

 俺はイリザの部屋へ向かった――。

 イリザの部屋のトビラをノックする。

 中から「どうぞ」という声が聞こえる。

 俺は「カイエです。入ります」と答え、トビラを開けた。

 すると、ありえない光景が目に飛び込んできた。

 下着姿のイリザがろうそくの明かりに照らされて室内中央に立っているのだ!

「わぁ。ゴ、ゴメン。着替え中だとは思わなくて、一応ノックしたから、大丈夫だと思って……」

 しどろもどろになる俺。

 そんな様子を不思議そうに見つめているイリザ。

 真っ白な肌に、純白の下着が良く似合っている。

 ほっそりとした体つきだけで、女の子らしい体をして、パリコレモデルもびっくりするようなクビレがある。服を着ているといまいち良く分からないが、胸はかなり大きい。身体は細いのに胸はデカい……。日本だったら考えられない体型だ。俺は我慢できずに凝視してしまった。

 だけど、すぐに自分のしている行為が愚かなものだと察する。

「やっぱりおかしいですよね」

 と、唐突にイリザが言った。

「おかしい? 何がですか?」

「その、胸が大きくて……」

「いや、おかしくないです。むしろ誇るべきです」

 と、めちゃくちゃなことを言う俺。

 気が動転していて、自分でも何を言っているのか分からなくなる……。

「リーネちゃんや、シリルちゃんはみんな胸が小さいのに、私だけ大きいんです。やっぱりおかしいですよね?」

「いや、羨ましい身体だと思いますよ。悩殺的なボディです」

「のうさつ?」

「何でもないです。と、とにかく服を着てください。そんな恰好でうろうろされると、俺も困りますから」

「轆轤川さんがそう言うなら、そうしましょう。服を着るので手伝ってもらえますか?」

「はぁ。手伝うって何を?」

「このシューミズの後ろのボタンを留めてくださいまし」

「分かりました」

 生まれて初めて、俺はシュミーズという洋装の下着のようなものを見た。

 この世界で部屋着として利用されているのかもしれない。

 俺はボタンを留め、そして、ようやく落ち着きを取り戻す。

 イリザに近づくと、ふんわりと良い香りがしてきて、体がよろけそうになる。

「と、留めました」

「ありがとうございます。轆轤川さん」

「あの、俺のこと、轆轤川じゃなくて、カイエで良いですよ。言いにくいでしょ。轆轤川って」

「分かりました。ではカイエさんとお呼びしましょう」

「さん付けじゃなくても……。俺、この屋敷の執事ですし」

「親しき中にも礼儀ありと言いますからね。しばらくはカイエさんと呼ばせていただきます」

「まぁそういうことなら、それ以上は言いませんけど」

「それで、何か用なんですか?」

 そこで、俺はこの部屋に来た目的を思い出す。

 目的とは、当然シリルのことだ。

「シリルってどんな子ですか?」

 と、俺は尋ねる。

 イリザは室内の中央にあるソファに腰かけ、俺にも座るように指示を出した。

 L字型に設置されたソファは革張りの高級品らしく、とても座り心地が良い。

「シリルちゃんですか? とても良い子ですよ。勉強熱心ですし、家族思いです」

「ですよね。俺もそう思います。で、でも……」

 さて、なんと言うべきなんだろう。

 一応、スマホの映像があるから、証拠を見せられる。

 だけど、シリルが盗みを働いているところを見せて、果たしてプラスになるのだろうか?

「何かあったんですか? カイエさん」

「実は、今日、シリルの学校へ行ったんです。そこで……」

 俺は今日あった出来事をかいつまんで話して聞かせた。

 イリザは黙って聞いていたけれど、突然、俺にスマホの映像を見せるように言った。

「そのマジックアイテムを見せてください」

「はい。これです」

 俺は動画を見せる。

 翡翠を盗むシリルが映りこんでいる。その事実は決して消えない。

「シリルが翡翠を盗んだのは確かなんです。何か理由があるのでしょうか?」

 俺は何度か目を瞬きながら尋ねる。

 動画を観終わったイリザは、徐に口を開いた。

「これは本当にシリルちゃんなのでしょうか?」

「え? だってここに映っているのを見たでしょう。シリルですよ……」

「変装したという可能性もあります」

 変装……。

 魔法でもなければ、人はそっくりには変身などできない。

 この世界はヴァンパイアの世界なんだろうけれど、魔法でも存在するのだろうか?

