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異世界転生―ヴァンパイアの秘密―  作者: Futahiro Tada


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10/13

異世界転生―ヴァンパイアの秘密―

 翌日――。

 正確には半日後。

 朝を迎えた。俺は朝日が降り注ぐ中、ムガンダへ向かっていた。行く場所は決まっている。

 そう、アルスローンの場所だ。

 彼なら何か知っているかもしれないし、協力を仰げるかもしれない。そう察したのだ。

 馬を走らせ、ムガンダへ向かう。

 朝になったら眠るヴァンパイアたちにとって、朝の来客ほど迷惑なものはない。それでも、今は文句を言わるのを覚悟で突き進むしかない。

 俺はアルスローンが住んでいるアパートのトビラをノックした。

 中から、眠そうな顔をしたアルスローンが出てくる。

「何だ、君は確かアウグスト家の執事……」

「カイエです。こんな時間にすいません。でも急ぎで話があるんです。協力してください」

 俺の真摯な態度に、アルスローンの眠気は飛んだようだ。しっかりと目を見開き、俺を室内に招き入れた。

「立ち話は疲れる……。中に入りたまえ」

 俺はリビングに案内された。

 先日着た時と、全く変わらない風景が広がっている。

 ブラッドが出されたが、俺はこの飲み物が苦手なので、口はつけなかった。

 その代り、単刀直入に言葉を発した。

「話は簡単です。スーヴァリーガルへ行く方法を教えてほしんです」

 その言葉を聞き、アルスローンは固まった。ただ、興味深そうに俺を見つめている。

「なせ、スーヴァリーガルへ?」

 深い内容を説明するべきなんだろうか?

 諜報局が進めている『亜種補完計画』。それをここで告げるのは、果たして正しいのか? だけど、言わないとアルスローンの協力は頼めないような気がした。

 俺は『亜種補完計画』について説明をする。

 その話を、アルスローンは黙って聞いていた。俺が話を終えると、ゆっくりとソファから立ち上がった。僅かだけど、カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。分厚いカーテンによって遮られているけれど、今は確かに朝なのだ。ヴァンパイアは生きていけない時間帯だ。

「そんな話があるのかね……」

 と、立ったままアルスローンは言った。

 徐に俺の方を見つめ、頭をぼりぼりと掻きむしった。

「事実みたいです」

 と、俺は答える。

「しかし、君の話では、君の世界の軍事力は、アルヴェスト王国を遥かに凌ぐのだろう?」

「そうです。太刀打ちできません」

「それを諜報局の人間は知っているのだろうか?」

「恐らくですけど、知らないと思います。知っていれば、地球を制服しようなんて、大それた話を展開するはずがない」

「問題は山積みだな……」

「そうです。でも、何とかなりませんか? スーヴァリーガルへ行けば、解決する道があるかもしれないんです」

「スーヴァリーガルへ、渡航か……、なかなか難儀な話だ」

 と、アルスローンは言った。

 落ち着きなく体を揺り動かし、立ったままブラッドに口をつけた。

 なんとしても、俺はスーヴァリーガルへ行かなければならない……。

 地球を救うためにも……。

 そのためには、アルスローンに協力を頼むしかないのだ。

「正直な話、私には荷が重すぎる」

 アルスローンは苦悶に満ちた表情で、そのように告げた。

 やはり、アルスローンでもダメなのか?

 この研究者なら、スーヴァリーガル行きのトビラを開けてくれると思っていけれど、それは難しいようである。確かに、冷静になって考えれば、アルスローンは貧乏貴族であり、ただの研究者だ。

 決して諜報局の人間というわけではない。

 だから、あまり過度に期待するのが間違いなのだ。

 だけど、他に頼るべき人間が……、ヴァンパイアがいないのだ。

 フランクリンはどうか?

