第2節「探し物はなんですか?/その2」
放課後、早村を連れてある場所へと赴く。
その場所とは、大介さんが営む祓い屋「御影堂」だ。
ここへやってきた理由はただ一つ。もしかしたら、早村の身に起きていることが霊的現象かもしれないと思ったからだ。
俺はそれを踏まえ、美百合先輩と天坂にメールを入れておいた。
仮に何か起こってからではマズいし、俺たちがもうなにかに取り憑かれてからでも遅い。
だからこそ、先輩や天坂の霊能力者としての知恵を借りたいと思い、御蔭堂に集まったもらうことにしたのだ。
そして、集まった面々を前に一語一句漏らさず語ってみせる。
「捜し物がわからないのに探し続けてるかぁ~」
と、ソファの向かいに座ってつぶやく美百合先輩。
理解してくれたのか、気むずかしいそうな表情で唸り声を上げている。その様子からは、真剣に俺の話を聞きいてくれていることがわかった……まあ先輩のことだし、親身になってくれると思ってたけどね。
一方、天坂はというと奥の給湯室から湯飲みとポットを一式持ってきて、御茶を入れながら話を聞き入っていた。
聞くだけ聞くというスタンスかと思ったが、意外にも俺の話に聞き入っている。
これは俺の期待からだが、手助けしてくれるんじゃないかと思う。そのことは、表情から見るに返事がイエスかノーかはわからないものの、なんとなくそんな予感がする。
反対に隣に座る早村は、自分が霊の呪いを受けているという事実と先輩たちが霊能力者であるという事実に驚いていた……まあ一般人からすると、霊能力者なんて人種は縁遠い存在なんだろうなぁ。
「とにかく捜し物がわからないけど、それを探してる……右近君のサイコメトリーから読み取った情報から察するに早村さんは物霊を引き寄せやすい一定の感情を抱いたことがあるってことよね?」
「寄ってくるんですか?」
「もちろんよ。根源となっている一定の感情があれば、その人の周囲までやってくるし、付近にいる人間にまで霊的現象が波及することだってあるわ」
「じゃあ俺たちもすでに余波を受けてるんですかね?」
「そうね。具体的なところで言うと、最初に御蔭堂に来た日に右近君が私の名前を一瞬だけ忘れたことがあったじゃない?」
「ああ、そう言えば……」
「あの時点で、すでに余波を受けていたのよ」
「なら、あのときの俺が先輩の名前を忘れたのは自分の意志とかじゃないんですか?」
「そうね。無意識下で物霊の呪いが影響していて、それで忘れてしまっていた……つまりこの物霊は『忘れる』という感情行動を媒体にしている可能性があるわ」
「……忘れる……ですか……」
そう言えば、色々と思い当たるフシがある。
妹に頼まれたハガキをポストに投函し忘れそうになったこと、先輩が俺の名前を覚えていなかったこと、逆に俺が先輩の名前を忘れかけてしまったこと。つまり、これらは『ごく当たり前のように起きたように見えて、実は物霊の影響で必然的に起きていた出来事』ということになる。
にわかには信じがたい話だ。
だけど、早村のような極端に不自然な例を目の当たりにして、それが物霊の仕業だと言われれば馬鹿な俺でも納得できる。もし、それ以外にこのことを説明できるとするならば、ソイツは早村がウソをついていることになってしまう……いやダメだ。友達を疑うわけにはいかない。
とっさにある方向へと目線を向ける。
そこには、くもった表情で俺を見る早村の姿があった。
「ボク、呪われちゃってるの……?」
「結論から言えば、そういうことらしい」
「助かる?」
「心配すんな。俺たちがなんとかするさ」
そう。なんとかしなくちゃいけない。
失った物の正体がわからず、それを見つけられる保証もわからず、それでも探し続ける早村のひたむきな姿を見せられたら、誰だって放っておけるわけがないじゃないか。
もちろん、俺もどうにかしやりたいと思ってる。
だって、それが友達ってもんだろ? そのうえ物霊が邪魔してるっていうのなら、それを取り除いてやるしかないじゃないか。
だから、俺は早村を助けることに意味はあると思う。
ところがそんな気持ちを踏みにじるように「ちょっといいか?」という声が上がる。
声に窓際を振り返る。
すると、そこに机の上に脚を伸ばして社長椅子に寝そべる大介さんの姿があった。俺たちの話を黙って耳を傾けていたらしく、手には今日発売したばかりの週刊少年ジャンプを読んでいる。
「なんですか?」
「週刊少年ジャンパーよろしく、互いの友情を確かめ合ってるとこを悪いが、ウチはボランティアじゃねえぞ?」
「それはわかってます。でもこの子は……」
「呪われてんだろ? だが、単純な話。嬢ちゃんに霊を祓うだけの金はあんのか?」
「……そこまで考えて連れてきたわけじゃないです。でも、目の前で困っている女の子を放っておけるわけないんじゃないですか」
「んなのは関係ねえ。いま必要なのは、払うか去るかという二択だ」
「それじゃあんまりです。早村がいままでずっと一人で探して苦しんできたっていうのに、手を差し伸べないのは人として間違っていますよ」
「あんまりだぁ? ソイツはちゃんちゃらおかしいね。だいたいテメエはここをなんだと思ってやがる?