「魔法ってことですか?」

「魔法? つまり秘術ですね。その可能性はあります。そのためにマジックアイテムは存在しているのですから」

「マジックアイテムって何なんですか?」

「この世界に不思議を起こす装置……。そう言っても過言ではありません」

「つまり、人そっくりに変化できる秘術がある……。そう言いたいんですね?」

「私はシリルちゃんを信じています。彼女は決して人の物を盗む子ではありません。例え理由があったにせよ。絶対に盗みません。となると、あなたの見せてくれたマジックアイテムに映るシリルちゃんが間違いないのです」

 俄かには信じられなかった。だけど、イリザの言葉も分かる。

 確かにシリルはどんな理由があるにせよ。物を盗んだりするような子ではない。

 それは短い付き合いだけど、何となく察していたし、何よりも、姉であるイリザが言うのだから間違いないのだろう。

「何か、心当たりのあるマジックアイテムはあるんですか?」

 俺は問う。

 すると、イリザは立ち上がり、

「マリアちゃんに聞いてみましょう。マリアちゃんはマジックアイテムに詳しいですから……」

「マリアに?」

「そうです。カイエさん。この問題、あなたにお任せしても宜しいですか? 実は私、これから出かけなければならないのです。もう少ししたら、マリアちゃんも帰ってきます。その後、シリルちゃんに話を聞いてみてあげてください。カイエさんは信頼できる方です。以前、リーネちゃんの婚約破棄騒動を上手く解決してくれました。今回もきっと、私たちの力になってくれるはずです。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げるイリザ。

 ここまでされると、断る方が問題だ。

 それに、俺はイリザの神々しい肉体を見てしまった。だから責務が発生するわけじゃないけれど、できることはやろう……。そう思えた。

「分かりました。俺で良かったら協力しますよ。まぁ上手くいくかは分かりませんけど」

「大丈夫です。カイエさんなら上手くいきます」

 上手く丸め込まれてしまった。

 美少女であるイリザにこうして頼まれるのだ。男を見せてやろうじゃないか。

 俺はイリザと別れ、マリアが帰ってくるのを待った――。


 イリザがどういう理由があって家を空けるのか、その詳しい理由は聞かなかった。

 学校ではないようだったけど、何か重要な目的があるのだろう。あまり深く聞いても仕方がない。今は、マリアを待つのが先決だ。

 しばらく待っていると、玄関の方から音が聞こえる。

 俺は咄嗟に玄関へ向かう。

 帰ってきたのはちょうど良くマリアだった。

「おかえりなさい」

「うん。ただいま」

 あっさりとした返事。

 俺はマリアが着ていた上着と背負っていたカバンを受け取り、部屋へ案内する。

 これも執事としての役目だ。

 大分板についてきた俺の行動だけど、特にマリアは何も言わなかった。

 ただ、部屋につくなり、机の前に腰を下ろし、引き出しから何やら取り出し、それを弄ろうとしている。

「あのさ。マリア、ちょっと話があるんだけど良いかな?」

 と、俺が言うと、マリアはスッと顔を上げて、している作業をやめた。

「何?」

「マジックアイテムで聞きたいことがあるんだ」

「そう」

「えぇと。その、人そっくりに変化できるマジックアイテムってあるか?」

 マリアはその問いに、しばらく考え込んだ。

 やがて、立ち上がると、部屋の書棚から一冊の書物を取り出し、それを俺に見せてくれた。

 だが、既に何度も言った通り、俺はこの世界の文字が読めない。

 だから、何と書いているかさっぱり分からなかった――。

「ゴメン。俺、文字が読めないんだ」

「イズルミの鏡」

「え?」

「人にそっくりに変化できるマジックアイテムの名前」

「それって簡単に手に入るのか?」

「難しい……。でも模造品なら手に入る」

「模造品?」

「そう。真似て作られたマジックアイテム。だけど偽物。効果は怪しい」

「学生でも手に入れられるか?」

「可能……」

「そうか。ありがとう……」

「何かあった?」

「え、あぁ。その何というか」

 言うべきなのか迷う。

 マリアを巻き込んで良いのだろうか? でもこっちの知りたいことだけ聞いて、後は知らんぷりというもの虫が良すぎるか?

