01 そこから轍《わだち》は始まって…
約2ヶ月間の充電で再出発。
見切り発車か、自己満足か…
読んでいただけたら幸いです。
ここに、40歳になる2ヶ月前になって2輪免許を取得した男がいる。
そして、翌月には鮮やかなライムグリーンの1台のバイクと出会う。
バイクを操る技術は未だ拙く、既に40歳を過ぎた、遅れてきたバイク乗り。
しかし、バイクに跨って目にする世界の鮮やかさに魅せられ、のめり込む様にバイクと共に日々を送る。
ここにつづるのは、そんな遅れてきたバイク乗りの周囲を流れる時間と、刻まれる轍
私はKL250H、カワサキ・スパーシェルパ。
2002年式の少しくたびれたオフロードバイクだ。
私が今の相棒に出会ったのは1年半前の秋だった。
埼玉県にある大きなバイクショップの中で、他のバイク達の入れ替わりを長いこと見守りながら過ごしてきた私は、またここで冬を迎えることになるのかとボンヤリと考えていた。
店頭の目立つところには私の遠縁にあたるカワサキ・Dトラッカーやヤマハのセロー、流行のビックスクターやアメリカンタイプのバイクが並び、私は店の奥でホコリを被ったまま、静かに日の暮れていく表通りを眺めていた。
そんな時、Yシャツにスラックス、革靴という典型的なサラリーマン姿の男が店に入って来た。
若くは無い。
私と同じように少しくたびれた中年男。
彼は店頭でDトラッカーとセローを眺めた後、ぐるっと店内を見回し、私のところで目をとめた。
目が合う。
ゆっくりと、私のところに歩いて来る。
ちょっと歩き方が変だった。ケガでもしているのだろうか。
私の前で止まると、静かに私のエンジンや外装、サスペンションやホイールをジッと眺める。
私はホコリを被ったままだったが、臆することなく、男を見返した。
店の表にいる若いのも良いが、私だってまだまだ走れるぞ。
エンジンを始動させていない私の声が聞こえるとは思えないが、胸を張って見栄をきった。
男は黙ったまま私を見ている。
店員が来た。
男と何か話している。
店員はどうやらセローを勧めているようだ。
まあ、そうか。
私のような旧型よりも、最新のバイクを勧めるのが当たり前か。
「…カワサキが良いんですよ」
ん?
男が私の方を見ている。
「これも良いバイクですよ」
店員が慌てて私のホコリを払い始める。
ん? なんだ、急に?
男は、少し慌てた様子の店員の説明を静かに聞いている。
「コレを、お願いします」
男がきっぱりとした口調で店員に言った。
店員は「書類を用意しますね」と事務所の方に小走りに走っていく。
男がその背中を見送ってから私の方に向き直り、静かな声で一言呟いた。
「よろしく頼むわ」
そうか、君は私の新しいパートナーになるのか。
こちらこそ、よろしく頼むよ。
男と私はしばらく無言だった。
「こちらへどうぞー」
書類の用意が出来たのか、店員が事務所から顔を出して声をかける。
男は軽く手を挙げ、ちょっと左足を引きずるようにしてそちらに歩いていく。
どうやら、今年の冬はここではない場所で迎えることになるようだ。
あの男が来てから3週間が経った。
私は店員たちの手によって久し振りに隅々まで整備を受け、磨かれ、新しいナンバープレートを付けられた。
ナンバーは埼玉県の東部地区のものだ。
店員の手で押され、清々しい気持ちで店の外に出る。
初秋の陽射しの中で、スロープをかけられたトラックが私を待っていた。
このトラックに乗ってこの店に来たのも随分前のことだ。あれから何度、店の奥で冬を越したことか。
トラックは黙って背中をこちらに向けている。
店員が私をトラックの背中へと押し上げ、ベルトが掛けられて体が固定された。
トラックのエンジンがかかる。
店頭のDトラッカーやセローが無言で店を去る私を見送っていた。
いつか、また路上で会おう。
私は店頭のバイク達に声にならない別れの言葉を送った。
私を乗せたトラックがゆっくりと走り始める。
自分のエンジンに火を入れていないのに景色が変わっていくのを眺めるのは不思議なものだ。
バイパス沿いにある店を出たトラックは、徐々に緑の比率の高くなる景色の中へと進んでいく。
不思議な感覚のドライブは1時間余り続いた。
もう周りの景色は田んぼと畑ばかりだ。
稲刈りの済んだ田んぼはガランとしていてちょっと寂しい。
田んぼの中の道を抜け、そこだけ住宅が寄り添うように集まった新興住宅地のマンションの前で、トラックが停まった。
店員が運転席から降りてきて、私に掛けられたベルトを外し、スロープを掛けてトラックの背中から降ろす。
しばらくすると、あの男がマンションの1階のドアの一つから現れた。
どうやらここが、私の新しい居場所になるようだ。
店員が男にキーを渡しながら私の隣りに立ち、今の私の状態やボタンの位置などを説明していく。
男は始めて会った時と同じように、静かにそれを聞いていた。
店員が「どうぞ」と私の隣りを譲る。
男は手の中のキーを一度ジッと見つめてから鍵穴にそれを指し、スタートの位置まで回してからチョークノブを引き、スタートボタンを押した。
キュキュッ、バンッ、ババババババ…
私は男の前で始めてエンジンを震わせた。
男の表情が満足げな笑顔へと変わる。
しばらく私の鼓動を聞いた後、店員が取り出した書類に男がサインをする。
「ありがとうございましたー」と店員が軽薄な挨拶をし、トラックが遠ざかっていく。
男がキーを回して私のエンジンを止めた。
私も、男も無言だった。
秋晴れの陽射しの下で、エンジン音の余韻に浸るかのようにただ佇む。
男が静かに私のタンクの上に手を置く。
私は隣りに立つ男を見上げた。
『よろしくな』
私と男がお互いにそう思ったように感じた。
気のせいかもしれない。
しかし今この時から、私とこの男とが刻む轍は始まったのだ。
そうだ、準備はもう出来ている。
どこまでも走っていこうじゃないか。
世界は、遥か彼方まで広がっている。
第1話は前作の焼き直し的な内容になってしまいましたが、エピソードを進める毎に新たな内容を織り込んでいこうと思っています。
温かい目で見て…‥ご容赦ください。