出奔
町人の傷は浅く、命には別状なかったが、誰に斬られたのか、犯人を見たのか、そして、なぜ二人は夜更けに外にいたのか、追及されることになった。
その後、調べによって町人を斬った犯人は谷村孫四郎であり、それを追っていたのが伊織と辰之助で、翌日には孫四郎は藩を出奔していたことが明らかとなった。
孫四郎の他に跡取りもなく、辻斬りは重罪として、谷村家はお取りつぶしとなった。
孫四郎はどこに行ってしまったのだろう。
彼は生きているのか、死んでいるのか分からない。
伊織は、彼に真実を告げたことが果たしてよかったのかどうか、数日、悩み考え続けた。
自分は、伝えてよかったと思っている。
辰之助ともあれ以来、まともに顔を合わしていなかった。
お互い忙しい日々を過ごしていたが、自分は彼を前にして恥ずかしいことを云ったと思いだすと、たまらない気持ちになった。
ある日、屋敷でぼんやりとしていると、小暮がふすまの向こうから声をかけてきた。
「若さま、お茶をお持ちしました」
「入れ」
小暮が茶を持って入ってくるなり、伊織を見ると顔をしかめた。
「少しお体がなまっているのではありませんか? 汗を流したら気持ちいいですよ」
文机に置いた茶を一口飲むと、伊織はため息をついた。
小暮の云うとおりだと思った。
「そうだな、お前の云うとおりだ」
茶を飲み干して、立ち上がる。
小暮が目を見張った。
「どちらへ行かれるのですか?」
「まあ、な」
言葉を濁して玄関へ向かった。
外はまだ明るく、気持ちいい秋風が吹いている。
久しぶりに、小園に会いに行こう。
孫四郎という呪縛から逃れることはできたが、彼は今どこにいるのか、用心は必要だった。
彼は今何を思っているだろう。
墓地に着いて見渡すと、曼珠沙華が咲いていた。鮮やかな赤に目を奪われた。
花を見つめていると、孫四郎は生きている気がしてきた。
彼はきっと、小園のために生き続けるだろう。
もう、ここには居られないかもしれないが、代わりに自分が小園を守っていこうと思った。
「ここにいたか」
声に振り向くと、辰之助がいた。
あっと、息を呑む。
「久しぶりだ」
そう云うと、小園の墓の前で頭を下げて手を合わせた。
伊織は、黙ってじっとしていた。
あの事に触れられたらどうしようと、少し気まずい気持ちになる。
辰之助はくるりと振り向くと、にやりと笑った。
「挨拶しておいた。これからはお前がこの墓を守るのだろう」
「あ、ああ」
だしぬけに云われて思わず頷く。
「歩こう。ここにいると、何だかいろいろとみられているような気持ちになる」
辰之助はすたすたと前を歩いて行く。
伊織は静かに追いかけた。




