待ち伏せ
屋敷へ戻りながらも、頭の中は辰之助の事で一杯だった。少し、頭を冷やそうと立ち止まって、ふと、小園に会いに行こうと思いたった。
菩提寺の方へ足を向ける。空はだいぶ薄暗くなっていたが、慣れた道を進んで行くと、小園の墓の前にぼうっと人が立っているのが見えた。
孫四郎だった。
伊織が思わず足を止めると、彼はそれを知っていたかのようにゆっくりと振り向いた。
「待っておったぞ、伊織」
孫四郎が低い声で云った。
どういう意味だろう…。
伊織は思わず身構えた。
孫四郎は静かに歩いてくると、伊織の方へ体を寄せて囁いた。
「毎日、ここに来ていたが、貴様に会えぬ日々が幾日も続いておった」
伊織は毎日、墓参りには来ていない。目を上げると、孫四郎は冷たい目でこちらを睨んでいた。
下手に刺激しない方がいいだろうと思い、目を伏せた。
「申し訳ありませぬ」
「これから大橋の元へ行くのか」
伊織は息をするのを忘れるほど驚いた。顔を上げるのが怖い。
「知らぬと思っているのか? 俺は全部知っているぞ」
「何の話でございますか?」
伊織は大きく息を吸うと、孫四郎を睨むように見た。
「白を切るつもりか。だが、いいのか? そなたらの関係が世間に知れてもそなたは平気でいられるのか?」
「孫四郎どの」
伊織は向き直った。
「もっと早くにお話をすべきでございました。小園どのが亡くなった時点で、それがしとの縁談はとうに切れているのでございます。あなたに脅されるいわれはございませぬ」
「ほお…」
孫四郎の顔色は変わらなかった。しかし、彼は、すっと体を前に屈めると刀の柄に手を添えた。
伊織は飛び退った。
孫四郎が抜き打ちに斬りかかってきた。
油断していた。彼は、最初から自分を斬るつもりでいたのだ。
伊織は、自分も鯉口を切った。
草履を脱いで正眼に構えたが、こんな場所で斬り合いなどしたくなかった。
「孫四郎どの、小園どのが見ておりますぞ」
「望むところだ。裏切り者をこの手で殺せば小園も喜ぶであろう」
伊織は怒りで腹が熱くなった。
なんて、勝手な事を云うのだろう。
「孫四郎どのは、本気で云っておられるのかっ」
「何?」
「小園どのの本当のお気持ちを知っておいでなのかっ」
とたん、孫四郎の目つきが変わった。
「そなた、拙者と小園を愚弄するつもりか」
「違いますっ」
これは何を云っても無駄だ。
伊織は悟った。




