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魔女\巫女  作者: jorotama
魔女≠魔女っ子(魔法少女)
7/17

3

「沙耶、なんかやたら機嫌いいな」


 食事を終えての帰路。美鈴の弟のゆずるが自分の隣、車窓際でチャイルドシートに座る従妹を見ながら、ポツリと言った。

 沙耶は譲が知る限り小さな頃から笑顔の多い女の子だ。だがその笑顔の本物(・・)は、彼女の両親が亡くなり譲の家へと引き取られて以降、半分は作り物(・・・)に変わったことを彼は見抜いていた。


 従姉とは言え彼女が家庭の中に増えた事で、譲の生活にも当然のように小さくない変化があった。

 今は子供の柔軟性で沙耶の存在にも随分馴染んだとは言え、正直なところ彼女の存在に煩わしさを感じた時期も譲にはある。

 沙耶は家庭内に混ざる一粒の異物。

 だが、家庭内に異物が混ざっていると言う譲の感覚を沙耶側からみれば、何かに混ざる一粒の異物どころか自分以外……周囲全てが違和感のもとであるのだと、そう気づけるくらいには譲は敏い少年だった。


 より大きな変化を強いられたのは沙耶の方。

 彼女にとって笑顔は周囲との摩擦を緩和する潤滑剤の役目を果たす。

 へらへらと作り笑いを笑う沙耶を見るたび、譲は胸に微かな苛立ちを感じてながらもそれを言葉にはせず黙っていた。

 しかしいま彼女の唇に浮かんでいるのは、取り繕われた笑みではなく本物(・・)の微笑みだ。


「だって、今日は楽しかったんだよ。遼子伯母ちゃんにきれーな浴衣着せてもらってオシャレしてね、それから美鈴お姉ちゃんがお祭り連れて行ってくれてね。で、大人用の美味しいカニさん食べに連れて行ってもらって皆で食べて……うふふふー。カニさん最高だよねぇ……カニカマもいいけど、あれはお子様のたべものだよ」


 柔らかな頬にエクボを刻み、長い睫をやや伏せた横顔が街の明かりや対向車のヘッドライトに照らされている。幸せ感いっぱいのその笑顔に譲は思わず目を奪われて、ハタとそんな自分に気づくと不機嫌に眉を寄せた。


「大人用の蟹ってなんだよ。またそーゆう訳わかんないこと言ってるとオマエすっごく馬鹿っぽく見えるからやめろって。それより、さっきから気になってんだけど、それなに? 前からそんなの持ってたっけ?」


 確かに浴衣を着せてもらって出かけた祭りは楽しかったのだろう。それに、夏が旬の噴火湾産の毛蟹と蟹料理は美味しかった。

 だけど沙耶の笑顔の源泉は、どう考えても彼女の膝の上にあるやけにキラキラしい外観を持つ玩具であるのは譲の目にも明らかである。


「───貢物(プレゼント)よ」


 と、一言。

 問いに答えたのは美鈴だった。


「……はぁ?」

「男の子にもらったのよ。……ね、沙耶?」


 神社からの帰路道々、鳥居での待ち合わせ前の出来事を大まかに聞かされていた彼女は笑い含み。

 意味深な視線で後部座席の中央に座る弟を撫で、西洋人形のような愛らしい容姿を持つ従妹を見た。


「え? うん。ハルキ君にこれ、貰ったの。ね、譲くん……まほう少女は愛とキボウの戦士なんだよ。でもその正体はね……言葉狩りに敗れて放送キンシヨウゴになってしまった『魔女っ子』なんだってこと、知ってた?」


 両手で女の子らしい色彩の玩具を捧げ持ち、沙耶は暗い車内でもそうと分かる程にその長い睫に縁どられた目をきらめかせながら、一歳年上の従兄に仕入れたてほやほやの新鮮な薀蓄うんちくを語る。

 星を浮かべる灰色硝子の色の瞳は譲へと向けられていたが、彼女の気持ちは手にした『魔法の杖』を通して別の場所へと向いていた。





「ごめんね。これ……良かったらお詫びとして受け取ってくれるかな。……って言っても、そこの射的の景品だしお詫びになるかどうか分からないけど」


 徐々に増え行く人の流れのやや外れ、壊れた貯金箱のお詫び(・・・)として晴樹が沙耶へ差し出したのは、魔法少女物のキャラクターグッズだ。


「え……と……」


 申し訳なさそうな表情をして自分へ箱入りの玩具を差し出す学生服ブレザー姿の少年。


 彼の不注意で額を箱にぶつけて転びかけたのは事実だが、咄嗟のフォローで沙耶の身体は受け止められて怪我もなく、被害と言えば壊れてしまった貯金箱が一つだけ。

 それなのに、自分より小さな子供に目線を合わすためズボンが汚れるのも厭わず、路上に膝をついての謝罪の言葉。


「えと、ね。わたしはどこも痛くないし、お兄さんがごめんって言ってくれたから、もうそれでぜんぜん大丈夫だよ?」


 謝罪の言葉を受け取ってもらえない苦しさは、彼女が『異能の巫女』の力を初めて行使した時に経験していた。謝罪の気持ちを受け取る事はやぶさかでないが、プラスチックのちゃちな貯金箱と箱入りのこの玩具とでは、如何にもつり合いが取れていない。


 星の散るピンクのグラデーションを背景にキャラクターのイラストが描かれた華やかな箱に目を奪われながら、それでも首を縦に振らない少女の様子に晴樹は口許に笑みを浮かべた。


