闇討ち
想いが通じあって、ますます辰之助から離れられなくなってしまった。
小暮には申し訳ないが、孫四郎の方へ話をつけにゆかなくてはならない。
だいぶ遅くになってしまい、辰之助から離れるのに苦戦したが、伊織は着替えるとそっと辰之助の屋敷を出た。
空は星がまたたいて綺麗だった。
雲ひとつなくすっきりとした空で、月明かりを頼りに急いで自分の屋敷へ戻った。
今は何刻なのだろう。ふと思ったその時、前方の暗闇でかすかに人が動くのを見た。
伊織は思わず足を止めた。
頭が痛いほど、心ノ蔵がドキドキとしだした。
誰かいる――。
足がすくんで動けずじっとしていると、暗闇から何者かが現れた。
伊織は息を呑んだ。
その何者かの手に光るのは、血に濡れた刀だった。
月明かりに反射して光っている。
ほっそりとしているが、袴姿の男だ。
武士を目の前にして、伊織は後ずさりした。
「探したぞ、伊織」
暗闇から声が聞こえた時、伊織は小さく呻いた。
「……孫四郎殿かっ」
ようやく声を発すると彼は笑ったような気がしたが、唇は引きつり目はうつろであった。
「何をしておられる」
聞いても無駄な事は分かっていた。が、彼の足もとに倒れている町人を見て、一刻も早く容体を確かめなければと思った。
手遅れにならぬうちに、医者に見せなくてはいけない。
「その者が何か悪さでもしたのですか…」
「悪さ…?」
孫四郎は不思議そうな顔をしただけだった。
「悪さなど、貴様だと思っただけだ」
伊織はぞっとした。彼は狂っている。
「何も云わずともよい、貴様は大橋の所からの帰りだろう」
待ち伏せしていたのか。
伊織は身構えた。
今こそ、彼に伝えなくてはならない。
その時、伊織の後ろから静かに砂利を踏む足音がした。
孫四郎の顔がピクリとする。
背後から来た者は、伊織の傍らにゆっくりと進んできた。
「伊織、大丈夫か?」
辰之助の声だった。
彼は、自分の肩をそっと撫でた。
「安心しろ、俺がそばにいる」
「ああ…」
これほど安堵した気持ちになったことはなかったが、自分の命よりも、辰之助の身が心配になる。
「いや、誰か人を呼びに行ってくれ」
孫四郎がさっと動いて、間合いを詰めてきた。
「避けろっ」
辰之助の声にハッとして二人は飛びのいた。
「おやめ下されっ」
伊織は無我夢中で叫んだ。




