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関係


 目の前にいる平井を斬り殺してしまいそうだった。が、表情を変えず伊織は淡々と云った。


「おぬし、何が云いたい」

「気をつけろと云うことだ」

「何に気をつけるんだ」

「言葉の通りだ。辰之助は色男だからの、俺でもぐらつく」

「話にならん」


 怒り心頭に発し、地面を踏みつけて歩き出した。まわりが見えなくなる。平井の声も届かなかった。


 気をつけるもなにも、もう泥沼にはまっている。


 辰之助との関係は、毎夜に及んでいた。

 呆れたものだと自分でも思う。

 国許にいれば江戸よりも比較的自由に動ける。無住の神社に入ってことに及んだり、頃合を見ながらお互いの家に行き来たりしても、仲がよいと思われているのか怪しまれることはなかった。


 昨夜も、辰之助の部屋でことをすませた。息が弾みのどの渇きを覚えた伊織に、口移しで水を飲ませてくれた。

 無言で抱き合いながら、このまま死んでもかまわないとすら思った。

 いつまでも抱きついていると、そろそろ帰ったほうがいい、と辰之助に云われる始末であった。



 歩いているうちに頭が冷静になっていく。


 彼が本当に云いたかったのは、谷村孫四郎に気をつけよという意味だったのではないか、と今さらながら気がついた。


 平井は、恐らく辰之助の思い人が江戸にいる話を孫四郎にしたのだろう。

 その相手が皮肉にも伊織に似ているという話もしたに違いなかった。

 女と比べられるとは理解に苦しむが、伊織は体の線は細く華奢なので、髪型が武家でなければ歌舞伎役者に間違われるような容姿をしていた。


 平井に気をつけろと云われたからといって、辰之助と今の関係をやめることはできない。


 ずっと手に入れたいと願っていた男とこうして体をつなぐ関係になったのだ。もし、孫四郎が邪魔をしようとするのなら、命を賭けてもいいと思っていた。


 江戸にいる町娘に懸想しているという噂が真実であるかもどうでもよかった。

 今の辰之助は自分に溺れていると自負している。

 遠く離れた娘のことなど気にしない。

 伊織は大きく息を吐いて、辰之助の顔を思い浮かべた。


 会いたい。


 顔を見るだけでいい。伊織は歩き出した。




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