 一応、伯爵の爵位を持っているし、もしかしたら……。

 いや、駄目だ。フランクリンはリーネと婚約しているんだ。あまり迷惑はかけられない。もしかしたら、死ぬかもしれない危険な任務に、フランクリンを巻きこむわけにはいかない。まぁ、アルスローンなら良いのか? といえば疑問は残るのだが……。

「王族の中に……」と、アルスローンは言った。「アラベスト伯爵という人間がいる。知っているかね?」

 アラベスト伯爵……。

 もちろん知っている。かつてリーネが思いを寄せていた王族。

 だが、あまり人間性は高くない。なぜ、ここで彼の名前が出てくるのだろうか?

「知っていますけど……」

「それなら話ははない。彼はスーヴァリーガルの渡来品を集めるコレクターだ。スーヴァリーガルにつながりがあると言っても過言ではない。彼に手紙を書いてやろう。もしかすると、協力を仰げるかもしれない」

「今、直ぐ行っちゃまずいですか? あまり、時間がないんです」

「今は朝だからな。眠っている可能性もある。一応、伝書鳩を飛ばそう。君は伯爵の家に向かいなさい。手紙は私が書いておくから、君が着くよりも先に、手紙は到着するだろう」

「ありがとうございます」

 俺は、そうお礼を言った後、アルスローンと別れた――。


 アラベスト伯爵がいるのは、トリステール地方ではなく、トニルン地方だ。馬で半日はかかる。急いで俺は向かった。トニルンへの記憶は曖昧だったけど、なんとか記憶を頼りに辿り着くことができた。日が高く上り、人間の世界で言えば、深夜に値する時間帯に、俺はトニルンのアラベスト伯爵の屋敷についた。

 外には誰もいない。

 勝手に中に入っても良いのだろうか?

 門の前でうろうろとしていると、徐に門が開かれた。

 そして、中から初老の執事が現れた――。

「カイエ様でございますね」

 と、初老の執事は言う。

「そうです」

 と、俺は答える。

 初老の執事は俺を屋敷の中に引き込んだ。

 どうやら、アルスローンが書いた手紙が既に届いているようだった。

 深夜であるのにも拘わらず、俺の招き入れてくれて、俺は心底ほっとしていた。

 俺が通されたのは、大きな広間だった。

 壁にはアラベスク伯爵の肖像画が飾られている。

 自分の肖像画を普通飾るか? 俺はそんな風に考えながら、アラベスク伯爵を待った。

 やがて、床をするような音が聞こえてくる。

 執事と共に、アラベスク伯爵が入って来た。

「こんな時間に迷惑な客だな。君は……」

 不満そうな声で、アラベスク伯爵は言った。

 俺はひとまず頭を下げる。

「すいません。でも急ぎで用がありまして」

「アルスローンという研究者から話は聞いた。なんでも諜報局が壮大な計画をしようとしているそうだね」

「はい。まぁそうなんです」

「それは事実かね?」

「事実です。確かな情報です。信じてくれとは言えないかもしれませんけど」

「何か証拠はあるのかね?」

 証拠――。

 それはスマホに残された俺とイリザの会話だけ。

 しかし、イリザが諜報局の人間であるということは、証明できない。

「イリザというアウグスト家の令嬢を知っていますか?」

「もちろんだ。彼女がどうかしたのか?」

「イリザは諜報局の人間です。そして、これが俺と彼女の会話です」

 そう言い、俺はスマホを取り出すと、録音した動画を再生する。

 電子デバイスから声が発せられ、アラベスク伯爵は酷く驚いていた。

 しかし『亜種補完計画』の内容を聞き、その顔がみるみると青くなっていく。

「噂は本当だったのか……」

 と、アラベスク伯爵は言った。

 噂――。

 それは一体何だろうか?

