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砂漠の街のチェロンダ  作者: 佐木間
第一章
6/21

テリアの推測

「ああ、いいよ」

「え、本当?」


 チェルは二人が帰った後シャルに頼んだら、悩む様子もなく簡単に了承が返ってきて驚いた。


「うーん、驚くようなこといったかな?」

「い、いや、急に人に会ってくれっていったし、医者を紹介しろって不躾なお願いしたつもりだったから……」


 苦笑するシャルに慌てて、チェルは手を振った。


「その二人に会うことも別に構わないし、僕は医師免許を持ってるから、診れないこともない」


 無理そうだったらちゃんとした人紹介するつもりだしね、という青年にチェルは再び驚いた。二十五も越えてないだろうこの男が、合格者の平均年齢が三十近くであると聞く、あの難関試験を突破したとは思えなかったのだ。


「嘘だぁ……」

「あのね、巡回医師は皆一応免許持ってるよ。持ってるだけの人も多いけどね」


 失礼なことをつぶやいたチェルに、シャルはわかりやすく説明する。

 巡回医師は都市間の研究所を巡り、そこで集めた情報を本部である研究都市に持って帰るのが仕事である。情報収集は自分が理解することが大事であり、優先項目の一つが医療技術であるため、結果皆が医師免許を持つとのことだった。


「こっちでは珍しいかもしれないけれど、向こうじゃ二十四ぐらいでとれるよ」


 僕は少しばかり早かったけどね、と彼は肩をすくめた。



 そんなことがあり、彼らは翌日店を開けて早々に顔を合わせていた。

 シャルは一度研究所に戻ったので白衣を着ている。双子は休日であったからか軽く上着を羽織っていた。

 出会った彼らの雰囲気は何故か一触即発という物々しいもの。理由がわからないチェルは首を傾げながらも紹介してやった。


「彼はシャルトリューね。巡回医師でつい最近アルヴィスに来たんだって。シャル、こっちが兄のリンネ、そっちが弟のテリアよ。性格が全く違うから、慣れれば簡単に区別つくと思う」

「よろしく。シャルと呼んでくれ」


 何か感じとったのか、テリアが満面の笑みで握手を交わす。見れば手に血管が浮き出ていた。一体どれだけの力で握手してるんだろう。しかしシャルは表情を変えず、逆にテリアが一瞬震え、手を離した。


「アンタ、もしかして朱石(シュセキ)?」


 その言葉を聞いて、チェルとリンネは息を呑んだ。

 ケモノビトは能力により位がわかれている。あまり人間と変わらない砂石(サセキ)、ケモノと戦える磁石(ジセキ)、そして飛び抜けた能力を持つ朱石。

 研究の進んでない昔は砂石がほとんどだったらしいが、いくぶん発展した今は磁石が大半である。

 そして朱石。これは半ば伝説の存在と化している。災害といえるほど強く、本能に任せてその能力を解放したら、あたりには何も残らないらしい。十数年前、北西の反人間勢力の基地が朱石に襲撃され壊滅したというのは、遠く離れたここでも、いまだに話に登っていた。


