誘い
「おし! 翔帰るぞ!」
ホームルームが終わったのと同時に、教室の真ん中も真ん中、ど真ん中の席から俺を呼ぶ大声が聞こえて来た。
五月蝿い! 少しは学校が終わった余韻に浸らせてくれ、それに周りもほら、驚き過ぎて固まってるじゃないか。
「五月蝿い。黙れ。カス。ハゲればいいのに」
「ヒドッ! そこまで言うか!? テンション低い分、実感を感じるのがなお酷い! と、そんな事より帰るぞ!」
おっと、つい本音が出てしまったな。メンゴです。
目の前に早足でやって来た声の主に視線を向ける。超絶イケメンが、腕をバタつかせながら暴れている。
こんな意味の分からない行動しているのに、教室中の女子が瞳をハートに変えて魅いっているの見ると、イケメンって得だな~。と、思う今日この頃です。
さて、こいつを紹介するのは超絶に嫌だけど、簡単に紹介します。
武倉 逸夢と言う幼なじみのイケメンだ。以上!
え? もっと詳しく話せって? すみません。俺の精神衛生上よろしくないので省きます。
それにしても何で今日はこいつこんなにテンション高いんだろ? 普段から高い方だが3倍くらい高い。
「二人とも遅い! ほら早く!」
声がした方を向くと、美人がドアの前で佇んでいた。
幼なじみその2で片桐 奈々夏と言い、ボブカットでキリっとした眼のスレンダーな美女だ。本人に言ったら図に乗るから断じて言わんが。
「おう! 今行く!」
逸夢が答えると、カバンを持ち奈々夏の方へ歩いて━━ちょっと待て! それ俺のカバンじゃん! なに勝手に持ってってるの!?
やべ! 急いで追わないと! スマホ、カバンの中に入れっぱなんだよ! ちょ! 合流した途端、何もなかったように出て行かないで下さい! はぐれたら連絡できないから! ホントに置いて行かないで下さい!
しくしく。校舎を出たところでやっとカバンを返して貰えました。スマホも無事にズボンのポケットに移す事が出来ました。ありがとうございました。
「で、って翔私達の話し聞いてた?」
はい。もちろん聞いてませんでした。でも素直に言ったらキレられるので言わんけど。
「面白そうだね。俺もやってみたいな~」
と返しとけば、この二人の場合は大抵大丈夫。なぜなら二人は極度のゲーマーだからだ。大抵はゲームの何々が楽しかったしかしない。なのでこれでOK。完璧な偽装工作ですよ。
おっといけない笑みが溢れそう。キリッとしなきゃ。
「そうだよね!? 楽しそうだよね!」
うん? なんか違和感? 奈々夏のテンションがいつもの返しより若干高い?
「おい奈々夏」
俺だけじゃなく、逸夢も違和感を感じた見たいで、奈々夏に疑いの目を向けていたが、奈々夏がアイコンタクトをして笑みを向けると頷いて黙った。
あ、これやらかしたか? 奈々夏が俺にニヤッとした、警察の包囲網からあざとく逃げ延びた犯人のような笑みを向けている。
「なら翔もやろ? ファンタジア クロニクル アース オンライン」
なるほど。普段ゲームをしない俺を誘う口実か。
う~ん。確か『ファンタジアクロニクルアースオンライン』って、ニュースでやってたやつだよな? なんでも、五感が現実のようにしっかりしてて、テスターにもう1つの現実と云わしめたゲーム。
ふむ。あれなら別にやってもいいのだけど、あれって確か予約分だけで売り切れだったよね?
「大丈夫だよ。私たちβテスだったから1つ余分に貰えるの。だからゲームはあるの」
疑問をそのままぶつけたら、流石はゲーマーと言った答えを頂きました。
よしあるなら問題ない。たまにはゲームでも付き合いますか。よしそうと決まったら善は急げ、えーと確か持ち金が4万あったからギリ買えるな。
「うん。わかった。それ売ってくれ」
財布を取り出しながら尋ねると、
「いや、お金はいらないよ? 翔にプレゼント」
と、予想外な返答が返ってきた。いやいやいや税込ジャスト四万の品、貰えないって!
「いや、ただで貰えないって」
「いいのみんなで決めた事だから」
「でも━━」
うん? 今皆って言ったな? 誰だろう?
「皆って誰?」
「私達と星羅姉さんと舞衣と美紀」
わお! 家の姉妹が出てきたよ! いや、奈々夏が皆って言った時に気付くべきか、あの人達も奈々夏達どうように極度のゲーマーだからな~。
「それでジャンケン━━ゴホンゴホン。話し合いの結果、私がプレゼントする事になって、星羅姉さん達がゲームの本格的な説明をすることになったの。だから断ってもどうせ翔の姉妹の誰かを経由して渡すだけよ?」
なるほど。家の姉妹なら「これ要らないからあげる」とか言って渡してきそうだ。しかも星ねぇから言われたら断れない。
「わかった。貰うよ」
「良かった~」
奈々夏のやつ、俺が受け取るって言ったから安心したのか、胸に手を当て大きく息を吐いている。不安にさせて何だか申し訳なかったな~。
って? あれ? 突然奈々夏が自分の胸に手を突っ込んだけど、どうした?
「じゃ、はいこれ!」
いやいやいや、ちょっと待とうか! いくらソフトが生徒手帳くらいだからって、なんで胸ポケットに仕舞ってるんだよ! 普通カバンだろ! カバン、ですよね?
「あ、うん。ありがとう」
温い! 内ポケットに入ってたからなんか暖められてるよ! 心無しか甘い匂いもするような気がする。いや、流石にしないか。
「じゃあ。二人ともまたね~」
ヒラヒラと手を振って、奈々夏が家に入って行く。いつの間にかもう家に着いていたらしい。
「あ、うん。また」
どこか釈然としない気持ちで答え、俺も隣の家へと向かう。実は奈々夏、俺、逸夢の家は隣に連なっているのだ。
今名前上げて思い出したけど、そう言えば逸夢のやつ、奈々夏がゲームに誘い始めてから無言だったな~。ま、いいっか。さて内容聞くか。どうせ家の姉妹はもう返って来てるだろうし。
「ただいまー」
俺が帰宅の挨拶をして、玄関のドアを締める瞬間に、こんな声を聞いた気がした。「翔を誘うの俺の役だった、よね?」と言う悲しい呟きを━━。