「何か知っているんですか?」

 と、俺は尋ねる。

「諜報局の人間が不穏な動きをしているのは、私も把握している。しかし、異世界を侵略しようは、考えもつかない。俄かには信じらぬ話だ。だが、スーヴァリーガルで何かが起こるのは間違いないだろう」

「それを止める必要があるんです。なんとしても……」

「うむ。しかし、現状ではスーヴァリーガルへ行くのは難しい。余程の事情がない限り、渡航は難しいだろう」

「だからこそ、アラベスク伯爵に頼っているんです。何とかなりませんか?」

「表向きには侵入できない。しかし、非合法なら可能だ」

「非合法?」

「そう。つまり密入国する」

「そ、それは可能なんですか?」

「可能も何も、今はそれしか方法がない。恐らくイリザは密入国を企てているはずだ。だから、君を巻きこみたくないと言ったのだろう」

「イ、イリザが、そんな馬鹿な……」

「密入国は危険だが、今の段階ではそれしか方法がない。君がやるというのなら、手はずを教えよう」

 俺は迷う。

 密入国ならば、それは犯罪行為になるだろう。

 万が一捕まれば、どうなるか分からない。特に俺は情報を知ってしまったのだから、諜報局が黙っているはずがない。

 いや、何か変だな。

 俺の中で急激に違和感が生じる――。

 果たして、本当に秘密を漏らすだろうか?

『亜種補完計画』

 これが正しいのだとしたら、国家機密に匹敵する情報だ。

 そんな情報を、一介の諜報局の局員であるイリザが何故知ったのか?

 仮に知ったとしても、俺に話すメリットはどこにもない。

 話せばリスクは生じる――。

 そのくらい、きっとイリザは知っているはずだ。

 なのに、彼女は俺に情報を話した。

 これにはきっと何か秘密があるはず。

 嘘に嘘を塗り固める……。

 この情報は嘘じゃないのか?

 諜報局に不穏な噂があるのは確かだ。だけど、亜種補完計画なんてものは本当はなかった。

 すべて、イリザの作った狂言だとしたら。その裏には何が隠されているのだろうか?

 少なくとも、一つ言えるのはイリザが危険に陥っていることだろう。

 もしかしたら、この瞬間、既にイリザはアウグスト家を離れているかもしれない。

 ならば、迷っている時間はない。

「やり方を教えてください……」

 と、俺は言った。

 すると、アラベスク伯爵は深いため息をついた。

「仕方ない。方法を教えよう。だが、良いかね。チャンスは一度きりだ。ムガンダの先に港町がある。そこに一人のコーディネーターがいるのだが、彼にこう言うんだ『イスルマスハルテ』。これがスーヴァリーガル行きの暗号だ。後はコーディネーターが何とかするだろう。くれぐれも私の名前を出さぬように……。万が一、私に何かあれば、その時はアウグスト家を潰す。それでも良いかね?」

「わ、分かりました。約束します」

「なら、行きたまえ。あまり時間はないのだから……」

「ちなみに今行っても大丈夫ですか?」

「夜になってからだ。ヴァンパイアは日中は動けないからね」

 俺は一旦、アウグスト家へ戻った。

 アウグスト家へ戻った時、夕焼けが差し込んでいた。

 もうすぐ夜になる。

 その前に確かめることがある。

 それは、イリザがここにいるのか? これに尽きる。

 俺の予想は正しかった――。

 イリザはアウグスト家にいなかったのだ。

 俺の姿を見たクロードがやってくる。

「遅いお帰りですね」

 もう、起きているのだろうか? 

 まだ夕焼けが差しこんでいる時間帯は、人間の世界の時間と照らし合わせると、早朝といっても、おかしくないだろう。俺を待っていたのか? それとも、何か別の理由があるのか……。

「イリザはどこへ?」

「イリザ様は今はおりません」

「今は日中だ。外に出られないんじゃ……」

「そうです。通常のヴァンパイアなら……」

 と、クロードは意味深な発言をする。

 通常のヴァンパイアなら。となると、イリザは通常のヴァンパイアではないのか?