「いや……キミのおもちゃをうっかりしてたせいで壊しちゃったから、そのお詫びだよ」

「でも、知らない人に物をもらっちゃいけませんって……ママンにも伯父ちゃんにも言われてるから」

「そっか……だったら今から自己紹介をするよ。そしたら物をもらっちゃいけない知らない人(・・・・・)じゃなくなるからね」


 屁理屈としか思えない唐突な提案に驚いた少女が何かを思う間もなく、少年は自分の名を名乗り始めた。


「お兄ちゃんはここのすぐ近くの新星大学付属中学の三年生で、神代じんだい晴樹はるきって言うんだよ」

「わ……わたし、あの……お家で、良く知らない人に名前教えちゃダメだって、その……」


 小さな子供に良からぬ目で見る大人も多い昨今、個人情報の取り扱いについては伯父や伯母、美鈴や譲にまで耳にタコが出来そうなほど注意されている。

 せっかくの自己紹介に礼儀を返せずにおたつく沙耶をしり目、晴樹は鼻の上にくしゃりとシワを寄せて大きく笑った。


「へえ、最近の小学生ってしっかりしてるんだなぁ。気にしないでいいよ。でもこれでキミからはお兄ちゃんは知らない人(・・・・・)じゃ無くなったんだから、もうこれを受け取れない理由はないよね?」

「や……でも」

「これ、間違えて取っちゃってね、ウチにはこう言う女の子のおもちゃで遊ぶ妹も親戚もないし、どうしようかって困ってたんだ」


 改めて晴樹から箱入り玩具が差し出され 沙耶は目の前の箱へ反射的に目を向けていた。

 

『ラブリーウイング☆スティック・コンパクト』と言う商品名のそれは、手の平ほどの大きさのコンパクトと魔法の杖からなるピンクと白と金色のキラキラしい外観の玩具だ。

 沙耶の知らないアニメの玩具ではあるが、色と言い形状と言い、細部に至るまでが乙女心をくすぐる代物である。


「なんか女の子に人気のアニメーション……魔女っ子物? の、おもちゃなんだって」


 差し出した品物にそろそろと手を伸ばす少女の姿に目を細め、もうひと押しとばかりに言葉を続け晴樹の前、沙耶の顔が強張った。


「魔……女……?」


 夏の最中、空は既に暮色を混ぜた頃合いだが、気温はまだ汗ばむほどに高いにもかかわらず、沙耶の手足はすぅっと急速に熱を失っていた。


 ───魔女(sorcière)


 4年前。

 『異能の巫女』の能力を無自覚のまま初めて行使した苦い記憶が、音も無くフワリと沙耶の前に蘇る。

 それは近所に住む仲良し、赤い髪の女の子ルイーズの誕生日。本来ならばこの日は近所の友達が彼女の家に集まり、楽しく盛大なパーティーが開かれた筈の日のことだった。

 パーティーが中止になったのは数日前、彼女の弟が足を骨折して近隣の街の大きな病院へ入院することになったから。


「オモチャとおかしがたくさん入ったくす玉(ピニャータ)をわたし、割るはずだったのよ」


 悲嘆に暮れるルイーズの不運に、沙耶も心からの同情を寄せた。

 彼女の母は弟の看護の為にずっと家を空けており、結局彼女の誕生パーティーが開かれるはずだったこの日、休みをとっていた父親は彼女に詫びながらも病院へと行ってしまった。

 弟の退院後の仕切り直しを───との提案も、今日この日を楽しみにし過ぎていた幼い感情には受け入れられず、けっきょく弟の見舞いへの同行を拒否して彼女は留守番を選んだ。

 いま家にいるのは、誕生日に参加する子供達のもてなしを手伝う為もともと家に来る予定だった彼女の祖父母と、ルイーズの愛猫……彼女が拾って世話をしているオレンジ色の子猫だけ。


 沙耶の両親経由ルイーズの両親に頼まれ、沙耶は留守居のルイーズに彼女の大好きなペストリーの配達と言う名目でここに訪れていた。

 赤い髪の友人の両親が沙耶に期待したのは、寂しく悲しい誕生日を過ごす彼女に寄り添って慰める相手だったに違いない。


「いますぐイーサンの骨がくっつけばいいのに。そしたら三つ焼くはずだったケーキがふたつになっても、わたし、がまん出来るもの。そうよ……イーサンの骨がすぐにくっつくなら、わたし代わりにミミを神さま……ううん。あくま(・・・)まじょ(・・・)にあげてちゃってもいいんだから!」

 

 幼い悲嘆はやがて唐突に訪れた『不運』への憤慨へとすり替わり、朝晩かかさぬ神への祈りが勘案されない現状への不満が、日頃は厚いルイーズの信仰心に小さな反抗心を起させた。

 だが、それもふつうならほんの一時的な感情の発露として、ただ長じた後の彼女に自嘲の笑いを浮かべさせるだけの想い出になったのだろう。

 ただし、そこに『異能の巫女』たる沙耶さえいなければの話だけれど……。


 友人の弟の折れた骨を即時に繋ぐ代わり、彼女の拾った子猫を捧げる。


 オレンジ色の子猫はカラスに襲われかけていたところをルイーズが死にもの狂いで撃退し、救い出し、世話をして育てている猫だった。

 その猫の身柄はルイーズの所有物であるとして家族と周囲に認識されていた。


 ……願いとその代価の値はつり合っている。


 無意識に沙耶はそれを感じ取り、嘆き怒る大好きな友人を慰めたい一心が、さしたる考えも自覚も無いままに彼女に能力の行使を行わせてしまっていた───



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