道場
道場にはわずかの門弟しかいなかった。その中で、異彩を放つ人物がいる。
辰之助だ。
門弟の一人に稽古をつけている。
防具をつけての打ち込みをしており、すさまじい音が響いている。
以前とは見違えるほど精力に溢れ、圧倒的な強さを見せていた。
打ち込まれた相手の竹刀が震え、弾き飛ばされた。拍手が入り混じり、他の門弟たちが憧れのまなざしで見ているのが取れた。
伊織は、道場の隅に座ってしばらく待っていると、辰之助がようやく気がついて防具を外して来た。
「めずらしいな」
「顔が見たくなって」
素直に云うと、辰之助が一瞬、言葉をなくしたように見えた。
「そうか……」
しかし、辰之助はすっと目を逸らすと、背中を向けた。
「しばらく打ち込みをするぞ」
「待っていてもいいか」
「好きにしろ」
それだけ云うと、辰之助は行ってしまった。
何か余計なことを云ってしまったのだろうか。
いつもと違う様相に伊織は戸惑った。
半刻(一時間)ほどすると稽古が終わり、門弟に片付けを頼んだ辰之助が行水をするために、井戸のほうへ向かった。
すぐ後を追いかける。
辰之助は、井戸の水を汲み上げて、手拭いで汗を拭き始めた。
「辰之助」
「伊織、今日は城に上がったんじゃないのか」
こちらも見ずに辰之助が云った。
「毎日上がっているさ」
「道場のほうへも顔を出せ」
怒った調子で云われ、拍子抜けする。
「怒っているのか」
「怒ってなどいない。ただ、体がなまっているのじゃないかと思っただけだ」
先ほどからいちども顔を見ない。何かあったに違いなかった。
「辰之助、俺の顔を見ろ」
ぐいと肩に手を乗せて強引に向かせる。
辰之助の目は釣り上がり、なにか云いたげな目をしていた。
伊織が黙って見つめていると、辰之助が観念したように息をついた。
「小園と云うのか、お前の許婚は」
あっと思った。孫四郎が来たのだ。