美百合の手伝いをするのは勝手だが、あくまでここは俺の仕事場だ。ここは霊を祓って金をもらって客にヘコヘコしながら商売するとこなんだよ」
「たしかに……たしかにそうですけどっ……」
「それを個人の助けたいという理由だけで俺らにやらせようだなんてテメエは何様だ? 念のため言っておくが、テメエ自身がここの一員になったことは忘れてないよな」
「……それは……」
言い返せない。
確かに俺はここの一員になった。ということは、ここの代表である大介さんの意見に従うのが筋なんだと思う。
(でも、だからって非情なこと言わなくても……)
そんな感情が沸々とわき上がってくる。
しかし、俺は言葉を紡ぐことができなかった。
きっと言ってしまったら、あとは口論になるだけでなんら解決にならないだろう。それだけに押し黙って、大介さんの言葉に耳を傾けるしかなかった。
「なら、困ってる女の子を助けるのに金がいることぐらいわかるだろ? それぐらい霊を祓うのには必要だってんだよ」
くそっ、ヤクザの脅し文句かよ。
正直言えば、気に入らない――俺だってそれが正しいことぐらいわかってるさ。
でも、理屈じゃどうにもならないことをどうにかしたいっていう気持ちがあるから、自分の中でモヤモヤしてるんじゃないか。
そんなにお金が大切か?
こんなに苦虫を噛み潰してまで、我慢しなくちゃいけないことなのか?
コイツの言うこと聞いて、金を払って助ければなんとでもなるかもしれない。しかし、それができないから、俺は頼んだんじゃないか。
気がつけば、拳に力を入れて怒りを表していた。
結論から言おう――やっぱ、俺には無理だ。
「大介さんの言うことはもっともです。けど、やっぱり俺は早村を助けたいです」
「だったら、金を用意しろよ。それともずっとオマエが無給のまま働くか?」
「俺はそれでも構いません」
「ほう。ならば、その誠意を見せてみろ」
「ええわかってます。だから、お願いします。早村を助けてやってください」
途端に俺は頭を下げた。
頭を下げて、どうにか助力を請おうと必死にあがいた。それぐらい俺は早村の悲しい現状をなんとかしてやりたかったのである。
そうした姿を大介さんはどう思っただろう?