 確かにその可能性はある。イリザは俺の祖父を孫なのだ。

 人間のクォーター。つまり、一〇〇%純粋なヴァンパイアではない。遺伝子学については全く知らないけれど、もしかしたらイリザには人間としての特性が流れているのではないか?

 そう。イリザは日中でも動ける。俺と同じように……。

「イリザのじいさんと、俺のじいさんは同一人物なんです」

 と、俺は言った。

 クロードは目を見開いた。心の底から驚いているように見える。

「イリザ様の御祖父様をご存じなのですか?」

「知っているというか、最近その事実を知ったんですが」

「謎が多い人物なのですよ。ですが、私が知っている御祖父様と、あなたの知っている御祖父様は、どうやら別人間のようです」

「別人間?」

「そうです。仮にあなたの御祖父様がイリザ様の御祖父様であった場合、あなたの同じ世界からやってきた人間ということになります。しかし、現実のイリザ様の御祖父様はハロルド・ド・ラ・アウグスト。れっきとしたヴァンパイアになります」

「イリザが嘘を言っているんですか?」

「いえ、恐らく嘘は言ってないでしょう。なぜなら、イリザ様はヴァンパイアにも拘わらず、日中動けるのですから。これは通常のヴァンパイアでは考えられないのですよ」

「ハロルドというじいさんではなく、俺のじいさんの血が流れているんだよ。イリザには。……何があって、歴史が曲がったのかは分からないけれど、確かにイリザたち姉妹には、俺の世界の血が流れている」

「しかし、日中に動けるのは今のところイリザ様のみです。リーネ様、シリル様、マリア様は完全なヴァンパイアと同じで、日中は動けないのですよ」

「遺伝子の気まぐれだよ。きっと、俺の世界にいた人間の特性がイリザにだけ引き継がれたんだ。だから、イリザは日中でも動ける」

 そこまで考えると、俺の中で一つの思いが思い浮かんだ。

 イリザが諜報局に入った理由……。

 きっと、イリザは日中に動けるヴァンパイアだから、諜報局に入ったのではないか?

 まだ二〇歳のイリザ。俺と大して変わりない年齢。

 そんな若年なのに、諜報局という大きな組織に入って活動しているのは、きっと日中に動けるという特性を利用されているから……。

 イリザは利用されている……。

 なら、俺の取るべき方法は何か?

 決まっている。イリザを救うんだ。それしかない。

「イリザがどこに行ったのか、教えてください」

 と、俺はクロードに詰め寄った。

 クロードは俺の肩を掴み、冷静に答える。

「落ち着きましょう。実は、これは内密にするように言われているのですが、あなたの熱意には負けました。正直に伝えましょう。イリザ様はスーヴァリーガルに行かれたのです」

 やはりそうか……。

 元々、イリザは俺と共にスーヴァリーガルに行くつもりなんてなかったんだ。

 きっと一人ですべてを抱えて、問題を解決しようとしているに決まっている。

 諜報局に利用されると分かっていながら、それでもなお、俺を危険に晒さないために、一人で動いたんだ。イリザは優しい女の子だ。すべて、自分で抱えようとしてしまう。もっと他人を頼れば良いのに、きっとその方法が分からないのだ。

 アウグスト家の長女として生まれ、この家系を引き継ぐために、イリザは色々と苦労したはずだ。嫌な顔せず、今まで淡々と暮らしてきたんだ。逃げたいと思ったことだってあっただろうし、通常のヴァンパイアと同じような生活を送りたいとも考えたはずだ。

 だけど、諜報局に自らの出生の秘密を握られているから、口答えできなかったんだ。

「俺、スーヴァリーガルに行きます」

「危険です。お止めください」

「無理です。俺はイリザを放っておくなんてできない。クロードさんだって、そう思っているはずです」

 クロードの表情が苦悶に満ちていく。

 彼もまた思い悩んでいるのだ。

 しかし、何もできない。行動を起こせない自分に腹が立っているかもしれない。

「私は、アウグスト家の執事として、この家を守らなければなりません。リーネ様、シリル様、マリア様。もちろん、イリザ様もですが、私はこの姉妹たちを守る必要があるのです」

