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異世界転生―ヴァンパイアの秘密―  作者: Futahiro Tada


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異世界転生―ヴァンパイアの秘密―

「こんな場所があるのね。凄いところ……」

 と、隅々まで渡来品で埋め尽くされた空間で、リーネはそう囁いた。

 俺は店主に向かって、スピーカーがあるかどうかを聞く。

 もちろん、相手はアルヴェスト王国の国民なので、当然、スピーカーは知らない。だから、箱型で表面にメッシュみたいなものが付いていて、と色々試行錯誤しながら、説明をする。

「君の言っているのはこれのことかな?」

 店主は、店の奥から二つのスピーカーを持ってきた。

「そ、それです。それをください」

「構わないけど、これはちと値段が張るよ」

「いくらですか?」

「一〇〇万キルツかな。おまけして九十九万キルツで良いよ」

「一〇〇万キルツ……、な、何それ、そんなに高いの?」

 リーネが慌てふためきながら、尋ねた。

「流石に一〇〇万キルツは高いのです」

 意気消沈したように、シリルが言葉を重ねる。

「なんとかならないかな。これがないとダメなんだ……」

 俺は誰に言うでもなく言った。

 これが無茶な願いだというのは分かっている。

 それでも、今はこのスピーカーが必要なのだ。クガサミの言葉を届けるためには、どうしてもスピーカーが必須だ。これを手にしないとならない。

 そんな俺の思いが通じたのか、ようやくイリザが口を開いた。

「分かりました。そのお金、私が用意しましょう」

「い、良いのか?」

「カイエさん、これが戦争を止めるために必要なのでしょう。でしたら、購入しましょう。それしかありません」

「分かった。ちょっと待ってくれ。動くかどうか、見てみないと」

 俺はそう言い、スピーカーを見分する。

 スイッチはある。どうやら接続はBluetooth接続も可能のようだ。ある程度最新型だ。俺のスマホからでもケーブルなしでつなげるはずだ。

 電源を入れてみようとしたが、スイッチが入らない。それはそうだろう。電源が必要になるのだから。この世界に電源はない。こんな初歩的なことに気付かなった。これでは一〇〇万キルツ支払って購入しても、宝の持ち腐れだ。

「動かないの?」

 と、後ろからマリアが言った。

 俺はゆっくりと首を上下に動かした。

「あ、あぁ。よく考えれば、この世界には電気がないんだよな。だから、この機械は動かない」

「でんき?」

「そう、この箱型の物体を動かすエネルギーみたいなものだよ。それがないと、機械は動かないんだ」

「この間、私が直したマジックアイテムは使えない?」

「これを見てほしい……」俺は電源プラグを見せた。「この差込口に合致するものじゃないとダメなんだ。だから、無理だよ」

「見せて」

 マリアは俺から電源プラグを受け取ると、それをまじまじと見つめた。

 何か考えがあるのだろうか?

「でんきのある場所がある……」

「ホントか? どこに?」

「私が作る。前に直したマジックアイテムで、なんとなくの構造は掴んでいる」

「え? マジで……」

 こんな天才的な才能がマリアにあるのだろうか?

 だとしたら、エジソンもびっくりな才能だ。

「ただ、動かせる時間はそれほど長くはないかもしれない」

「できるのなら、やってくれ。頼む。これが動けば良いんだ」

「分かった。やってみる」

 俺はマリアの言葉を信じ、九十九万キルツでスピーカーを購入した。


 アウグスト家には大きな借りができてしまった。

 戦争が終わったら、少しずつ返していこう。

 今は、戦争を止めるのが、先決だ。何よりも、戦争を止める……。それしかない。


 アウグスト家に戻ると、マリアはすぐに電源の用意をするために、部屋に閉じこもり、何やら実験じみた作業を開始した。

 その間、俺はただ待つしかない。

 オーヘムナルスにスーヴァリーガルへ向かったアルヴェスト王国軍に、攻撃を開始するのを待つように指示を出してほしかったのだが、彼にはそこまでの権限がなかった。

 戦争は始まってしまう。

 血が流れ、ヴァンパイアと亜種は血みどろの争いを開始してしまった……。

 スピーカーを購入してから三日が経ち、俺がマリアの部屋の前で待っていると、スッとトビラが開いた。不眠不休で作業をしていたのだろう。マリアの目の下には大きなクマができている。ぼんやりとした瞳で俺を見つめている。