「言って」

 マリアは強い口調で言った。

 仕方ない。俺は一連の出来事を説明する――。

 マリアもイリザと同じで、シリルが盗みを働いた映像を見たいと言ってきた。

 電池がもう少しでなくなる。だが、見せよう……。

 俺は動画を見せる。

 黙って見つめるマリア。動画が終わると、彼女は言った。

「これは、シリル姉様じゃない」

「え、どうして?」

「シリル姉様は左利き。だけど、マジックアイムの中のシリル姉様は右手で翡翠を盗っている。通常、何かを盗る時は利き腕が自然に出る」

 確かに動画の中のシリルは右手を主に使っている。シリルが左利きなら、不自然かもしれない。

 盗むという緊張感の中、利き腕と逆の手を利用するとは思えない。

 やはり、イズルミの鏡の模造品を使った影響なのか?

「じゃあここに映っているのは誰なんだ?」

「偽物……。それに左手を見て」

「左手?」

「そう。何か握っている。恐らく、イズルミの鏡か、それに近いもの。多分、握っている間しか変化できない」

 と、マリアは言った。

 偽物。

 誰かがシリルに化けて、アレフの翡翠を盗んだ。

 一体何のために……。どうしてシリルに化ける必要があったのだろうか?

 何もかもが分からない。スマホを持つ手が若干ではあるけれど震えている。これからどうするべきなんだろうか? 例え、この映像に映るシリルが偽物だとしても、真犯人がどこに行ったのか分からない。

(くそ! あの時、姿を現せば良かったんだ……。そうすれば犯人を捕まえられたかもしれないのに)

 そう後悔するが、今更何を言っても遅い。

「どうしたら良いのかな? 俺……」

 俺はそう言った。

 できることはしたい。そのためには何をすれば良いのだろうか?

 すると、マリアは再び立ち上がり、机の方に向かった。引き出しを開け、何やら物色している。やがて俺の元までやって来て、手に持っていた紙を俺に見せた。

「これは?」

「ケトロン紙。秘術を判別する紙。翡翠が盗まれたところに行って、この紙を使って。黄色くなれば、秘術が使われた証拠。犯人は別にいる」

「分かった。だけど、誰が犯人なんだろう? それが分からないと動きようがないよな」

「犯人はきっと同じことを繰り返す。また何かを盗むはず。その時捕まえれば良い」

「また罠を張るってことか……」

「そう」

 まったく面倒に巻き込まれてしまった。だが、仕方ないだろう。何とかシリルを救うために立ちあがらなければならないだろう。それにアレフとも約束してしまった。また明日の晩会うと……。

 こうして俺は、シリルに化けた犯人を探すために、もう一度学校へ向かう羽目になった――。


 翌日――。

 夜が始まる。

 こうして朝に寝て、夜に行動するのも慣れた。

 二十四時間営業しているコンビニの深夜帯の従業員の気持ちが何となく分かる。

 俺は今まで昼夜逆転生活をした経験がないから、どうしても夜に起きると、体の疲れがある。

 次第に慣れてきたけれど、やっぱり夜は寝たいな……。そんな風に考えていた。

 馬に乗り、シリルの学校へ向かう。

 今回の件は、まだシリルに言っていない。

 今日、物事をはっきりさせてから言おうと思っていた。

 まだ、犯人かどうか分からない。そんな状態で、シリルを問い詰めるのは良くないと感じたのだ。

 夜の闇が広がる校内の庭園では、赤い月が二つ、ぼんやりと浮かび上がっていた。

 昨日座ったベンチまで足を進める。

 そこには、既にアレフの姿があった。

 アレフは俺が来るのを確認するとベンチから立ち上がり、頭を下げた。

「どうも、執事さん」

「あぁ。こんばんはで良いのか?」

「そうですね。それで何か分かりましたか?」

「実は、昨日お前の翡翠を盗んだのはシリルじゃない可能性がある」

 俺はそこで、マリアから聞いた内容をアレフに説明する。

 じっとアレフは聞いていて、俺の話が終わると、何度が頷いた後、口を開いた。

「やっぱりそうですか。シリルさんは犯人じゃないんですよ」

「そうだと良いんだけど……。それでさ、お前の席でこれを使ってみてほしいんだ」

 俺はマリアから受け取った『ケトロン紙』を見せる。

 そして、やってほしい内容を説明する。

 アレフは直ぐに承諾してくれた。

「分かりました。使ってみましょう。秘術が使われていれば、黄色くなるんですね」

「そうらしい。でも多分秘術は使われているはずだ。その可能性は高い」

「早速やってきます。もう少し、ここにいられますか?」

「あぁ、問題ない。やってきてくれ」

 アレフは立ち上がり、校内の方へ消えて行った。

 赤い月の明かりが降り注ぐ夜の闇の中で、俺は一人佇んでいた。

 昼休みなのか、昨日に比べれば人気はある。闇の中で多くの人間が囁き合っているのは、何かこう、不気味な印象があって、不思議な感じがする。東京では夜生活している人は多いけど、学校は基本的に閉まっている。だから、こんな夜の学校にいるのが、堪らなく不思議だ。