「でも、このままじゃイリザは守れない。彼女は今、危険に晒されているんだ」

「おっしゃる通りです。できるなら、私がスーヴァリーガルに行くべきでしょう。しかし、残された姉妹がいらっしゃるのです。私はここを離れられません」

「なら、俺がその役目を担います。必ずイリザを助けてみせます。だから、行かせてください」

「……」

 クロードは押し黙った。

 その時だった。ホールの先広がる廊下から、声が響いた。

「行かせなさいよ。クロード」

 リーネだった。

「こいつ、一旦言ったら梃子でも動かぬ性格みたいだから」

「リ、リーネ。聞いていたのか?」

「そりゃあれだけ大声で言っていれば聞こえるわよ。イリザ姉ぇを助けられるのは、どうやらカイエしかいない。あたしだってイリザ姉ぇを助けに行きたいけど、あたしじゃスーヴァリーガルには行けない」

 すると、違う声が聞こえてくる。

「カイエ。イリザを救ってほしいのですよ。それがカイエならできるのです」

 シリルだった。

 不安を帯びた顔を向け、こちらに向かってくる。

 そして、その後ろには、マリアの姿もあった。

 マリアは小走りで俺の元までやってくると、

「すまほある?」

 と、言った。

「あるけど、どうするんだ」

「言葉を記録してほしい。姉様に届ける……」

「分かった」

 俺は動画を撮る。

 そこで、リーネ、シリル、マリアのメッセージを記録し、それを大切にポケットにしまう。

「俺に任せろ。絶対にイリザを助けてみせる」

 俺はこうして、アウグスト家を出て、スーヴァリーガルに向かうため、ムガンダの先にある港町へ向かった。


 夜を迎えた――。

 港町の名は、アレフッドと言い、少しずつ活気が出てきている。港町だから夜が早いのかもしれない(朝が早い)。

 港町に入り、俺は例のコーディネーターを探す。

 ヒントは『イスルマスハルテ』。この暗号文だけだ……。

 港には小さな漁船がいくつか止まっていて、これから漁に出るようだった。

 とりあえず話を聞こう。俺は船員の一人に『イスルマスハルテ』と、告げてみた。

 すると、船員はこう言った。

「このまままっすぐ行くと、小屋がある。そこにクガサミというじいさんがいるから、その人にその言葉を言ってみな。スーヴァリーガルに行くんだろう?」

「そうです」

「今は難しくなったが、クガサミならやってくれるだろう。あんたもまだ若いのに、物好きだね。危険だから止めとけと言っても聞かないだろう」

「残念ですけど、聞けません。すいません。でもありがとうございます」

 俺はそう言い。奥にある小屋に向かった。

 小屋の中は小ぶりなろうそくの明かりだけで、酷く薄暗かった。

 室内の中央に書き物机が置いてあり、そこに一人の老人が座っていた。

 せむしの老人――。これがクガサミという老人なんだろうか?