「まさか。僕は磁石だよ」


 ほら、と彼は石を見せてくる。青の粒が奔っているものの、闇のように深い黒は、確かに磁石のものである。


「青が混じってるんだ。初めて見た」

「まあ研究者でもあるから、色々あるんだよ」


 遠回しな言葉に、あまり触れてほしくないのだろうと悟ったチェルは話を変えた。


「へぇー、綺麗ね。血石じゃなかったら欲しいかも」


 位を表すこの石は、その名の通り持ち主の血で作られている。よって他人のものを持っていても、検査すれば容易く虚偽を見破れるのだ。


「ありがとう。僕も血石じゃなかったらあげてたよ。助けてもらったお礼もまだだしね」

「助けてもらったって?」

「敵対派閥に襲われちゃってね。安全圏に逃げこんだんだ」

「……穏便(ルクレール)派か。過激(アレウム)派が主流の街によく来たな」


 双子の交互の言葉に、彼は苦笑した。


「仕事だからね」


 ルクレール派とアレウム派。それは研究所を二つにわける二頭派閥である。

 両派には、ケモノビト施術が生まれた頃から続く因縁があった。

 ケモノビト施術の生みの親であるルクレール教授と、その助手であったアレウム教授。

 人類の反撃の一手となる技術を生み出した二人だったが、しかし考え方の違いからアレウム教授が離反してしまう。どこにでもある月並みな話だ。

 ルクレール教授はケモノとの共存を唱え、アレウム教授はケモノの殲滅を叫んだ。

 穏便派と過激派。その呼び方はここからつけられている。


 不意に双子が早くも酔っ払った客に呼ばれる。彼らが気を取られている隙に、チェルはシャルの横腹を突ついた。


「なんで嘘をついたの?」

「耳が口になるのはよくある話なんだ。素直にいったらここに迷惑がかかるかもしれない」


 なるほど、とチェルは納得した。どれだけ素面で口が堅かろうと、酒が入れば人間すぐに滑らかになるものだ。実際に見ているチェルはよく知っている。


「あなたは何でも知っているのね」

「そうでもないよ。それに人生知ってない方がいいことも多いしね」

「例えば誰かの浮気とか?」

「それは気まずいね……」


 あまり下世話な話題を好まないのか、シャルは苦笑しつつ回避する。

 その時からんと涼やかな音がして、新しい客が入ってきた。


「あ、主任」


 シャルが客の顔を見て素っ頓狂な声を上げた。チェルは新規客に何か見覚えがあるような気がしたが、誰かわからず首を傾げた。


「ひでぇやチェルちゃん。俺だよ俺」


 ああ、と声を聞いてわかった。毎晩ジルコンに絡んでいる盗賊面の常連客だ。何故か髭をさっぱりと剃り、髪も整えた小綺麗な白衣姿である。


「何年ぶりに身なり整えたのミタノさん」


 思わず白い目で問うと、元盗賊面は胸を張って答えた。


「二年ぶりだ二年ぶり。ーーおいジルコン! お望み通り綺麗にしてきたぞ! だから九十六年ものの葡萄酒出せ!」

「どれだけ金を積んでもお前には出してやらん」

「客の扱いじゃないぞそれは!」


 騒がしい男だ。あれが来ただけで店が二割増しうるさくなる。


「あれって止めた方がいい?」

「いつものことよ」


 苦笑を引きつらせたシャルの問いに首を振ってやり、チェルは働きだした。元盗賊面を皮切りに、客が入り始めていた。



 ◆



 チェルが仕事に戻ると、シャルは隅の席についてちびちびと甘い酒を舐めていた。


 店内ではチェルの他におさげ髪の少女がきびきびと働いている。彼女が病弱な妹を持つというウィーなのだろう。

 その綺麗よりは愛らしいという顔立ちを見て、シャルはチェルの頼みを思い出した。

 一応他の都市では医療院を手伝っていたが、もしこれだと決めつけて間違ったらどうしよう。

 若いシャルには一人で患者を診るという経験がまだなかった。不安になって、最初から誰か紹介すればよかったと後悔していたとき、酔ったらしい赤毛の少年に声をかけられた。


「お兄さん、飲んでる?」


 兄リンネは無口らしいから、弟の方だろう。

 彼は持っていた酒瓶をテーブルに叩きつけるようにして置くと、にやりと笑って杯を掲げてきた。


「一緒に飲もうぜ」

「喜んで」


 杯を打ち合わせてやると、彼は嬉しそうに酒を仰ぐ。シャルも酒が混ざるのも構わず瓶から注ぎ足して呷った。


「おっ、いいねぇ。さすが。それでシャルさんはさぁ、色んな都市を回ってきたんだろ? どうだ? どこの女が一番良かった?」


 こっそりと声を小さくして聞いてくるものだから、シャルもまた男くさく笑って小声で返してやった。

 あれこれ考えるよりかはこの少年に乗った方がいいと判断したのだ。


「東の女はいいな。慎み深くて男を立てるのがうまい」

「ほうほう」

「逆に僕の故郷は駄目だ。あそこは女らしい女がいない」


 衛生都市ならまだましだけどね、とシャルは揶揄する。研究都市の女は一に実験二に実験、三に実験で四に男顔負けの研究結果を出してくるから恐ろしい生き物である。研究費の奪い合いで口論で負けて泣いている男もいたことを忘れてはいけない。