 シリルは犯人じゃない。

 きっとそうだ。俺はそう考えている。誰かがシリルをハメようとしたに違いない。

 なぜ、シリルに化けたのかは分からないけれど、きっと何か理由はあるんだ。

 シリルに化けた理由が……。

 宝石を盗まれた少女。確かイザベルと言ったっけ?

 あの少女が関わっている可能性はないか?

 だけど、そう考えると、どうして自分の宝石を盗ませたのか分からない。

 考えても埒が明かない。俺は元々優秀な学生じゃない。劣等生だ。だからこんな難しいことを考える時点で間違っているのかもしれない。もっとシンプルに考えないと……。

 俺はベンチに背筋を預け、ゆっくりと深呼吸をした――。


 アレフは一〇分程で戻って来た。

 白い顔をしているから、夜の闇の中にいると、亡霊のように見える。

 少しだけ怖い……。

 アレフはやって来るなり俺に向かって言った。

「やはり、執事さんの言う通りでした」

「つまり秘術が使われているわけか」

「はい。これを見てください」

 そう言い、アレフは黄色く染まったケトロン紙を見せた。

 確か、渡した時はベージュ色だったはずだ。こんな鮮やかな黄色ではない。

 となると、秘術が使われていたんだ……。

「秘術か」

「そうみたいです。誰かが秘術を使ったんですよ」

「でも誰だろう? 心当たりはあるか?」

「はい。実はあるんです」

 それは意外な告白だった。

 俺は真っ直ぐにアレフを見つめた後、彼を問いつめた。

「誰なんだ?」

「イザベルさんです。彼女は確か、マジックアイテムに詳しかったはずです」

「だけど、自分の宝石を盗むなんていうわけの分からないことをするか?」

「そうですよね。でも、シリルさんを陥れるという理由があるとしたら話は別です」

「なぁ、一つ聞いても良いか?」

「何ですか?」

「どうしてイザベルはシリルを嫌っているんだ? 何か理由があるのか?」

「ええと……、そ、その……」

 何か言いづらそうにするアレフ。何か隠しているように感じる。

「何があるんだ?」

「あの、僕、昔イザベルさんに告白された経験があるんです」

「へ? 告白……」

「そうです。でも断ってしまいました。理由は分かりますよね?」

「なるほど、お前はシリルに思いを抱いている。だから、断ったんだな」

「はい。でも今考えると、それが原因となっているかもしれません……」

 女の世界はよく知らないけれど、男よりも陰湿なイジメになると聞いた経験がある。

 イザベルは恐らく、自分の告白を断ったアレフが好きな女の子。つまりシリルを間接的に恨んでいるのだ。

「お前、モテるんだな。羨ましい奴だ……」

「いや、そんなわけじゃ」

 確かにアレフは日本だったら……。いや、世界を通してみても『イケメン』の部類に入るだろう。

 この学園でもモテていたとしても何ら不思議ではない。

 そんな彼が思いを寄せるのがシリルだ。シリルはアレフをどう思っているのだろうか?

 これが俺の勘だけど、多分何とも思っていない。

 なんというか、恋愛からものすごく遠い所にいるというか、興味がないように思えるのだ。

「僕がイザベルさんの告白を断り、それでシリルさんに興味を持っているから、イザベルさんは我慢ならないんでしょう。貴族の令嬢はプライドが高いですから」

「お前も貴族だろ」

「まぁ、そうですけど。母や姉を見ていれば、何となく分かります。自分の言うことが何でも通ると錯覚しているんですよ。でも実際はそうじゃない。人の感情だけではお金を払っても買えない。……と、僕は思いたい」 

 金で動く人間も中に入る。

 俺はそれを知っていたけれど、アレフには言わなかった。

 アレフは清純だ。清らかな心を持った人間? いや吸血鬼なんだ。

 そういえば、この世界にいる連中は皆、吸血鬼なんだよな。

 そもそも吸血鬼っていったい何なんだろう?