「イスルマスハルテ」

 俺は小屋の中に入るなり、そのように言った。

 ピクッと老人の表情が変わる。

「スーヴァリーガルへ行くのかえ?」

「そ、そうです。お願いします」

「危険だこってから、止めておきなさい」

「そう言うわけにはいかないんです」

「何か理由があるのかえ?」

 不思議な喋り方だった。声のトーンも独特で妙に耳に残る。

「実は……」

 俺はアウグスト家の秘密をかいつまんで聞かせる。

 黙っていては、何も解決しないように思えたし、前に進まない気がしたのだ。プライベートなことだけで、このクガサミという老人は、なんとなく信用に値する人間だと思えた。

 クガサミは俺の話を黙って聞いている。

 ボコッと骨が変形した背中。それが時折、もぞもぞと動く。

 相槌を打っているようだ。俺が話し終えると、クガサミが口を開く。

「なるほど……。『亜種補完計画』かぇ……。不可解な話じゃて」

「そうかもしれません。俺にだって良く分からないし」

「だが、イリザという少女が、スーヴァリーガルに向かったのは確かなんじぇね?」

「はい。それは間違いないと思います」

「助けたい……。そういうわけかえ?」

「そうです。なんとしても助けたいんです」

 俺はきっぱりと言った。

 絶対にイリザを助ける。どんなことをしても……。俺にはイリザに借りがある。

 この世界に迷い込んだ時、救ってもらったという借りが……。

 その借りを、今度は俺が返す番だ。イリザはきっと、救いを求めている。だけど、それを他人に言わないだけだ。言うことを、心のどこかで阻んでいる。だからこそ、妹たちにも必要最低限の内容しか教えていないのだろう。

 では、クロードはどこまで知っているのだろう?

 あの老執事は、すべてを知っているように思えた。知っているけれど、イリザを救えない。だから、彼は俺に未来を託したのかもしれない。俺がイリザを救う可能性に自分の未来を重ねたのだ。

「よろしい。ではスーヴァリーガルに案内しよう」

 と、クガサミは告げる。

 重い腰を持ち上げ、立ち上がると、机の引き出しから白い小さな笛を取り出し、それを「ピュー」と拭いた。軽やかであり、良く通る音が響き渡る。しばしの間、沈黙が訪れた。

 居心地の悪い空気が流れ、俺はじっと立ち尽くし、スーヴァリーガルはどんな場所なのか、想像を巡らせる。地球に近い場所なのだろうか? 地球のアイテムが多く発見される地帯だから、きっと地球に近い場所であるのは分かる。後は、時間が本当に戻るのか? これは行ってみないと分からない。

 未だに、半信半疑なのだ。時間を逆行するなんて、そんなことが果たして可能なのか? おとぎ話の中に足を踏み入れたようで、俺をチクチクと刺激した。

 しばらく待っていると、足音が近づいてくる。その足音は、クガサミと俺のいる小屋の前で止まり、トビラを叩く音が聞こえてくる。

「お呼びですか?」

 と、くぐもった声が聞こえる。

 聞いた経験のない声。知らない声だ。

「入りなさい」

 と、クガサミは言った。

 声の主が小屋の中に入ってくる。

 闇のような黒いマントに身を包んだ、背の高い男だった。

 顔をフードで隠しているから、良く見えないけれど、声の印象からはまだ若いように感じられる。

 こいつは一体誰なのだろうか?

「スーヴァリーガルへ一人……、そこの少年を案内するのじゃ」

 その言葉を受け、黒マントの男は俺に視線を向ける。

 鋭い眼光。青い瞳が俺に注がれる。僅かに金色の髪の毛がフードの隙間から見えた。

「分かりました。では少年、ついてきなさい」

 そう言うと、黒マントの男は静かに小屋の外へ出ていった。

 俺はクガサミに軽く会釈をすると、そのまま男の跡を追う。

 闇が広がる港。

 どこへ向かっているのだろうか?