「ここの女はどうだ?」

「なかなかいいんじゃないか。まだあまり知らないが」


 そうかそうかと何度も頷く彼に酒を注いでやる。


「お、どうも。なあシャルさん、これから二人で親睦を深めにいかないか?」

「二人? リンネ君の方は?」

「兄貴は駄目だ。あれを見てみ」


 顎でさされた方を見ると、リンネの熱っぽい視線がチェルの姿を追い回していた。


「あの通り、兄貴はチェルに首ったけで他の女にゃ目を向けないんだ。つまらないことにな」


 なるほど、とシャルはつぶやいた。確かに顔を合わせた時も牽制するようにシャルを睨んでいた。


「じゃあ彼女の髪留めは彼からの?」


 うなじが見えるように結んだ髪を、金の蝶がついた赤いバレッタで彼女は飾っている。

 よく似合っている、とシャルがいうと、テリアもそうだなぁと頷いた。


「そうだとよかったんだけどなあ。チェルが兄貴にそれとなくいって買わせたんだ。ま、詳しくは別のところで話そう」


 彼はおさげ髪の方を呼び止めて会計してしまう。これは逃がしてもらえないようだと、シャルもまた共に金を払った。



 二人がはしごしたのはテリアが言外でいったような女がいるところではなく、いたって普通のこじんまりとした酒場だった。


「大分歩いたから酒が抜けちまったな」


 店員に案内され席につくと、わりぃ、と彼が謝ってくるものだから、シャルは首を振った。


「僕はもともと酔ってなかったから別にいいさ」

「おっ、シャルさんザルなの? 飲み比べでは負けない派?」

「どっちかっていうとワクかな。勝つ自信はあるよ」


 にやりと笑ってみせると同じ笑みを返された。気が合う男だ。二人で声を上げて笑うと、店員がちらりと視線を向けてきた。ちょうどいいから手招きし、適当に酒とつまみを頼む。


「じゃあ今度ニータっていう爺さんと勝負してくれよ。俺はあんたに賭けるからさ」

「その時は僕の分も賭けといてくれよ」

「了解」


 麦酒が運ばれてきたから、改めて乾杯する。


「かぁー! やっぱ男は麦酒だよな!」

「その割にはベナスタで米酒を飲んでたような気がするけど」

「細けえことはいーの!」


 ぎゃはは、と彼は笑う。いかにも若者らしくて、シャルもまた笑った。


「話の続きすっからな? んでさー、あの二人、両片想いなんだけどさー」


 最初に向けてきた敵意はすっかり抜けたらしい。まだ両方とも踏み切れなくて恋人じゃないんだよねー、と気持ちよさそうに二人について語る彼に、シャルは適当に相槌を打つ。


「だからー、あの二人は自己愛が強すぎるんだと思うんだよねー」


 俺二人をくっつけるのに頑張ってるのにさー、と彼は突っ伏した。


「テリア君はどうしてそんなに二人のことを気にかけるんだい?」


 いくら血を分けた兄弟とはいえお節介すぎないか。不思議に思ったシャルは、何となくそう問いかけた。


「うーん、わかんね。何ていうの? それが俺の本能だから?」


 けらけらと笑って彼はいった。


「なるほど、ケモノビトの本能か。君は何を移植したんだ?」

「マクロプスってやつー。シャルさんは?」

「僕はルパスさ。北に住む、獣型のやつ」

「強いんだろうなー」


 へへ、とテリアが笑う。


「成体はかなりね。チェルから聞いたよ、君たちは若手一番なんだってね。戦いたい?」

「まさか。俺、これでも臆病なんだ」


 ふるり、と彼が震えてみせるからシャルは笑った。

 マクロプスといえば、力は強いけれどもそれに反して繊細であることが有名なケモノである。

 それを移植した彼もその影響を受けている。ケモノビトは移植されたケモノに性格が似るのだ。


「正直、兄貴たちがいうような外の世界には、あんま興味がないんだ。俺はこのまま適当に食って寝て、さみしくなったら女作って、今のように普通に暮らせていければいい」


 ケモノビトは食費がかなりかかるため、街の中の仕事ではとても給金が足りないのだ。彼は戦わなければ飯が食えないから戦っているだけだった。


「そうだね、それが一番だ」


 シャルは静かに同意した。


 その後二人はしばらく各地の女や食事の話をして、帰宅の途についた。

 今日もまた、どこかで殺人事件が起きていた。

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