08 スクランブル・プレイバイク
つい先日、相棒の列に加わった、最年長にして最小排気量の彼の視点で描いてみました。
…私は、20年以上走り続けてきた。
走り始めたのは1980年代の後半くらいだっただろうか、この辺りの道路はまだ砂利道が多く、当時の主人を背中に乗せながらガタゴトと田んぼ道を走ったのを今でも覚えている。
そろそろ私が刻む轍も終着点に辿りつくのかと、バイク屋の片隅でキレイに舗装された国道を眺めていたが、そんな時フラリと現れた若造が私をまた路上へと引っ張り出した。
私はホンダ・スーパーカブ90カスタム。少々歳をとってはいるが、長いこと走り続けてきた実用バイクだ。
久し振りに走り出た路上は、昔の面影がすっかり消えてしまっていた。
街を走るクルマ達は静かで、ほとんどエンジン音も出さず、排気ガスすら出さないモノまでいる。
どのクルマも丸っこくて角が無く、ヌメッとした顔をしていた。
すっかり場違いだな。
私は20年前から変わらぬ姿で、道の端をトコトコと進んだ。
周りを走るクルマ達がいやに大きく見える。
黄色いナンバープレートは軽自動車だったはずだが、随分とみんな背が高いし、幅もデカイ。
時代か…‥。
無性に寂しく感じた。
と、若造が一軒の農家に私を乗り入れる。
そのまま納屋の片隅まで進んだ。
ようやく少し懐かしい風景が目に入る。
そこここに置かれている農業用機械は昔とは随分と形が変わっているが、見ればそれがどんな役割を持っているか解る。
なにしろ、私もこういう場所でずっと過ごしてきたのだから。
「さてと…‥」
若造は私を納屋の片隅に停めてセンタースタンドをかけると、呟いて納屋のあちこちから荷物を引っ張り出し始めた。
なにを始める気だ?
若造は工具箱を持ち出し、タイヤやらマフラーやらバイクのパーツらしきモノを納屋の中に並べていく。
どうするつもりなんだ?
なんとはなしに予想はついたが、あまり考えたくは無かった。
「よーし、始めますか」
気合を入れるように若造が大きく伸びをし、工具を手にする。
思ったよりもテキパキと、時折レッグシールドの裏を覗き込んだりしながら私の体のネジを次々と回していく。
あっという間に白いレッグシールドは取り外されてしまった。
ちょっとスースーして気恥ずかしい。
しかしそれで終わりではなかった。
今度は大きめのレンチを持ち出し、マフラーを外しにかかる。
20分もせずに私の心臓から伸びたマフラーは取り外されて納屋の床に転がっていた。
だが、それでも若造は工具を手放さない。
まだやる気か…‥
もはや諦めに近い心境だった。好きなようにしてくれ。
若造は私のタイヤを取り外し、さらにホイールからタイヤ自体をも外していく。
タイヤ交換か…‥と思ったが、どうもただのタイヤ交換ではなさそうだ。
かたわらに並べてあったゴツゴツとした不恰好なタイヤをホイールにはめている。
その編み上げ靴みたいなのを私に履かせる気か?
私は小さく溜息をついた。
この歳になってあんなゴツいのを履くことになろうとはな。
ところが、溜息をつきたくなるのはこれだけではなかった。
新しいタイヤを付け終ると、今度はマフラーだ。
取り外したマフラーではない。
足下にぶら下がるはずのマフラーが、尻の方に向かって付け根からグイと上に持ち上がっている。
何だ、これは?
もはや自分がどんな格好になるのか想像もつかない。
若造はフロントタイヤもゴツいのに入れ替え、我々スーパーカブのトレードマークともいうべき白いレッグシールドも、黒くて泥除けの無いスースーする短いものに付け替えてしまった。
私はどうなったんだろう。
「よし、出来た。これでオマエはスーパーカブ90スクランブラーだ」
若造が汗を拭きながらバンと私のシートを叩く。
スクランブラー?
意味はよく解らないが、年甲斐も無く胸の奥が高鳴るような響きだ。
若造が私を納屋から出し、ヘルメットを被ってシートに跨る。
キーを捻り、セルボタンを押した。
ヒュルルルルル…‥、デデ、トテテテテテ…‥
エンジンを覆っていたレッグシールドが無くなって風通しの良くなった心臓が、さっきまでよりも軽い音で回り始める。
なんだろう、尻の方に抜けるマフラーの音が心地良い。
若造がギアを1速に入れ、アクセルを開く。
おや?
体が軽い。
心なしか各ギアの伸びも良い気がする。
しばらくして若造が、珍しく未だに残っている田んぼの真ん中の砂利道へとハンドルを切る。
おおっ!
驚いた。
この軍人の編み上げ靴みたいにゴツいタイヤが、実に良く路面を噛む。
かつて若い頃に砂利道を走った時よりも高いスピードで地面を蹴立てていける。
これは良い。
私は背中でハンドルを握る若いのを少し見直した。
これか? これがスクランブラーってヤツなのか?
良いじゃないか。
私は背中に跨る相棒のアクセル操作に応えてさらに加速した。
私はホンダ・スーパーカブ90スクランブラー。
ついさっき新しい自分に出会ったばかりの、プレイバイクだ。
きっと、なにしやがるこの若造が!
と思っているんだろうなと思いながら、作業をしました。
乗ってみると実に面白い仕様になったと思います。
ちょっとは新しいタイヤやマフラーを気に入ってくれたかなぁ~と考えてしまうこの頃です。