「いいぜ。その代わりテメエが無給で働くっていう約束だけは守ってもらうからな」
とっさに大介さんの嘲笑うかのような声が聞こえてくる。そのことにムッとしなかったわけではなかったが、いまは早村の問題をどうにかする方が先決だ。
大介さんの言葉に腹を据え、じっと頭を下げ続ける。
「ねえ、大ちゃん?」
刹那、美百合先輩の声が耳に飛び込んでくる。
その声はなにか疑問を投げかけるかのような声で、俺はとっさに顔を上げて美百合先輩の座る左の方を見た。
「私が浄霊したうえに依頼料を負担するというなら問題ないでしょ?」
「そりゃ構わんさ。だが、オマエに払えるのか? そして、祓えるのか?」
「大ちゃんの言うことはわかってる。でも、こうして右近君が助けたいと言って連れてきた子をみすみす返すわけにもいかないの」
「そいつは高尚なことだ。まあ俺としては対魔士として才能のないオマエがどこまでできるか見物させてもらうといったところだ」
「なら、決まりね」
そう言葉を発すると、先輩は笑いながら俺に向かってVサインをしてきた。その姿は、とても無邪気で深刻な悩みなのに「心配いらないわ」と言っているように思える。
俺はあまりの拍子抜けた展開に美百合先輩に確認を取った。
「……ホントにいいんですか……?」
「そんなの、君にお願いしてもされなくても私はやるつもりだったからいいの」
「けど、お金は俺が払うべきモノなのに……」
「気にしないで。私のカワイイ後輩が困ってるんですもの。それに最初に言ったじゃない。霊能力者である私が超能力者の君を信じるって」
「それはお互いに特殊な力を持っていたから、それを信じるという意味で……」
「――だからこそよ」
「えっ?」
「だからこそ、私は右近君を信じるし、困っているなら助ける。こういう特殊な力を持った人間にしかできないことは、互いに自分にしかできないことを補って助け合っていけばいいんじゃないかな?」
なんて人なんだ……。
おもわず美百合先輩を見入ってしまった。心が広いというか、とても温かいというか、とにかく先輩は女神のように尊大で感動を覚えるぐらいの優しい人だ。
「というわけで、大ちゃん。私は早村ちゃんを助けちゃうけどいいわよね?」
「好きにしろ。ただし払うモノはきちんと払ってもらうからな」
「いいよ、それで」
俺が直接大介さんに言うべきことばなのに。なんだか先輩に肩代わりしてもらったみたいで、男として情けないよ。
そんなことを考え、俺は見上げた状態の上半身を再び屈めた。そして、同時に大きな声で「ありがとうございます」と美百合先輩に向かって叫んだ。
「そんなのいいから。行こう、右近君」
と言って、先輩が木槌を手に席を立つ。
どこに向かっていくのかと思えば、玄関に向かって歩き出していた。すぐさま早村が後を追うようにリビングから出て行く。
慌てて俺も付いていこうとしたが、リビングと玄関を隔てる曇りガラスがはめ込まれたドアの前で天坂に行く手を阻まれた。
とっさにその行動の意味を問い質す。
「なんだよ、天坂。俺も先輩と一緒に行くんだ」
「……違う。それ、私も手伝たいっていいって聞きたかったの」
「えっ、手伝ってくれるのか?」
意外な一言。
大介さんの妹だから同意見だ――なんてことはないだろうが、少なくとも感情よりも理性で行動する人間だと思っていた。
だから、天坂の一言は意外だった。
「いいよね、お兄ちゃん?」
「構わねえよ。オマエのしたいようにすればいい」
「うん、ありがと」
こうして確認を取ってるのも、兄妹だからと言うわけではなく、一応兄が経営する祓い屋だってことだからか……天坂も色々と大変だな。
そうやって見る天坂は教室で見かけるようなおとなしい文学少女というイメージを覆している。むしろ、俺がそう思い込んでいただけかもしれない。
「ありがとう、天坂」
「気にしないで。私も困ってる同級生を放っておくつもりはないから」
「そう言ってもらえると助かる」
「ただお兄ちゃんの言っていることも、間違ってないことだけはわかっておいて。霊を祓うという事は普通の人にはできない危険な仕事なの。だから、こちらの保証となるモノもいろいろと必要なんだ」
「肝に銘じておくよ」
それから、天坂の助力を得ることとなり、俺たちは早村を連れて物霊退治をすることとなった。
先に事務所の外に出ていた美百合先輩はなにやら張り切っているようで、遅れて出てきた俺たちを「早く早く」と急かしていた。その姿はまるで遊園地へやってきたうれしさにはしゃぐ子供みたいで微笑ましく思えた。
とはいえ、粉骨砕身してガンバらなくちゃな。