「で、できたのか?」

 俺は絞り出すように尋ねた。

 マリアは、ゆっくりと首を動かすと「できた」と一言答える。

「入っても良いか?」

「良い」

 スピーカーがマリアの作業机の上に置いてあった。その脇に、電源プラグとペダルがくっついた機械が置かれていた。

「ペダルを回すと、エネルギーが入る。やってみて」

「わ、分かった……」

 ペダルを回すと、少しずつだけど電気が作られているようだ。その証拠に、電源プラグに繋いだスピーカーのスイッチが入った。この機種はアンプと一体型であるため、スピーカー単体でも音を出せる仕組みになっている。それが功を奏した。

 俺のスマホのBluetooth接続を使って、音楽を再生する。

 ベートーヴェンの交響曲五番。有名なクラシックがマリアの部屋に流れる。

 成功だ。これで何とかなる!

「あ、ありがとう。マ、マリア、君は天才だよ」

「そんなことない。前のマジックアイテムをヒントにしただけ……」

 電源プラグの差込口は確かに荒い作りになっていたが、それでもここまで機能するのだ。

 これは大きな才能であると思えた。

「俺、スーヴァリーガルへ行ってくる。戦争を止めるために」

 マリアは深く頷き、ベッドの上に崩れ落ちるように倒れた――。

 余程疲れていたんだろう。俺はマリアを丁寧にベッドの上に寝かせ、上から布団をかけた。

 後は、俺が行動するだけだ……。

 玄関に向かうと、後ろから足音が聞こえてきた。

 よく見ると、イリザだった。

「カイエさん。行くのですね?」

「あぁ。もう一度スーヴァリーガルへ、戦争を止めるために」

「私も行きます」

「き、危険だよ」

「この間のすぴぃかぁを買ったのは私です。すべてを見届ける義務があります。問題ないでしょう」

「だけど……」

 俺が躊躇していると、横から声が響いた。

「一緒に行きなさいよ。こうなったらイリザ姉ぇは梃でも動かないから」

 リーネだ。その脇にはシリルの姿もある。

「僕らはスーヴァリーガルへ行けないのです。きっと、行く手前で止められてしまうのですよ。でも、カイエとイリザなら大丈夫なのです。戦争を止めるために行くのですよ」

「そういうこと、このアウグスト家はあたしたちに任せて、あんたとイリザ姉ぇはスーヴァリーガルへ行く。早く戦争を止めてきてよ」

「み、皆……」

 俺は二人の言葉を聞き、イリザを連れている覚悟を決めた。イリザと一緒なら、どんな困難にも立ち向かえるような気がした。

「イリザ、一緒に行こう」

 俺はイリザの手を取り、そう言った。

 すると、イリザはにっこりと笑みをこぼし……、

「はい」

 と、高らかに答えた。

 俺とイリザは再び港へ向かい、スーヴァリーガル行きの船を待つことになった。

 船場にはクガサミが立っており、俺たちを迎え入れる。

「行くのかえ?」

 と、クガサミは言う。

「行きます」

 俺は答える。「戦争を止めるために……」

「そうかね。ならわしは何も言わないよ。行ってくるが良い」

「行ってきます」

 俺とイリザはスーヴァリーガルへ再度向かった――。


 夜闇が広がるスーヴァリーガルは、進軍してきたアルヴェスト王国軍と、亜種の軍隊が激突し、激しい地上戦を繰り広げていた。死体の山が築かれる、異様な環境。俺は戦争の恐ろしさを知った。本当に、早く止めないと、手遅れになってしまう。事前にオーヘムナルスからアルヴェスト王国の総司令官がいる場所を聞いていたから、俺たちはまず、そこへ向かうように足を向けた。

 アルヴェスト王国軍の作戦本部はスーヴァリーガルの中にある、森の前に作られていた。暗闇の中、ぼんやりとした明かりだけが、界隈を照らし出している。流石に、この場に入るのは難しい……。だけど、やらなくてはならない。

 俺は意を決し、作戦本部へと足を踏み入れた。

 野営が作られており、テントが張っている。一際大きなテント前には衛兵が立っており、辺りを警戒している。

 アルヴェスト王国軍の司令官はダグラス・アークライトという壮年のヴァンパイアであった。どうやら、この男が現地で一番偉いヴァンパイアのようだった。まず、話すのなら彼だけど、そこまでたどり着けるか分からない。

