07 夕陽を浴びて
梅雨空でストレスが溜まる一方でモヤモヤしますよね。
梅雨の晴れ間のお話しです。
いつの間にか…‥私も40歳を過ぎ、あと4ヶ月もすれば42歳の誕生日がくる。
この年齢になると、仕事の上で出口の無い問題と向き合わなければならないことも随分と増える。
その分の給料を貰っているといえば、そうなのかもしれないが、疲労は目に見えないカタチでいつの間にか蓄積していくものだ。
その日もそんな疲労が腹の底に澱んでいた一日だった。
朝、久し振りに梅雨の小休止が訪れ、青空といかないまでも雲の切れ間が覗いていたので、バイクで出勤することが出来た。
それでも気分は晴れなかった。
勤務時間が始まれば、また重苦しい疲労が積み重なっていき、心を曇らせる。
それでも、何とか大きなトラブルにせず一日を乗り切ることが出来たのは、もはやすっかり体に染み付いてしまったサラリーマンとしての経験のおかげだろう。
終業時間を迎え、早々にデスクの上を片付けて逃げるように事務所を出る。
勤務時間外まで仕事のことを引きずるのはゴメンだ。
私は駐輪場まで早足で歩き、つい先日から相棒の1台に加わったそのバイクを目にして、ようやく緊張を解いた。
相棒達の中では一番排気量の小さな90ccのエンジンを腹の下に抱いた、静かな佇まい。
ホンダ・スーパーカブ90カスタム
いじってやる時間がまだとれず、ノーマルのままだ。
カブらしいダークグリーンのボディと四角いヘッドライトが私の方を向いて待っている。
だいぶ疲れた顔をしてるな、すっかり眼が曇ってるぞ。
ハンドルロックで首を傾げている様に見える相棒は、そんな言葉をかけてくれているように思えた。
大きな溜息を吐き出す。
「参ったな、こりゃあ切り替えが必要だわ」
改めて疲れている自分を自覚し、呟いた。
ヘルメットを被り、グローブをして『よっこらしょ』とシートを跨ぐ。
これまたオヤジくさいなと自分に肩をすくめる。
キーを捻ってセルボタンを押した。
カブの小さなエンジンがキュキュキュキュ、ババン、タタタタ…‥と目を覚ます。
ゆっくりと駐輪場からバイクを引き出し、ギアを1速に踏み込んでアクセルを開いた。
小さいとはいえ、90ccの加速はすぐに道路の流れにのって走り出す。
しばらくは惰性のようにいつもの通勤路を意識もせずに走った。
信号が赤に変わる。
ブレーキをかけながらシーソーペダルのかかとを踏み込み、そのまま軽くアクセルを煽ってからかかとを上げた。
遠心クラッチ独特の操作だ。
これで通常のマニュアルミッション車と同じようにエンジンの回転数を合わせたシフトダウンが出来る。
3速から2速、2速から1速へと落として停止。
ボンヤリと赤い光を眺める。
ふと我に返った。
腕時計の針はまだ午後6時にもなっていない。
このまま帰っても嫌な気持ちを引きずってしまいそうだった。
私は反射的に自宅とは逆方向にウィンカーを出していた。
信号が青に変わる。
アクセルを開いた。
田んぼの真ん中の道に出る。
視界が一気に開け、朝とは比べものにならないほどキレイに晴れた空が目に入った。
いつの間にかこんなに晴れてたんだな。
西の空がわずかに赤みを帯びだしている。
私は真っ直ぐな田んぼ道を突っ走り、カブを土手の上の一段高い場所へと導いた。
この時期の日暮れはのんびりと訪れる。
日が沈むまではまだ1時間近くあるだろう。
土手の上でカブのエンジンを切り、シートから降りる。
カブの隣りの地面に直に腰を下ろした。
傾き始めの太陽の光を浴びて、カブのレッグシールドがほんのりと赤く染まっている。
そして、気が付いた。
何も変わらない。
陽の光に照らされる夕方の景色はいつもと同じまま、目の前に広がっていた。
腹の底に澱んでいる様に感じたのは、日常に飽きてしまっている私自身の諦めのようなものだ。
世界は相変わらず目の前で色鮮やかに存在し続けている。
曇っているのは世界ではなく、私の眼と心だ。
ふう…‥と大きく息を吐いた。
こんな時どうすれば良いのかは、2年程度のバイク歴でも心得ている。
私は立ち上がってシートを跨ぎ、相棒のエンジンを再び始動させた。
トトトト…‥と足下からリズミカルな鼓動音と振動が伝わってくる。
スタンドを解除し、シーソーペダルの爪先を踏み込んで、アクセルを開いた。
周囲に柔らかな風が起こり、私の中の曇りを吹き飛ばしながら世界が加速を始める。
しつこく腹の底に澱んでいたものもエンジンの鼓動音に追い立てられるように消えていった。
夕陽を浴び、風を感じ、エンジンの鼓動と共に自分の中の何かが力強さを取り戻していくのを感じる。
土手の上を加速しながら叫びだしたくなった。
最高だ。
これだから…‥バイク乗りはやめられない。
夕焼け空とバイクの鼓動はカラダとココロに溜まったものをすっかり吹き飛ばしてくれました。
やっぱりバイクは最高です。