 潮の香りと、波の音がわずかに聞こえてくる。

 辺りに明かりはほとんどなく、墨を流したような圧倒的な闇が、延々と広がっている。

 黒マントの男の輪郭が、闇に同化して見える。

「少しここで待っていなさい」

 と、黒マントの男は言った。

 俺はそれに倣い、その場で停止して、男を待った。

 男は闇の中に消えていき、すぐに見えなくなった。

 生暖かい風が、俺の頬を打つ。どこか生臭い。どれくらいだろう。俺が闇の中で待っていると「ちゃぷちゃぷ」と水の中を漂う音が聞こえてきた。

 よく見ると、黒マントの男が小舟に乗って現れたのだ。

 アルヴェスト王国の文明レベルを考えると、櫂で漕ぐような船を想像するが、黒マントの男の要した船は、エンジンが搭載された『地球の船』だった。

「さぁ乗りなさい」

 言われるままに、俺には船に飛び乗る。

 ガタンと音がして、船内がわずかに揺れる……。

 小学生の時、体験学習の授業で船に乗ったけれど、感覚的にはそれに近かった。つまり、どことなく地球を思い出したのだ。

「この船をどこで?」

 と、俺は問うた。

 この船はどう考えても、アルヴェスト王国の物ではない。この国にはまだエンジンというものがないからだ。だけど、確かにエンジンを搭載した船は存在している。考えらえるのは……。

「スーヴァリーガルの先の世界からやってきた船です。不思議な動力で動く、マジックアイテムですよ」

「エンジンですよ」

「えんじん?」

「そう。この船にはエンジンが積んである。だから、高速で動けるんです」

「君は、この船を知っているようだね」

「俺はスーヴァリーガルの先の世界からやってきたんです。つまり、この船は俺のいた世界の物なんですよ」

 俺がそう言うと、黒マントの男は大きく目を見開いた。

 驚愕の瞳が、俺に向かって注がれる。青々とした宝石のような瞳。それが興味深そうに俺に向けられている。

「君は、スーヴァリーガルの先からやってきた……」

「そうです」

「なるほど。面白い。だからクガサミが快諾したのか」

「クガサミは普段はスーヴァリーガルに行かせないのですか?」

「最近はめっきりなくなった。あそこは今、混沌としている。行くべき場所じゃない」

「でも、行かないとダメなんです」

「もちろん、案内はする。だけど、命の保証はできない。それでも良いのかい?」

 迷っている意味はない。行かなければイリザを救えないのだから。

 俺はゆっくり頷く。決意を固める。それが俺にできるすべてだ。

 黒マントの男は「そうかね」と一言告げると、それきり口をつぐみ、船を沖に向かって操舵し始めた。「ゴトゴト……」というエンジン音が聞こえ、船は闇の中を進んでいった。

 赤い月。

 それが神々しく見える。

 船の先端に立ち、俺は空を見上げる。星は見えない。見えるのは赤い月だけだ。

 不気味に見える月。地球に隕石が衝突し、月は赤く変色してしまった。だけど、今見ているこの月と、俺がこの世界に紛れ込む前に見ていた月は、同じものなんだ。そう考えると、どこか不思議な感覚が広がる。似ているようで、似ていない。

 そもそも、スーヴァリーガルまではどのくらいかかるのだろうか? 既に港を出てから二〇分以上が経っている。ある程度距離があるのかもしれない。一日中動きっぱなしだったから、疲れが出始めていた。体が重い。それに眠気もある。少し眠った方が良いのかもしれない。

 俺は運転室へ向かった。

 舵を握り、船を操舵する黒マントの姿がある。運転室内は、僅かだ明かりがある。とっくに蛍光灯の明かりは切れていたが、その代り、ろうそくでできた明かりが室内を照らし出している。黒マントの男に影を作り、どこかしら不気味な印象を俺に与える……。

「どのくらいでスーヴァリーガルに着きますか?」

 と、俺は尋ねた。

 黒マントの男は、船を器用に操舵しながら、

「あと五時間程度だろう。かなり距離はあるのだよ」

「少し、休んでいても良いですか?」

「構わない。この部屋の下に、休憩室がある。そこを使いなさい」

「ありがとうございます」

 俺は礼を言って、運手室の下の階に降りていく。

 八帖ほどの空間が広がっていた。

 高さが一二〇㎝ほどしかないが、横にはなれる。

 俺は疲れ切った体をようやく落ちつけられた。

 床に足を伸ばし、寝っ転がる。

 すると、疲れが一気に抜けていく……。

 俺は眠りに落ちた――。

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