「中に、入れるかな?」

 と、俺は横に立つイリザに向かって尋ねた。

 イリザは少しだけ難しい顔をしたけれど、すぐにある提案をする。

「私は諜報局の局員です。それを説明しましょう」

「とにかく、ダグラスっていう人に会わないとならない」

「会って……どうするのですか?」

「声を聞かせる」

「声ですか?」

「そう。クガサミが残した言葉だ。ここには戦争を止めるための力が内包されているんだよ」

「声の力だけで、本当に戦争が止められるのでしょうか?」

 イリザの不安は分かる。

 俺自身、本当にクガサミの言葉が通用するのかは分からない。

 ただ、言われるままにここにやってきてしまった。

 それでもやるしかないだろう。それが、俺に課せられた使命なのだから……。

「やろう。それしかない」

 と、俺は自分に強く言い聞かせた。

 イリザが衛兵に向かって歩いていく。

 恰好は諜報局の制服を着ている。ジャケットにパンツスタイル。普段、ドレス姿が多いから、その姿はどこか不思議な印象与えた。

「ダグラス・アークライト様に託があります」

 と、イリザは衛兵に向かって切り出した。

 衛兵の手には槍が掲げられ、明らかにイリザを警戒している。もちろん、その後ろに立つ俺に対しても、鋭い視線を浴びせてくる。

「託だと……。そんな話は聞いておらんぞ」

「内密な話ですから。どうかお通しください」

「ならん、第一貴様は何者だ。女子供がどうしてこんな場所にいる?」

「私は諜報局の局員です。これが証明書です」

 イリザはそう言うと、ジャケットの内ポケットから古びた羊皮紙を取り出した。

 俺の知らない言語で何か書かれている。身分証明書か何かだろうか?

「諜報局の局員、貴様が? だが、この証明書は本当のようだな。少し待て、司令殿に確認をとってみる」

 衛兵はテントの中へ消えていく。

 俺とイリザは二人きりになる。淡いオレンジ色の明かりに照らされて、イリザの表情は可憐に見えた。凛とした表情と、影のコントラスト。それがたまらなく神々しい。

「上手くいくかな?」

 と、俺は言った。何か話さないと、間が持ちそうになかった。

「祈りましょう。大丈夫です」

「そうだな……。祈ろう」

 どれくらいだろう。俺たちが待っていると、衛兵が現れた。

 だが、一人ではなかった。

 後ろに長身の屈強な体つきの男が立っている。

「貴様らは誰だ?」

 屈強な男は言った。明らかに不審な表情を浮かべている。「託など聞いておらんぞ」

 イリザが俺をチラと見つめる。

 俺はそこで、スマホを取り出し、動画を起動させる。

「あなたがダグラスさんですか?」

「いかにも、貴様は?」

「俺は、アウグスト家の執事です。俺の身分なんてどうでも良いんです。とにかくこれを聞いてください」

 スマホに映像が流れ、言葉が染み渡っていく。

 聞いたことのない言葉……。いや、これは言葉なのか?

 音楽に近い。何の音楽だ。……音楽よりも、規則的な音の塊。

 そうだ。心臓の音だ。心音に近い響きがある。

「こ、これは……」

 ダグラスの表情が変わる……。

 目が白くなり、その場でガクッと崩れ落ちる。隣に立っていた衛兵も同じように倒れた。

 俺とイリザだけが、その場に立っている。

 一体、何が起きているのか?

 俺には訳が分からなかった。……ただ、横たわるダグラスと衛兵。

 近づき、脈を確認する。脈はある。気を失っているだけのようだ。

 心臓の音は止まらず、辺りに広がっていく。テントの中のざわめきが一斉に消え、死のような沈黙が辺りを支配する。

「カ、カイエさん。これは?」

 慌てふためくイリザ。当然の反応だろう。逆の立場だったら、俺だってすごく驚くはずだ。

「分からない。だけど、これがクガサミの言葉の正体なのかもしれない」

「一体、何の作用なんでしょうか?」

 その時、天上から声が聞こえた。

「胎動の響きだよ」

 クガサミの声だった。

 どこからともなく、響いてくる声。

 脳内に直接届くような不思議な間隔。

「胎動の響き?」

 俺は繰り返す。

 その後、クガサミが言葉を重ねる。

「ヴァンパイアや亜種を純粋な形に戻す言葉じゃ。この言葉を遠くまで届けるのじゃ」

「届ける……。分かりました」


 俺は野営のテントの外に出た。そして、スピーカーとスマホを繋ぎ、音量を最大にして『胎動の響き』を再生した。

 しんみりとした、闇が広がる森の中に、胎動の響きが染み渡っていく。スピーカーの音量は最大だけど、この森を覆うほど強烈な音は出せない。だけど、確実に音は空気の振動となり、奥の方まで響いていく。俺の体の中でワッと何かが湧き上がった。力が湧いてくるような感覚。同時に、確かに胎動の響きがスーヴァリーガルを覆っていくと感触があった。

