02 梅雨入り~6月の雨を眺め、カラフルな世界を思う~
2話目です。
これまた前作と似た内容ですが、今シリーズでは一人称の語り手をいくつかのキャラクターで入れ替えながら書いていこうと思っています。
この2話目は前シリーズに近い『私』が語り手のエピソードです。
バイクに乗るようになって1年半が経つ。
秋が来る頃には2年だ。
関東では先日、梅雨入りのニュースが流れた。
窓の外では今日も雨が降っている。
土曜日。午前8時40分。
ツーリングマップルを見ながら、何度も空模様を眺め、溜息をつく。
いつの間にか、すっかりバイクの魅力にはまってしまった。
病気を経験してほんの少しだけ体に不便を感じるようになったせいか、初めは「自分はまだ若い」と思いたくて2輪の免許をとり、バイクに乗り始めた。
でも、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
バイクに跨ってアクセルを開いた瞬間の、グイッと前に出る感覚に魅せられた。
昔、ハイパワーのスポーツカーに乗っていた時に感じたモノに近い感覚。
たった250ccなのに…‥
驚いた。
自動車学校で乗った教習用のバイクは400ccだったが、大きくアクセルを開けるような機会はあまり無かった。
たった250ccなのに、このリニアな気持ちの良い加速感。
その乗り物は、アクセルを開く度に若返るような、熱いエネルギーに溢れていた。
ヘルメットの内側でニヤニヤしながら何度も加速を繰り返す。
コーナーも良い。
ブレーキングしながらシフトダウンし、車速を落として体重移動をする。
すると、コーナーの曲率に合わせて車体は自然に傾いていき、私とバイクは地面を斜めに見ながらコーナーへと突入する。
体にかかる遠心力が心地良い。
バイクはコーナーの外側に向っていくチカラと、車体の傾斜とをバランスさせ、出口へ向けて向きを変えていく。
視線をコーナーの先へと送りながら、アクセルを開いた。
エンジンの鼓動が高まり、傾いていた車体が加速しながら起き上がる。
ギア比の低い私のバイクはコーナーの脱出も機敏だ。一気に車速を回復し、シフトアップを要求してくる。
私はすぐにギアを一つ上げ、また加速を開始する。
体にかかる荷重が心も加速させていく。
私は世界を置き去りにし、加速と旋回を繰り返していった。
そして、ひとしきり楽しんでからフゥと息を吐いてアクセルを緩める。
途端に周囲の景色が目に飛び込んできた。
西の空が紫色に染まっていく。
陽が傾き、遠くまで広がる田んぼの向こう側の森に、大きく真っ赤な太陽が沈む。
世界が茜色に変わっていった。
何もかもが今日の最後の陽の光に染め上げられている。
バイクを停め、エンジンを切った。
ヘルメットを脱ぐ。
言葉が無かった。
今まで気にもとめなかった景色に、言葉にならないほどの何かを感じる。
跨ったままの、尻の下のバイクに目をやった。
これもオマエのチカラなのか?
バイクは応えない。
静かに、熱を持ったマフラーを落着かせるかのように、キン…キン…と小さな音をたてるだけだ。
それ以来、バイクに乗っていても景色が目に入るようになった。
土手一面を埋め尽くす陽の光の結晶ような菜の花も、雨上がりに透明な宝石のように輝く雨粒をまとったアジサイも、全てがカラフルに私の目を、意識を捉える。
走りたい。
スピードを上げなくてもいい。
遠くまでいけなくてもいい。
ただ、バイクに乗って走りたい。
あの、世界が色合いを際立たせ、鮮やかに色づく瞬間を、あの感覚を感じたい。
相変わらず窓の外では、なかなか止む気配を見せない梅雨の重い雨に、世界全体が煙っている。
まだだな…‥
焦ったらダメだ。
私の拙い技術では、雨の中を気持ち良く走り、世界の彩りを感じるなんてことは出来ない。滑る路面に神経をすり減らすだけだ。
ヘルメットにグローブ、ライディングジャケット、ライディングブーツ。
いつでも出られる準備を整えて、窓の外を眺める。
駐輪場ではカバーを被ったバイクが、路上に出る時を待っている筈だ。
焦らなくても良い、世界は変わらずそこにある。
今はただ、ツーリングマップルと窓の外の雨を交互に眺めながら時を待つ。
世界が鮮やかな色を取り戻す、バイク乗りのための時間が訪れるその時を。
やはり前シリーズに近くなってしまいました。
1話目同様、温かい目で…‥ご容赦ください。