 俺のいた世界では『吸血鬼ドラキュラ』っていう小説があったけれど、にんにくや十字架が苦手なアレなんだろうか?

「なぁ。アレフは吸血鬼なんだろ?」

「ヴァンパイアって意味ですか?」

「そう。ヴァンパイア。見たところ俺と変わりないように思えるけど、ヴァンパイアって何なんだ?」

「おかしなこと言いますね。執事さんだってアルヴェスト王国にいるんですから、ヴァンパイアのはずですよ」

 参ったな……。

 俺は地球の日本からやってきたのであって、この世界の人間ではない。

 だけど、それをここで言うと、話がややこしくなるような気がする。

「俺はヴァンパイアじゃないんだよ。なぁやっぱり血を飲むのか?」

「血? ブラッドのことですか?」

「良く分かんないけど、ほら、体内を流れる血があるだろ? 俺の知っている吸血鬼は皆、血を吸うんだよ。それをエネルギーにしている」

「ブラッドなら飲みます。ですが、人の血を吸うなんてしません」

「ブラッドって何?」

「動物の血液ですよ。知らないんですか?」

「あぁ。俺、この国の人間じゃないから……」

「そうなんですか。どこから来たんですか?」

 なんと言えば良いんだろう。

 俺は考えを巡らせる。やはり、地球とは言えない。

 あまりアレフを混乱させるのは良くないだろう。となると、残された選択肢は一つ……。

「スーヴァリーガルだよ」

 その言葉に、アレフの目が輝いた。

「ホ、ホントですか? 執事さんはスーヴァリーガルから来たんですか?」

「まぁ、実際は違うって言うか、事情があるんだけど、そこから来たと言っても問題ないと思う」

 とりあえず曖昧に答える。

 アレフは興味深そうに俺を見つめている。

「スーヴァリーガルってどんな場所ですか?」

 う~ん。どう答えれば良いんだろう。

 今更嘘とは言えないけど、東京をそれらしく答えるか……。

「まぁ良い国だよ。平和だしね」

「そうですか……、ならアルヴェスト王国とは違いますね」

「この国は平和じゃないのか?」

「そうです。一部のヴァンパイアが反乱を企てています。戦争だって至る所で起きている。僕ら貴族は、いずれ闘わなければなりません。そうなれば、死ぬかもしれない」

「戦争か……。平和そうに見えたけど、違うんだな」

「そうですね。なんか話が変な方向に行ってしまいましたね。今はシリルさんを救うために考えましょう。どうしたら良いでしょうか?」

「イザベルに聞くしかないな」

「聞いてもまともに取り合うとは思えないですよ」

「イザベルが秘術を使っている証拠を押さえれば良いんだよ。確か、イズルミの鏡の模造品を使っているらしい。何とかそれを見つけられれば……」

「難しいですね。でも何とかやるしかないでしょうけど」

 俺たちが話し込んでいると、そこになんとイザベルがやってきた。

 長い金色の髪をツインテールにしている可愛らしい少女だった。

 アレフは驚きながら、声を発した。

「イ、イザベルさん。ど、どうかしたの?」

「ちょっと宜しくて?」

「良いですけど」

「こちらの方はあなたの使用人?」

「いや、違うんだ。ええと、知り合いの執事さんで、ちょっと学校に用があったみたいで、寄ったみたいなんだ。それで少し話を」

 アレフはそう言った。

 ここでシリルの話を出さない方が良いと察したのだろう。

 多分、その判断は間違っていない。

 俺も知り合いの執事ということで話を合わせよう……。

「アレフさん。あなた、翡翠の石をなくされたんじゃありませんこと?」

「え? ど、どうしてそれを」

「実は私、犯人からその石を奪い返しましたの。誰が持っていたか興味があるんじゃございませんこと?」

「そ、そりゃまぁ、そうだけど」

 アレフは誰が盗んだのか知っている。

 シリルに化けた誰かが盗んだのだ。そして、その可能性として一番高いのは……。

 イザベルになる。

「シリルさんですの」

 イザベルは高らかに言った。顔が非常に満足そうに見える。

 俺はその顔を見て、一つの確信を得る。

 間違いない。こいつがシリルをハメた……。

 だけど、証拠がない。なんとかして証拠を掴まないと。

「シリルさんは盗みなんてしないよ」

「でも事実ですわ。ほら、ここに翡翠の石がありましてよ」