 スマホをつないだまま、俺はテントに戻る。

 その後を、イリザが追っている。

「これですべて終わった……」

 俺は一言告げる。

 そう、終わったのだ。ヴァンパイアや亜種は純粋な心を取り戻した。俺がいた世界のように、人が人を殺し合う世界を作らないだろう。

「なぜ、俺だったんだろう?」

 俺は素朴な疑問を口にした。

「何がですか?」

 イリザが尋ねる。

「クガサミは自分でこの言葉を届けられたはずだ。なのにそれをしなかった。俺という人間が現れるまで、待っていたんだ。それはなぜなのかなって思って……」

「決まってます。カイエさんが救世主だからです」

「俺が……、救世主?」

「そうです。カイエさんはアルヴェスト王国を救い、スーヴァリーガルを救った救世主なんです」

「誰も分かってはくれないよ」

「私が信じています。本当にありがとうございます」

 イリザは丁寧に頭を下げた。

 ここまでされると、俺は自分でもどうして良いのか分からなくなる。

 ただ、嫌な気分はしない。少しだけ微笑んだ。


 胎動の響きはスーヴァリーガルを覆いこみ、アルヴェスト軍とスーヴァリーガル軍の戦争を止めた。皆一斉に気を失い、次に気が付いた時には、戦争の記憶を忘れていた。元通りのアルヴェストが戻りつつあった。

 俺はどうしているかというと、アウグスト家の執事として、今日も生活をしている。

 禁断のトビラがなくなった以上、元いた世界には戻れそうにない。

 可能性はムガンダの奥地にある祠にありそうだけど、今はまだ、帰る時じゃない。

 何しろ、俺はアウグスト家の大きな借りを作ってしまったから。

「変態執事、食事が遅いわよ」

 と、リーネが言う。

 俺は慌ただしく動き回りながら、

「はいはい、今やってるよ」

「ハイは一度で良いの」

「厳しい奴だな。結婚してもすぐに喧嘩しそうだな」

「な、なんですってぇ」

「冗談だよ」

「カイエ、大分仕事に慣れてきたのですよ」

 今度はシリルが言う。

「そうかな。だと良いけど」

「これから一生懸命働けば、クロードのようになれるのです。ね、マリアもそう思うのですよね?」

 問われたマリアはコクっと頷くと、

「同意」

 と、短く答えた。

 クロードが食事を持って現れる。

「カイエさん。イリザ様に部屋に朝食の準備が整ったと連絡をしてくれますか?」

「わ、分かりました」

 俺は慌ただしい食堂を抜け、一人、イリザの部屋に向かった。

 ノックをし、部屋に入る。

「イリザ、入るぞ」

 しかし、またやってしまった。

 ノックをしてから時間差なく入ったため、着替え中のイリザを鉢合わせてしまったのだ。

「ゴ、ゴメン……」

「カ、カイエさん。そんな驚かないでください」

「で、でも着替え中だったから……」

「カイエさんだから許します」

「え?」

「もう、これ以上言わせないでください。カイエさんだから許すんです」

「あ、ありがとう」

 半裸のイリザの肉体は、この世の物とは思えないくらい美しい。

 不思議とエロくないのだ。神聖な生き物……。そんな気がする。

 俺がまじまじと見つめていると、イリザが顔を赤くし、

「い、今着替えますから、少し出て行ってください」

「あ、あぁ、ゴメン、今出ていくよ。あ、それと朝ごはんできたから、それだけ」

 俺は部屋を出ていく。

 少なくともまだしばらくはこの世界にいても良いだろう。

 きっと、いつか戻れる時が来るかもしれない。その時まで待つのだ。

 とにかく、俺の執事としての慌ただしい生活は始まったばかりだ――。

〈了〉

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