05 背中の思い出
初めてのタンデムについてです。
これからもたくさんの思い出を増やしてきたいと思った楽しい時間でした。
6月の土曜日、頭上には久し振りによく晴れた青空があった。
私はいつものように弾む気持ちを抑えながら、マンションの駐輪場へと向かう。
その後ろを、Sサイズのヘルメットを両手で抱えて、彼はついてきた。
ヘルメットの後ろに貼った、いま流行っているアニメのキャラクターをアレンジしたステッカーをニコニコしながら眺めている。
彼は牧村友貴、この4月に小学1年生になったばかりの私の息子だ。
背の低い父に似たのか、体の小さな息子が持つとSサイズのヘルメットも大きく見えた。
駐輪所まで2人で歩き、カバーを外してチェーンロックを解除する。
スカイブルーメタリックの車体は、いつもよりも優しげに見えた。
路肩までゆっくりと押していく。
息子は大人しく3歩ほど後ろでそれを眺めていた。
センタースタンドをかけ、息子に「触ってごらん」と勧める。
「わぁ~」と言いながら息子がスクーターの周りをぐるぐる回る。
「これは何?あれは何?」と質問攻めにあった。
丁寧に説明をしてやりながら、私自身もこの上なく楽しい気分になる。
自分の子供がバイクに興味を持ってくれることがこれほどに嬉しいとは…‥予想以上だ。
一通り質問に答え、安全のため、どこに乗ってどういう風にしないといけないのかを教える。
息子にとっては初めて乗るバイクだ。
楽しい思い出にしてやりたい。
そうだ、記念に写真を撮っておこう…‥と息子にカメラを向けると、緊張がハッキリと表れた『気をつけ』の姿勢になった。
私が笑って「ポーズはそれで良いの?」と訊いてやると、ハッと思い出したように仮面ライダーのような決めポーズをとる。
シャッターを切った。
まだ少し緊張も残っているように見えるが、ほど良くリラックス出来たかな?
カメラをしまってから息子にタンデム用のベルトを付けてやり、ヘルメットをかぶらせる。
ヘルメットの大きさと体の小ささのアンバランスさがとても可愛らしかった。
私が先にシートに跨り、息子に「乗って良いよ」と声をかける。
息子は小さな体を一杯に伸ばしてパッセンジャーシートによじ登った。
タンデム用のベルトを私も装着して、2人をキチンと繋ぐ。
インターネットで調べて手に入れた物だったが、実に良く出来ている。
運転する私にはリュックでも背負うかのように違和感が無く、後ろに乗る息子にはしっかりと繋がっている安心感を与えながらも窮屈さをほとんど感じさせない。
これなら安心だな。
私はヘルメットにつけたインカムのコードを接続して息子に声をかけた。
「準備は良いか?」
「…うん!」
スピーカーを通して少し緊張気味の声が返ってくる。
「じゃあ、いくぞ」
私はアドレスのアクセルをジンワリと開いた。
「わぁ〜」
幼い声はその後が続かないようだ。
それでも、背中越しに興奮が伝わってくる。
「怖くないか?」
スピードを抑えたまま、後ろに声をかける。
「楽し〜!」
答えは即座に帰ってきた。
「…そうか、楽しいか。そうだな、楽しいな」
私は自分の口許が緩むのを自覚していた。
後ろに気を遣いながら、徐々にアクセルを開いていく。
いつもなら軽やかな音とオイル混じりの白煙を背後に残し、気持ちの良い加速を見せるアドレスだが、今日はジワリジワリとスピードメーターの針が上がるように右手を調節する。
息子がタンデムベルトに付いたグリップをギュッと握るのが腰から伝わってくる。
左の緩いカーブで車体が傾いたのだ。
乗る前に説明したことを良く守って私の体に合わせるように体を動かしている。
「大丈夫か? 怖くないか?」
車体が傾きから戻ったところでもう一度声をかけた。
「ビューンってなって楽しいね〜」
息子の楽しげな声がヘルメットの中に響く。
「ビューンか! そうだな、ビューンは楽しいなっ!」
返す私の声もトーンが高くなる。
「ビューン!」
「ビューン!」
2人の声がヘルメットの中でアドレスの軽やかなエンジン音と重なっていく。
途端にビューンは笑い声に変わった。
タンデムベルトを通して、息子の楽しげな気持ちが伝わってくる。
良かった。
この子は風と加速を楽しめている。
私はまた「ビューン!」と声をあげながらアクセルを開けた。
かつて自分の父の後ろに乗った時の記憶が蘇る。
あの時と同じ、暖かく優しい風だ。
息子の声が後を追うように「ビューン!」とヘルメットの内側に響く。
背中に小さな体の温かさを感じる。
息子はこの乗り物の楽しさを今、体一杯に感じているはずだ。
いつもより少しだけ優しげな風を感じながら2人の声が青空の下で響いた。
『ビューン!』
息子はバイクがいたく気に入ったようです。
このところ雨続きでなかなか2人で乗る機会がありませんが、娘も順番待ちをしているのでお天気が待ち遠しいです