 イザベルは制服のブレザーのポケットから翡翠を取り出した。

 それは以前アレフが見せてくれた翡翠そのものだ。

 やはり、イザベルが盗み、その罪をシリルに着せようとしているんだ。

「これは確かに僕のだよ。でも、一つ教えてくれないか?」

「何をですの?」

「どうしてシリルさんが盗ったって君は知ったんだ?」

「簡単ですの。以前、私の宝石が盗まれたのをご存知でしょう。あの犯人がシリルさんでしたの。それで今回も手口が似ているからと、私が問い詰めたところ、白状したというわけですのよ」

「そう。シリルさんが本当に盗ったとは僕には思えない。彼女に実際に話を聞いてみるよ」

「私の言葉を信じないんですの?」

「確かめたいんだ」

「どうしてそこまでシリルさんの肩を持つんでしょう。あの子は泥棒です。犯罪をしているのですよ」

「シリルさんはそんな人じゃないよ。だから、確かめるんだ」

「石を取り返したのは私です。その私に対し、労いの言葉あっても良いでしょうに」

「ごめん。ありがとう。ただ、信じられないんだ」

「しばし、ここでお待ちください。シリルさんを呼んできます」

 そう言うと、イザベルは闇の中に消えていった。

 アレフは額に汗をかいている。よほど、緊張していたのだろう。精神的な疲れがこちらにまで伝わってくる。

「だ、大丈夫か?」

 と、俺は言った。

 アレフはハンカチで汗を拭うと「ふぅ」と一呼吸置き、俺を見つめた。

「どうしたら良いんでしょうか?」

「とりあえずシリルが来るのを待とう。実際に話を聞いてみるんだ」

「そ、そうですね……」

 やがて、シリルが現れた。

 意外だったのは、シリルだけが現れたことで、イザベルがどこにもいないのだ

 やってきたシリルは言った。

「僕が盗んだのです。ゴメンなのです」

 あっさりと罪を告白した。

 何かがおかしい。そう、これはシリルではない。

 となると――。イズルミの鏡の模造品を使って誰かがシリルに化けているんだ。

 一体誰が?

 決まってる。イザベルだ。

 証拠を掴むために、俺は片手でスマホの動画を起動させ、もう片方の手で、先日マリアに貰ったケトロン紙を取り出す。

 俺がケトロン紙をシリルに渡すと、それをシリルは受け取った。

 すると、ケトロン紙がたちまち黄色く変化していく。

 つまり、秘術が行われているのだ。

「偽物だ!」

 と、俺は言った。

 俺の声が闇夜を劈く。

 驚いたシリルは目を大きく見開いている。

「な、何を言ってるんでございますの?」

 口調がシリルではないものに変わった。

 この妙に改まった言い回しはイザベルに違いない。俺はシリルの手を掴んだ。

「イザベルだな。この紙は秘術が行われているか判別する。黄色くなったのは、お前が化けているからだ」

「ど、どこにそんな証拠がありますの」

 俺は咄嗟にシリルの右腕を見つめた。手には何かが握られている。

「何を持っているんだ? 右手のもの見せろよ」

 シリルは右腕のものを隠した。

 だが、俺は諦めない。腕を強く掴み、握ったものを取ろうとする。 

 俺が強く握ったから、シリルに化けた誰かは右手で掴んでいたモノを、手放してしまった。

 その瞬間――。

 秘術が解けた。どうやら、このマジックアイテムを手で持っていないと変化できないようだ。

 以前、マリアがそんな風に言っていたのを俺は思い出す。

 シリルに変化していたのは、やはりイザベルだった。

「やはり君か……」

 と、アレフは半ば分かっていたかのように言った。

 変化が見つかってしまったイザベルは、顔を真っ赤にさせていた。

 自分の罪が明かるみに出てしまった。

 イザベルは両目に涙を浮かべながら、その場から逃げるように立ち去っていく。

 追いかけるべきか?

 だが、アレフが俺の執事服の裾を掴んだ。

「追わなくて良いですよ。もう、犯人は分かりましたから」

「だけど……」

 この一連の流れは、一応動画に収めてある。

 だから、確認しようと思えば、いつでも証拠を見せられる。

 俺とアレフが、静寂の中、佇んでいると、そこに意外な人物が現れた。

 それは本物のシリルだった――。

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